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気づかれない、気づかれない。

その安堵は絶望の裏返し、傷つかないはずが傷ついていく。

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テンテンが我が家にやってきたのは、演習から2日後のことだった。
初任務の前日。用意を早に済ませて出かけた帰り際だ、彼女とであったのは。
であって、話をして、行き着くところはあたしの家か彼女の家。これはもう昔からの法則だった。

「ネジとはどう?昨日も一緒に帰ったのよね?」
「どう、と言われてもね。あなたが期待するような甘やかな展開は無いわ」

チーン…と哀しげに響く無機質な音、微かに香る線香の匂い。
この部屋と居間と、台所や生理的空間以外は、足を踏み入れてたまに掃除をする程度で、もう使っていない。他の部屋は不気味だ。正直、踏み入れることも躊躇うほどに。
なんて思っているうちに、花を生け終わる。瑞々しいこの花は、さっき山中花というお店で買ったものだ。小さいころから常連としてお世話になっている。

「…で、好きなんじゃないの?」
「…何が、何を」
「舞衣がネジを」

ぼろりと燃え尽きて白くなった線香が落ちる。
本当に、テンテンもそうだけどどうしてこの歳の女子はみんな色恋の話に目が向くのだろうか。他人事として考えたら可愛いけれど、それが自分に振られたときは本当に対処が困る。まぁ、今は相手がテンテンだから楽だけれど。

「別に、恋愛対象ではないわ。まずあたし、そういうものに興味は抱かないつもりなの。恋だの愛だの…そんな下らない物、分かりたくないわ」

ちゃぶ台に置かれた茶がすっかり湯気を失っている。
飲み干したそれはちょうどよい熱さで、熱いものが苦手なあたしでもらくらくと飲めた。よく診ると目の前にあるテンテンの湯飲みは空だ。
「淹れなおすわ」と一言告げてから、この部屋の向こうにある居間に向かう。テンテンも一緒だ。

居間のテーブルに湯飲みを置いて、台所の水入り薬缶に火をつける。
冷蔵庫にある先日作った胡麻団子をテーブルに置くと彼女の目が輝いた。
「食べて待ってて。塩と砂糖間違ってたらご愛嬌ね。味見してないから」
「あんこ嫌いなくせに作ってくれる、そんな舞衣が大好きよ」
「はいはい、世辞は結構よ」
本当なのになーと笑ってから彼女は団子をひとつ頬張って、目を輝かせる。団子一つでそこまで機嫌を良くする彼女は本当に扱いやすい。何年も一緒に居たら、さすがに行動パターンも掴めてしまった。

彼女と会ったのはアカデミーに入学してから一ヶ月ほどたったある日のことだった。
『ねぇ、あなた、この前と別人みたいね。どうして楽しくないのに笑っているの?』
『…どうして嘘だって分かったの?』
『分かるわよ。だって、楽しくなさそうだったから』
そんな些細な言葉がきっかけだった。
後から彼女は「本当は昨日つらそうなところを見たばかりだったから」なんて、苦笑いをしながら真実を告白してきたけれど…それでも、良かった。

居心地がいい、というのだろうか。
一度打ち明けてしまった相手の前でも笑った振りをするというのはぎこちないし、それならもう開き直ってしまえ、そう思った結果が今だ。
そんなあたしを見て、彼女も何を思ったのかは知らないが、彼女は良くあたしに会いに来るようになった。
コントロールが上手く聞かなかった風切の当て方を、忍具の練習を彼女とすることで覚えることもできた。色々な暗記の使い方も彼女から学んだ。
何だかんだいってデメリットだらけな関係ではない、と思う。不利益な相手なら、もうとっくに突き放している。いったいあちらが何の利益を得ているのかは知らないけれど。

「…テンテン、そういえば貴女も、気になっている相手はいないの?あたしみたいなのより、まず自分の恋愛を気にしたら?」

意趣返し、ということで色恋の質問をしてやったその瞬間、彼女の視線が宙を彷徨う。
どうやら図星らしい。さてさていったい誰なのだろうか。
(まさかあのリーとかいう男かしら)
そういえば昨日、あの3人は合流していたそうだ。きっかけはあの先生からの矢文。…もちろんあたしのところにも来たけれど、ちょっと色々あって外に出る余裕は無かった。
そのときにガイ先生と、おとといあたしが荷物を背負わせたあの銀髪の人…カカシ先生というらしい、その二人がじゃんけん勝負をしたらしい。なんでも永遠のライバルだそうだ。…正直、最初にこの話を聞いたときは二回ほど意味を反芻しないと理解が出来なかった。まさかじゃんけんのライバルなんだろうか、上忍って一体。
とにかくそんな馬鹿馬鹿しい決闘の立会人に付き合った後、ネジとリーが決闘をして、リーはぼこぼこに叩きのめされたんだとか。
…普通ならそこで格好良く叩きのめしたネジに惚れると思うのだが、どうだろう。

