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見つけた瞬間、心が折れそうなほどに絶望した。

「ひっ」

小さな悲鳴とともにばさりと落ちるそれ。

何故か普通に拾う勇気が出なかったあたしは、押し入れにあるだろう火鋏を取りに行くのだった。

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「…舞衣」
「ん?何?」
「…平然とした顔で何を燃やそうとしているんだ」
「……焼き芋食べたくて、ちょっと」
「そこにある本の山でか」
「……」

何故か埃を被っていない日記帳。
何故か日向家の押し入れから出てきた日記帳。
ノートの表紙には律儀にも記名済み。当然名前は『美瑛 舞衣』。

何を燃やそうって?
ええ決まっているわ、日記帳よ。
こんな周波数の高い日記帳なんかこの世に置いておけるわけがない。
焼け焦げなさい、そして焼き芋の贄となりなさい。

「焼き芋出来たら教えるから、ネジは大人しく待ってて……ね…」

振り向いた瞬間、人生の半分が終わった気がした。
無い。
マッチ箱も火鋏も日記帳も、勿論ネジも居ない。
チャクラを練って、追いかけていけたならどんなに幸せだっただろう。悲しいことに今のあたしには、チャクラを練るスタミナも無いし、練り方も覚えていない。
全身の力が抜け、ぺたりと地べたに座り込む。
ずるい、そんな言葉が口から出た。

「ずるい。ネジったら、あたしがもう忍じゃないの分かっててこんなこと、ずるい」

こんなのフェアじゃない。それほどまでにあたしの消し去りたい思い出を残しておきたいというのか。なんて男だ。
昔、本で読んだことがある。自分は側室を沢山抱えているくせに、正室がちょっと他の人と話しているだけで嫉妬する男の話。
もしかしてネジもその部類なんだろうか、その時のあたしの感情は嫌悪一色だったんだけど…。好きなら許せるものなのだろうか、ちょっとまだ分からない。

「ねーじーのーばぁーかー」

どうにもできない怒りのままに、とりあえず空に向かって叫んでみる。
ぽんぽんと頭を包み込むほどの大きな手のひらが、「大声で叫ぶな、オレが悪かった」という言葉とともにやってきたのは、それからすぐのことだった。

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テーブルの上に置かれた日記帳の山。
それを間に挟んで、あたしたちは向かい合っていた。

「落ち着いて話し合おう。舞衣、まずお前はなぜこれを燃やしたいんだ?」
「じゃああなたはどうしてこれを燃やすことを阻止するの?」

開始早々いきなり一方通行な展開である。自覚しているなら止めればいいのよね、うん。でも退けない。退くわけにはいかない。
だってこの日記の持ち主はあたしなんだから、燃やしたり捨てることをとがめられる理由はないはずなのだ。

「ネジは知らないと思うけど、」

ぺしぺしと日記帳の一冊を叩く。痛い。
でも今は、こうしたくなるくらいこの日記帳の存在が憎たらしい。

「この日記はね、まだ文章が拙く、かつ直情すぎて迷走しているあたしの痛々しい歴史の数々が残っているの。これを見るだけで眩暈がするほどに、それは痛々しいの。わかる?あたしはこれを見つけた以上、平穏には暮らせないのよ」
「ああ、そんなことは知っている。だがそんな些細なこと、気にする必要があるのか?これはお前の大切な思い出だろう、オレのことが日々綴られているこの日記帳を捨てるというのか。たとえ運命が許してもこのオレが許さんぞ」
「ちょっと待って、何それ。知ってるってまさか見たの!?」
「隅から隅まで読み込んだ」

次の瞬間、床にのたうち回りたいほどの羞恥があたしを襲った。
死にたい。もう死にたい。
テーブルの前にうつぶせになって、自分の死を全力で願ってみる。
でも何かを捲る音がしたからすぐに飛び起きた。

「ち、ちょっと!何するの!」
「見ろ舞衣、こんなにもオレとの日々が記録されている。そう思うと多少の痛々しさも気には…」
「痛々しさ言った!ほらやっぱり痛々しいんだ!!」

バッとネジから忌まわしきそれを奪い取る。
…これの何を見てネジは喜べるんだろう。『ネジは自信家なのか、鼻を鳴らして嘲笑していた』という文章の何処に愛がこもっているのだろう。
解りたくないし解るほどコレを読み解きたくない。

「とにかくコレは全力でこの世から抹消させる!」
「駄目だ。絶対に許さない。舞衣の大切な思い出を黒歴史だからという理由で…」
「黒歴史言った!そう、黒歴史なの、だから燃やさせて!」
「恥ずかしい過去も何もかもを受け止めて生きる。良いことだ」
「思い出は記録に残さず楽しもうって言葉があるわよね?つまり、そういうことよ」
「黒歴史なんて誰かが決めるもんじゃない」
「今まさにあなたがそう決めてるじゃない」

…駄目だ。平行線にも程がある。
折れろと?このあたしに折れろと?何故所有者のあたしが捨てることを拒まれるわけ?絶対おかしい。間違ってる。
日記を読んだことはもう咎めるつもりはない。今更怒ったってどうしようもない話だし、第一「読むな」とも言っていない。…いや、そもそも読むななんて言える状況じゃなかったんだけど。あたしが寝てる最中だったんだけど。

どうしたものかと考える。
あの日記は確かに我が道行の障壁にしかならないだろう。
消し去りたくてたまらない過去の汚物。でも正直、もう読まれたものだし捨てずに押入れの中に押し込んでおけばいいのではないだろうか。そうすればまた、何事もなく日常を送れるはずだ。
ただ、これではメリットが無さすぎる。
さてどうしようか、ともう一度考えてみる。その時浮かんだのは、さっきのあの光景。…そういえばあの人、さっき瞬身使って逃げてたな。
さっきは謝っていたけれど、ネジのことだ。またいつか同じことをするだろう。いや、するに違いない。
それを留める手段は、今のあたしにはない。今のあたしだけでは、だ。

「あ、じゃあ」

いい方法が浮かんだ。
これならきっとあたしにとってのメリットともなり得るだろう。

「ネジ、日記は燃やさないし捨てないわ。今後も保管しておきましょう、その代わり、弓矢を買ってもいいかしら?」

ぴしりとネジが固まる。
当然だろう、弓矢は武具。攻撃するための道具だ。一般人が扱うものではない。
あたしにそういう道を行ってほしくない(というか行ってしまったらあたしの命は寿命的な意味で危うくなるだろう)ネジならば断固反対するだろう。
そんな彼に、追い打ち。

「嫌なものをこの世に残すあたしのために、少しは救済策を頂戴?
それに、弓矢があれば瞬身で逃げるネジを仕留められるでしょう」

次の日、ネジが連れてきたのは2年半ぶりに見る旧友の姿だった。

黒歴史の代償
「これなんてどう?扱いやすいと思うわ」「あ、それいいわねー殺傷力も強そう」「ネジを射るのになんで殺傷力が要るのよ…」「ん?あぁ…ほら、殺したいほど愛しい的な?」「棒読みでそんなセリフを言われてもね…で、舞衣は弓、使えるの?」「え?使ったことないけど」「・・・は?」

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