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あなたとならもう何も怖くない。

一緒に、羽ばたこう。

どこまでも、

どこまでも。

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あれから、気づけば2年が経っていた。
テンテンとリーは中忍に、オレは上忍に昇格した。舞衣は…まだ病院のベッドで、心は15歳のままずっと眠り続けている。

…あのとき、自分は死ぬはずだった。
レンの刃を受けたと同時に、柔拳を打って…そのまま、死ぬつもりだった。
そうすれば、彼女はレンと言う運命からは解放されるはずだった。
しかし、彼女は新たに結んだ約束を果たした。
「二人で運命を変えよう」
その言葉どおり、彼女は動いた。
突き刺さった刃、傾く身体、最後の笑顔、首筋に光る羽根、最後の言葉…全てが、変わらずオレの記憶に焼きついている。

あの後、遅れて駆けつけたのはあの少女だった。
「良かった」と舞衣に微笑んで、それから、レンを見て泣き崩れた。…ああ、道理でレンに逆らえなかったわけだと、心の片隅でなんとなく感じていたのを覚えている。
本当は、「もう止めましょう」の一言でも言いたかっただろうに。真実を知ってしまった頃には、もう、何も言うことは出来なかった。


綱手様から「舞衣次第だ」と言われたのは、それからさらに一週間後のことだった。
首の呪印が綺麗さっぱり無くなった、ベッドに横たわる彼女。
それを見つめながら、彼女はオレに《選択肢》を出してくれた。
このまま目覚めるかわからない彼女を待つか、捨てるか。捨てるなら、もし目覚めたときには、彼女の記憶を消去してやろう、と。…あれはとんだ愚問だった。
いくらでも待てる自信はあった。
彼女は、オレに最大級の愛の言葉を言ってくれた。しかし、オレはまだ、何も一言も返せていない。

それに、この物語は、この運命は、舞衣が目覚めたとき、はじめて完結する。
諦めの悪い舞衣だ。
ここで引き下がる女ではないと言うことを、オレはよく知っていた。


そんなこんなで、気づいたら二年も経ってしまっていた。
手を握ったり頭を撫でてやったり…色々したが、舞衣は穏やかな表情のまま眼を開けない。相当長い夢を見ているらしい。
だから、オレはある日見つけてしまった彼女の日記を少しずつ読んでいくと決めた。それが嫌なら早く起きろ、だ。

…ネジはあの日記を2ページのみ除いて、全て読みきった。
最後のページは当然空白。残されたページは…あの二人が枕を交わした日のもの。
少しだけ、怖かったのだ。あのページに、彼女の思いの全てが書いてあることが。
さらに言えば、読み終わってしまったら、舞衣の時間は完全に止まってしまうような気がして…少し、恐ろしかった。
読むべき日まで、待とうとも思った。 それが、まさに今なのだ。
ネジは彼女の枕元に置いてある日記帳を手に取る。そして、微笑んだ。

「舞衣。お前の意識がなくなってちょうど2年だ。少し怖いが、今なら読めそうな気がしてな」

何故か、穏やかな気持ちだった。
ネジは静かにページを開く。1番最初からもう1度、ゆっくりとネジは読んでいった。

アカデミーの宿題からがきっかけらしいその日記帳。
最初はなんとなく続けている、という間のある文章。しかし歳が経ち、あの始まりの朝を迎えた日から、変わっていく文章。
全てが、そこに書かれていた。

「・・・っ」

読み進めるたびに、心が悲鳴を上げる。
読み進めるたびにネジの中で思い出が走馬灯のように流れていく。

泣いていた、
笑っていた、
怒っていた、
照れていた、
怖がっていた、
悲しんでいた、
喜んでた、
辛そうだった、
幸せそうだった、
幸せだった、
あの日々を。

「…舞衣、」

小さく、その名前をつぶやく。
隣に居る彼女の目蓋の裏に映るものが見えない。
穏やかに眠り続ける彼女の瞳の奥に、自分の姿は居るのだろうか?

