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この日々はいつまで続くのだろう。

壊れないで、壊さないで。

続く限り、どうか、どうか。

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あれから、どれだけの日数が過ぎただろう。
答えが見つからないまま、時間だけが通り過ぎていく。
奪われていく命とタイムリミット、葛藤…すべてが、あたしの胸にナイフとなって突き刺さる。
ガイ先生に久しぶりの呼び出されたのは、そんな嵐の中に飲み込まれていた時だった。
「先生なんでしょうか…手短に頼みます」
本当はうれしいくせに、何をバカなことを。心の中で自分に毒づきながら、あたしは苦笑してみせる。
四人はそんなあたしの心境なんて、もうお見通しなのだろう。普通に、いつも通りの表情をしていた。つまり、微笑んだり無表情だったり、である。

「舞衣、実はな…この前商店街で短冊外の旅行チケットを手に入れたんだ」
「!…すごい…でもどうしてそれをもっと早く言わなかったの?」
「…舞衣、聞かなくてももうわかるでしょ」
苦笑しながらテンテンがあたしの肩を叩く。
…ああ、なるほど、忘れてたのか。
で、このタイミングで言うということは、つまり。

「では明日10時に甘栗甘に集合だ!予定を何としてでもあけておけ!!」

…やっぱりそうなったか。あたしたちは、顔を合わせてもう一度苦笑い。
この男のマイペースさ加減にも、いい加減慣れてきた。
それになんだかんだ言って旅行は楽しそうだ。
ネジもいる。テンテンもいる。リーもいる。
良い思い出ができそうだと、今度は苦味を消した笑みを浮かべた。

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「歯磨きブラシに歯磨き粉に…ねぇネジ、ブラジャーの替えとかって何着いるかしら」
「…よくもまぁそんなことを男に聞けるな、お前は」
「やだ。冗談よ」
隣で荷物を詰めながら、ふてぶてしく眉をひそめるネジにあたしはまた苦笑した。
本気でそんなデリカシーのないこと聞くわけないじゃない、ネジったら本当に馬鹿ね。
…言葉にしてしまったら、また前みたいに怖いネジになりそうだから黙っておこう。
「ねぇネジ、今日寝る前に何する?羊って何匹くらい数えたら寝られるかしら。瞑想って何時間したら寝られるかしら」
「お前は遠足が待ちきれない子供か!」
…ああ、デンプレート通りの回答をありがとう。なんてことも言ったら怒られるだろうか?
でも、今なら何をされても楽しく感じられるような気がする。…やっぱり怖いのは、いやだけど。

「とにかく、移動中具合が悪くなっても困る。
眠れなくてもいいから布団に入れ。目を閉じろ」
あたしの周りに散乱している荷物を、全て鞄に詰め込んだネジが、ぽんぽんと頭をたたいてくる。
…なんだか、お父さんが子供をあやすみたい。お母さんは誰だろう、テンテン?…それは複雑だからお母さんはいないことにしておきたい。
さっきよりは眠れる気がした。

****

まだ日がそんなに高くない頃。言われた集合時間よりも早くの集合。
いつもと同じ、セオリー通り。二年前から変わらないペース。
そしてその光景を見たガイも、セオリー通り満足げに笑う。それから、大きく息を吸った。
「では、出発だ!!」
里中に響き渡ったその声は、周りの空気をかすかに振動させた。


まだまだ日は高くない午前11時ごろ。短冊街の小さな旅館に、五人は辿り着いた。
リーは受付をするガイの隣に立っている。ネジはぼんやりと、飾ってある大きな壺を眺めている。舞衣とテンテンは、旅館においてある観光客用のパンフレットを眺めていた。

「ねえ、今日の午後から夜にかけてお祭りがあるんだって」
「あら、まだ葉っぱが赤くなり始めたばかりなのに珍しいわね。・・・で、テンテンはリーとまわりたい、と」
「!?…な、なんでわかるのよ…!?」
みるみると、テンテンの顔が紅潮していく。
舞衣はふっと微笑んでから、テンテンの頭を撫でた。まるで、母親が子供をあやすように。

「バレバレよ」

****

与えられた部屋はとても広かった。
合計三部屋。五人は一番広い部屋を集合場所、余った二つの部屋を、女子と男子別々の寝床と決めた。

秋祭りの話は、ガイも女将から聞いていたらしい。
別に規則や決まりがあるわけではないが、夕飯前の五時には戻ってくるようにとガイは告げた。つまり、それまでは自由時間だ。
舞衣は用意していた小さめのカバンに、必要最低限のものを詰める。財布にハンカチ、ポケットティッシュに、いざというときのための裁縫道具…詰め終った舞衣は立ち上がる。
廊下へ続く扉の前には、財布だけを持ったネジがたっていた。
「行くか」…どうやら、二人の間に約束の言葉は要らないらしい。

****

「わー!いろいろあるわね」
以前見た偽物の笑顔とは違った、舞衣の自然な笑顔。ネジの口元が、自然とゆるむ。
昼間なのに照らされている提灯の光が、彼女の茶色の髪をかすかに赤く染めた。

