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眠る

(悩む)

夢を見る

(決断を迫られる)

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「ねぇ、タロットカードでもやらない?」

あの日から一ヶ月が過ぎた頃だった。
何も無い病院のテーブルに、彼女はカードの束を置く。

「舞衣も一度やったのよ。
あのときはあまりよくない結果だったけど…今なら何か変わってるんじゃないかって」

そういいながら、彼女はオレの目の前で手際よくカードを混ぜる。
シャッフルして、切って、そしてオレに並べさせる。

「ちゃんと悩んでいることを考えながら並べなさいよ。そうしないとカードは答えてくれないから」

…悩んでいることなどない。
願いが、一つだけあるだけだ。
それでも意味があるのかは知らないが、オレはとりあえずと指示通りに並べた。

「じゃ、捲るわね。まず、問題の焦点」
テンテンが一枚のカードを捲る。
そこには、「Power」という文字が書かれていた。
「…根気、大恋愛、信念、意思、気力…ね。
あのレンって人と、あんたと、舞衣の気持ちのことかしら?」

テンテンが切なげに笑う。
…なるほど、信憑性はあるかもしれない。
少し、占いを注意深く見てみることにした。

「で、次。障害は…《恋人》の正位置ね。
決断、選択、判断…正しかったんでしょうけど、もっといい道は無かったのかしら」
「…次、行きましょう」
暗くなることが嫌だったのか、テンテンは笑顔を作り、次のカードをめくる。
悪魔の絵が逆さに配置されていた。

「現状認識は自己中心、妄信、意地…ね。
今のあんたの状況からしたら、いい意味にも取れるんじゃない?
信じなかったら終わりよ」
テンテンが、チラッとオレの隣で眠るそいつを見て笑う。
どうやらカードの意味的にはよろしくないようだが、捉え方としてはそれしかないらしい。
テンテンは次のカードを捲った。

「近い過去は…《月》の正位置ね。
不安定、虫の知らせ、恐怖…いろいろあったことの総称ね」
テンテンが一度すうっと目を閉じる。
確かにそうだ。
いろいろありすぎて、何がなんだかわからなくなってしまうほど、オレと舞衣は必死だった気がする。
もう、あれも1ヶ月くらい前の話なのだ。

「…潜在意識は、《塔》の逆位置ね。
あら、潜在意識まで信用に満ちているみたいね。
復縁、復活、再出発ですって」

…本当に、そうなのだろうか?
逆に不安で満ちているというのに、オレの心はそう考えているのか。

オレは一度、目を閉じた。

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歩けない。
どこにも行けない。
逃げ。すべてから逃げている。
何にも向き合うことができない。

今までは、ネジがそばに居てくれた。
ネジが手を引いてくれたから、あたしもその歩調に合わせて走ることができた。
でも、今回ばかりは駄目。ネジは頼れない。
今ここでネジを頼れば、本当にネジはただの「逃げ場所」になってしまう。

だから、これはあたし一人が決めること。
あたしが自分で選んで、決めなきゃいけないこと。

(――なんて、本当はもう、答えが出ているくせに)

ぽつり。心の中で誰かが呟く。
そのとおりだ。確かに考えることなんて、本当はもうひとつもない。
「何も選べない」、それはある種での答え。下した結論。

本当は、この足さえ動けば、それで良い。
おしまいなの。

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近い未来は《節制》の逆位置。
今のオレには関係ない話だと、テンテンは苦笑して次の項目に移った。

「あんたのこの問題に対する姿勢は《星》の正位置ね。
希望、期待、明るい兆し、予感か」
「…このまま目覚めることはない、なんて考えたら終わりだからな」
さっきのテンテンの言葉になぞらえて言葉を返すと、彼女は少し苦笑した。
それからまたカードを捲る。
それは、この世全てを現しているようなカードだった。

「…《世界》ね。それも正位置。
まわり…つまりあたしたちは、この問題は成就する、成功するって考えてるってこと。
物事うまくいくって思ってるのよ」
それは十分に伝わっていた。
現に毎日のように、彼女を良く知るものが見舞いにやってきていた。

花言葉は「運命を開く」っていうのよ―と言いながら花を生けていった奴。
この秘伝の薬を飲ませたらいいぞと、鹿の角で出来た薬を渡してきた奴。
また今度はきっちりお酒を飲みたいとやってきた男。
ラーメン半年分の割引券を渡してきた人。
そうしてくるのは、きっと彼女を信じているからなのだろう。

「…さて、次行きましょうか。
次は…願望と恐怖ね。言わずもがなって感じだけど」
「…《運命の輪》、か」
皮肉なものだ。
運命なんて誰かが決めるもんじゃないとほざいているオレが、このカードを出すとは。

「…幸運な出来事、変化、事態の展開。
恐れているものがあるなら…宿命、とかかしら?」
いや、恐れはなかった。
宿命があるというなら、それは舞衣が眼を覚ますということ。それだけだろう。
テンテンは「それもそうね」と笑った。

「さて、最後よ。捲るわね」

ほのぼのとした空気の中、テンテンが最後の一枚を捲る。
そして…ごく
りと、息を呑んだ。
「《女教皇》の正位置…」
「…いいものなのか?」
何か引っかかる態度に、オレも息を呑む。
彼女は、笑顔だった。

「いいから信じて待てってことみたいよ」

****

…どれくらい悩んだだろう。

今は何時なのだろう?

時間と場所が不安定なこの世界、脳裏に浮かぶのはあのぬくもり。

やっぱり背中を押してくれたのは、彼が今まで贈った言葉だった。

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決断と現在
「レン兄さん、ごめんね。もう少し、もう少し時間を頂戴」
「あたし決めたから、兄さんが望んだことをかなえるから」
「だから、あたしが望んだことをかなえるための時間を頂戴」


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