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嘘を重ねていく

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舞衣の様子がおかしいことには気づいていた。
だが、あの夜からずっと思いつめていたあいつを問い詰めることはできなかった。「どうする気なんだ?」と尋ねても、彼女は答えてくれなかっただろう。
なら、待つしかないと思った。
その結末が先ほどの情事である。さすがに嫌な予感もしたし、拒みたいとは思った。…結局、据え膳食わぬは男の恥ということで、最後までしてしまったが。

さて、いよいよここからがオレにとっての本番である。
修業で鍛えてきたこの身体。たった一度きりの性行為でばてるほど、オレはやわな男ではない。ぐったりと眠る振りをして、舞衣の行動をひたすら待った。
…案の定、彼女は動いた。
オレが予想していたとおり、あの男の元へ行った。あとは白眼を使いつつ、追っていけばいいだけの話。

そこから先で、なにをするかはそれからだ。
殺し合いか、話し合いか。まぁ後者で解決するならここまで展開がややこしいことになるはずがなかっただろう。

降り積もった雪が、足跡を完全に埋めていく道。
ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。そこになにがあるかもわからないまま。
(…まぁ、そろそろ来るだろう)
このまますんなり進めるとは思っていない。
いい加減、誰かが来る気がしていた。
そう、たとえば以前テンテンが話していた、裏に居る【人】とやらが。
「・・・ほらな」
目を細めながら、ネジは遠くの景色を眺める。
そこには、暗い眼をした少女が立っていた。

「…其処を、通してくれないか」
「……」

女がそっと目を伏せる。それは深い悲しみに耐えるというより、何かの感情を押し殺すような動作に見えた。
「…レン様の望み、邪魔をするわけにはいきません」
「…その望みとやらが何か走らないが、オレはアイツの運命を変える約束をしているんでな」
「逃げ道、そう思われるだけの存在でも、構わないと?」
ずきり。どこも攻撃をされていないのに胸が痛む。逃げ道、そうかもしれない。オレはただの縋る場所に過ぎなかったのかもしれない。それでも、

「…オレは、次に舞衣がくれる言葉を信じる」

信じていたい、あいつが見せた笑みも、聞かせた言葉も、感じたぬくもりも、すべては偽りではないということを。嘘の下に塗り重なれた嘘ではないことを。
次に見せる目は、あの思いつめた目ではなくて、まっすぐと前を見定めた瞳であることを。

一度瞬きをしてから、もう一度そこを見る。何か思うことがあったのだろうか、わからない。
そこに彼女の姿は無かった。

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どこかで見た、いや、感じた光景。
嗚呼、あたしは間違えてしまったんだろうか。
じゃらりじゃらりと巻きつく鎖。動くことを許さないとでも言うように、手枷足枷とセットでそれは線を描く。

あたしが、少し前まで暮らしていたがら空きの屋敷。
両親が死んでから、(台所等を除いて)ずっとこの部屋…仏壇があるこの部屋にしか、入ることはほとんど無かった。
そんな部屋の隅に、繋がれる日が来るなんて誰が予想しただろう?

『一緒に死んでほしい、もう結ばれないことに絶望することは疲れたんだ』

そう泣きそうな声で縋られた。
なんとなく、予測できていた願い。
あたしの「待って」の声は届かない。

…こんなふうになる夢は、いつか分からない昔に見ていた。
でも、信じたくなかった。これが、こんなことが、現実に起こるだなんて。


なんで、あたしはこんな夢のような結末を歩もうとしているの?本当の答えは何だったの?
運命ハ、変エラレナイノ?

(―――違う!)
自由な首を横に振る。そんなことない。
だって、あたしはこの目で見たの。自分の運命を変えようと、最後までもがき続けた人のことを。
変えられる、きっと。あたし自身の力で、きっと。・・・でも、どうやって?