「…テンテン、あたしはネジのことは幼いころに出会った班員としか見ていないわ。遠慮せずにぶつかっていってもいいのよ」
「は!?違うわよ!なんであたしがあんな性悪男なんか!あたしは・・・」

ものすごい剣幕でテンテンの好きな人=ネジ説を全力で否定した彼女が、少しだけ沈み込む。
「なんであたしがあんなへぼいの…ありえないわよ」と小さくつぶやきながら。…なるほど、見当はついたけど黙っておこう。

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テンテンを家の近くまで送った後は買出しの時間。
夕方になった木の葉商店街の食品は安い。特に魚。鮮度が落ちやすいものや、出来合いのものは夕方に買ったほうが断然得だ。
今日はとりあえず疲れたし、何か出来合いのものでいいかなと適当に見て回る。
ポンッと肩をたたかれてからだがはねたのは条件反射だった。

「ひっ」

間抜けな声が唇から漏れる。
あわてて振り返った先には笑顔の、
「やーぁ、美瑛舞衣、ちゃん?」
あのカカシ先生とやらが立っていた。

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「あの時は本当、すみませんでした」
「いいよいいよーあの後ガイからちゃーんと奢ってもらったから」

にっこりと笑うその先生にその場で土下座をしたあたしが連れられた場所は「一楽」というラーメン屋。
木の葉でも有名なそのお店、なんとなく子供一人では入りにくかったお店。一度行ってみたかったんですと言うと、その先生は「じゃあ初一楽になにか奢ってあげよう」と言ってくれた。後からガイ先生にとばっちり…なんてことはさすがにないだろう。
数分悩んだ末に頼んだのは、オードソックスなしょうゆ味のラーメン。横にいる先生はそういえばマスクをしているけれど、どうやって食べるのだろうか。

「そういえば、舞衣ちゃんは美瑛一族…なんだよね?現象法を使っていたと言うことは、分家かな?」
「そうですよーすごいですね、風遁だと思われがちなんですよ、あれ」
「凄いデショ。上忍の【眼】にはお見通しってやつよ」
「さすがです…貫禄があるといいますか、太刀打ちできない何かを感じます!」
「ハハハ…まぁ仕掛けを言うとね、」
「へい、おまち!!」

カカシ先生が何か言っている言葉をさえぎって、あたしの目の前に置かれたラーメン。
ちらりとカカシ先生のほうを見る。するとにこりと「どうぞ」の言葉、食べていいという合図。
カウンターにある箸を一本とっていただきますをする。初めて食べてみるお店のラーメン。自分で作ったことは無い。最後に食べたのは確か、父が一日をかけて作ったお手製者のラーメンで…確か3歳のときだった気がする。
するりと一口。その瞬間に広がった味に素で感動した。

「……」

初めて体験した食べ物の感動。
ちょっとしみじみとしていると、よしよしと撫でる誰かの手。顔を上げてみると、「嬢ちゃん、これサービスだ」と笑いながら炒飯を差し出すお店の人。
「ありがとう…ございます。おいしいです。とても」
「舞衣ちゃん、もしかして外食とか、あまりしないタイプの子?」
「いえ、興味はあるんですが…あまり一人では行きにくいといいますか…外食はそうですね…一昨日友人といったのが初めてでした」

それだけ言ってから、麺が延びないように再び食べ始める。
そういえばカカシ先生、結局マスクはどうしたんだろうと、ちらりと見てみたけれど、さすが大人の人。もう食べ終わっていた。

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「今日は有難うございました」から続く一言二言で、その先生とはお別れした。
最初はその場でお別れするつもりだったのだが、あれこれと言いくるめられて結局今は家の前。
どうしても苦手なものがあると、恥を忍んで告げると幻術で対策を取ってくれたことは本当に感謝仕切れない。そういえば明日は大丈夫だろうか。

「ただいま帰りました」

誰も居ない家の中、小さく呟く。
新と静まり返ったくらい部屋、玄関先においてある小さな電灯をつけても、誰かが「お帰り」と言ってくれることは、もう無い。

ひんやりと心が冷え切っていく。
だれも居ない、誰も見ていない。ここなら、今なら大丈夫だろう。
あたしは静かに笑顔の仮面をはずした。

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もしもそばに2人が居てくれたら、そんな未来ばかりを考える。

きっと2人は全力であたしを守ってくれただろう。

もしかしたらここに、あたしたちは住んでいなくて、出会うべき人たちとも出会っていなかったのかもしれない。

そんな夢想をしては、目を開ける。

弱くて、泣くことしかできなかったあたしの眼前に、幸せだったあの日の代償の光景が広がっている。

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失くした色と見えない心
根本的な解決が無いと、何も救いにならないって知ってた?

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