「舞衣」

何度かそう名前を呼び続ける。
しかし彼女の眼は開くことを知らない。

耐えきれず、ネジは病室を一度抜けることにする。
何か、無いだろうか。
なんとなく舞衣が目を覚ました時のために、口実を捜す。
探し求めたその先には、水の減った花瓶があった。

****

『…どうした?何故泣いている?』

この一言から始まった夢が、終わろうとしている。
あたしはあの、最後の夜の光景を遠くで傍観しながらそう思った。

最初は自分があの人の隣にいたのだ。
これが夢だとも気づくことなく、ひたすら出会ってから、終わる日をぐるぐるとまわり続けてきた。
夢だと気付いたのは唐突だった。
確か、誰かのぬくもりが、この場所とは違う何処かで感じたあの時から。
そのときからずっと、こうして傍観者の立場を続けている。

目を覚ますことは、怖い。
その先にあたしを待ってくれている人はいないかもしれない。
この夢の中で、あたしに笑いかけてくれる人なんて、本当は居ないのかもしれない。
本当は、もう一人ぼっちなのかもしれない。
いや、もしかしたらこれこそ一夜の長い夢で、目を覚ました先には別の日常があるのかもしれない。

それでも起きなければいけないと思った。
もしかしたら、もしかしたら一人ではないのかもしれない。
ここで笑ってくれる人とは違う誰かが、其処であたしを待ってくれているのかもしれない。

血だまりの中で「あたし」が笑って眠りに就いた瞬間、世界が白く染まる。
巻き戻しの合図、でもあたしはそれに従うつもりはなかった。
(…ネジ)
そこにいてほしい、いてくれることを願って。


目を、開いた。


「…」

あたりを見渡してみると、どうやらここは病室らしい。
一面が白い部屋、遠くで聞こえる喧噪、見渡そうにも体が上手く動かない。
それでもせめて首くらいはと、どうにかしてぐきりと動かす。
その先に、人の姿は、無かった。

「…」

――やっぱり、ただの夢だったんだろうか?
あたしが作り出したまやかしで、本当は誰もそこにはいなくて、そもそもあたしは、「美瑛舞衣」なんて人間じゃ、無くて…。

「っ…ぁ…」

ぼろぼろと開いたばかりの目が涙で滲む。
かすんでいく、まぶしくて、世界があまりにもまぶしくて。

ひとりぼっち。
それを認識した瞬間、心が壊れるような音がした。

…いや、違う。
本当に、何かが割れる音がした。



「舞衣…?」


聞き覚えのある声が、耳に届く。
鈍すぎる首を、さっきと同様何とかして動かす。――嗚呼、

「ネ…ジ…?」

久しぶりに出した声は、嗚咽やら何やらで酷く掠れていて。
それでもこの声は、ちゃんと彼に届いたのだろう。

白いあたしを包み込んでいた掛け布団が宙を舞う。
強く縋りつくように巻きつく腕が、あたしの体を軋ませた。「ネジ…」
確かめるようにその名前を呼ぶと、彼が「うん」と頷く。
ここに居る。ここに、ネジがいる。

「…ネジ、あたしね、夢・・・見てた」
「夢?」
「下忍になってばかりからこれまでのあたしたちの夢。
あたしね、本当はずっとあそこに居ようと思ってた。
悲しいことも、嫌なこともあったけれど、あそこにはネジがいたから。
でもね、誰かがあたしの手に触れた時、待っててくれる人がいるかもしれないことに気づいたの。
目を覚ますことは本当に怖かった。でも、待っててくれる人がいるかもしれないなら、起きなきゃって、きっとそこには本当のネジがいるんだって、信じて…」

「・・・やっと、見つけた…」

涙を流し、鳥は歌う。
彼もまた、涙を流しながら、謳った。


「…愛している、舞衣」


青空がいつものように広がる中、

二羽の鳥は、静かに翼を広げた。

****

これから先も辛いことが沢山あるだろう。

でももう大丈夫、どんなに槍の雨が降り注いでも、

あたしはちゃんと立っていられた。
道を踏み外して迷い込んでも、

あたしは崩れずに歩くことができた。


もうきっと何も怖くない。

翼が無くても手を繋げばきっと飛べる。

さぁ、この蒼い蒼い

空へ羽ばたこう・・・

****

二羽の鳥が羽ばたいて
二羽の鳥は、運命を越えた高い場所を見つめ、手を取り合って羽ばたいていった・・・

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