ふと視線を感じて、顔をあげる。
優しげな表情をしたその人が、あたしのことを見下ろしていた。

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美瑛一族の集落の隅に、その家はあった。
どこかで感じた異様な気配が、その家を取り囲むように漂っている。
白眼を発動しなくとも感じる気配。
舞衣と、もう一人。
(…先に、誰かに連絡を入れておくべきだろうか?)
空が、一番暗いとされている夜明け前の色に変わろうとしている。
…何かあっては遅い。オレは伝書鳩を口寄せする。木ノ葉の忍たるもの、このくらいの生き物は口寄せ出来ていないといけない。
里の火影邸に、伝言を伝えるその鳥の足に、オレは言伝を書いた紙を括り付ける。
「頼んだぞ」
一瞬鳥は頷くようなそぶりを見せ、そしてばさばさと飛び去っていく。

…再び訪れる静寂。
不気味な空気が重苦しい。
世界が、いっそう暗みを増したような気がする。

そろそろ行こう。
オレは手入れが出来ていないその扉に手をかけた。

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兄さんが、あたしの右目に手を当てた。
何をされるかは、もうわかっている。だからだろう、こんなに落ち着いていられるのは。
「もう、オレ以外の人間を見たら、駄目だから」
悲しげに微笑んで、兄さんはあたしの目に力を込める。
上側の目蓋に、その長い指の先が少しだけ嵌った。

・・・怖、イ。

静かだった心の湖が、激しく揺らめきだす。…前のあたしも、こんな思いをしたのだろうか?
怖い、怖い、恐い。
今のあたしは、前がどうであれ凄く怖い。

嫌だ。嫌だ。
綺麗な色んな場所の景色が見えなくなるなんて嫌だ。
せっかくめぐり合えた仲間や友達の顔が見えなくなるなんて嫌だ。
あの人の姿を視界に捉えられなくなるなんて嫌だ。

嫌だ、嫌だ。
ずっとあの人の後姿を見ていたいの。
鳥籠の中からでも微かに見えたその背中を。
声だって遠くからでもいいから聞いていたい。
あの人の微かな香だって感じたい。
もっと、もっとずっと、そばに―――…。

「…ネジ・・・」

――――まだ、一緒にいたい。
その思いが、一気に溢れ出した。

…そうだよ。諦めきれるわけがない。
人間って欲深いの。あたしってわがままなの。

もっと触れたい。
狂ってるといわれそうなほど、その名前を呼びたい。
声が潰れるほど「大好きだよ」って言いたい。
ものすごく強い力で手を繋ぎたい。
赤い痣が残るほど抱きしめたい。
「しつこい」と苦笑されるくらい、沢山キスでもしてやりたい。

・・・もっと、もっとしたいことがあった。
映画失敗しちゃったし、今度はネジのお勧めの映画を見たかった。
ろくにお互いの誕生日とか、行事を祝えなかったから、盛大に楽しんでみたかった。
ネジのわがままをもっと聞いてみたかった。
ネジだけじゃない。テンテンのタロットカード占いも、もっと楽しいことに使いたかった。
鈍感なリーがいつ、色んなことに気づくのかも見ていたかった。
酷い話、ガイ先生は死ぬまで青春を叫ぶのかも気になっていた。
こんなあたしでも、運命を変えることが出来るのか知りたかった。

「ネジ…」

助けて。助けて。右目が、ひりひりと痛み出す。
いまさら助けてなんて、勝手なことかもしれない。けど。
助けて。お願い。
最後の足掻きに、手にチャクラを集めようとしてみる。

「――――!」

感じる。確かに、あたしのチャクラを。
…ああ、彼はあたしが逃げないと信じてくれていたんだ。
(ごめんなさい)
チャクラを刃物のように尖らせる。
気のせいだろうか?遠くから、足音が聞こえる。
小さなものが、だんだんはっきりとしてくる。

「舞衣!」

待ち望んでいた、願っていた、
その声が響いたと同時に、あたしはその刃を、思いっきり枷に向けて叩きつけた。

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身代わりの少年

結ばれた禁忌

選ばれるのは、どちらの未来?

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追いかけた末に
ああ、貴方に伝えたいことがたくさんできてしまったわ。

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