「ネジ、リンゴ飴買っていい?」
飴を買いに行こうとする舞衣を見て、ネジは首をかしげながら、「大丈夫なのか?」と問いかけた。
以前餡蜜をテンテンに進められた時、彼女は全力で首を横に振っていたからだ。
しかしネジの心配は無用らしい。舞衣は笑って、「大丈夫よ、甘すぎるものは無理だけど」と言いながら、飴を買う。
それから、何かに気づいたらしく、ポツリとつぶやいた。
「…テンテンだ」
テンテンとリーが遠くで射的をしている。クマのぬいぐるみをねだっているテンテンの笑顔は、いつもより三割増しでかわいく見えた。
「…ガイ先生が邪魔そうだけど」
「…それを言うな」
しかし、彼女の言うことも一理ある。
時折見えるあのしかめた顔さえなければ、テンテンももう少しましに見えただろうに。リーには見えないところで、ガイを睨み付けているところはさすがというところだろう。

「あ、あれかわいい」
舞衣はマイペースなことに、早くもあの三人から思考を切り替えている。
オレも目を向けてみると、そこにはキラキラと輝く小さいもの。どうやら、小物を売る屋台らしい。
舞衣はじっと一点を興味深げに見ていた。なんとなく、彼女が見ている方向と同じ場所を見てみる。
ネックレスだ。ハート型のもの、星型のもの、人魚や天使を模した銀色や金色の飾りがついたもの…様々なものが並んでいる。
精巧な作りの割に、値段は手ごろなものだった。

「彼氏とおそろいでペアネックレスなんていかがですか?」

突然、前のほうからそんな声が響いた。
向いてみると、そこにはニコニコ顔の店員。男女二人きりで行動しているのは、周りにはオレたちしかいなかった。
「えっ…あ、あの…」
舞衣は顔を真っ赤にしながらうろたえ始めている。…少し、いや、かなり・・・いや、これ以上考えるのはよそう。
それより、こういう時オレはどうするべきなのだろうか。
正直言うと、こういったものには興味がない。
しかし…やはりこういうときは空気を読むべきなのだろうか?
(それに)
少しでも、あの男に差をつけたいという気持ちもある。だから、ここはプライドを捨てるべきだと思った。

「どれにするんだ?」
『ペアネックレス五拾両より!』という紙が貼ってある場所を眺める。
イニシャルの組み合わせで選べるもの、二つ合わせて一つの形になるもの…ペアネックレスならではのつくりだ。
次に、彼女を見る。…実に呆けた顔だった。
「いい、の?」
確認を取るように、おそるおそるというように、彼女はこわごわと尋ねてくる。
「…ああ、好きなの選べ」
そう言った瞬間、彼女の表情が、ぱあっと明るくなった。
「じゃ、じゃあこんなのはどう?」
舞衣が選んだのは、銀色の片翼を模したネックレス。どうやらネックレス二つが合わさって両翼となるものらしい。彼女らしい選択だと思った。

「…で、着けるのか」
「もちろん」
とてもご機嫌そうな彼女が、ネックレスの一方をオレに手渡す。
ノリで買ったはいいのだが…着けるとなると、かなりの抵抗感がある。買おうという話になった時から、若干の覚悟はしていたのだが…。
「あ、じゃあこうしましょう。着けなくてもいいわ、そのかわりちゃんとなくさずに持っていて?それで、任務とかで二人が離れ離れになるときは、それを交換しましょう。
そうしたら、少しは寂しくなくなるから」
その時の彼女の言葉には、何か予感めいたものが密やかに含まれている気がした。


定刻通りの時間に集合した五人は、夕食前に温泉に入りに行くことになった。
夕食の時間は本来、六時だったらしい。ガイは聞き間違えてしまっていたのだ。

「洞窟風呂かー変わっているわね!」
「そうね…ちょっと薄暗い雰囲気だし、寝ちゃいそう」
「やだ舞衣ったら、溺れて死んじゃうわよ?」
「・・・冗談よ」
そんなことを二人で言いながら、体をよく洗い、湯船につかる。

ふうっと一つだけため息をついた時、どこかから聞きなれた声が響き渡った。
『青春だ――!!』
『はい!ガイ先生!!』
『…頼むから静かにしてくれ。他の客がいないといっても、オレが迷惑だ』
明らかに同じ班の男たちの声。こんなに響くのかと、二人は目を丸くする。
それから、くすくすとわらいあった。
「…それにしても」
笑いの余韻を残したままのテンテンが、ぽつりとつぶやく。
舞衣は首をかしげ、「何?」と彼女のつぶやきの意味を追求した。
「ネジって…白眼あるでしょ?」
「うん」
「…覗きも簡単にできるわよね」
意外な言葉に、舞衣はぷっと噴出した。
「いやいや、ネジはしないわよ。だってあの堅物よ?」
「けど…実はむっつりスケベとか!」
「あははっないない、あの人は攻めるときは堂々と行くわよ」

といいつつ、舞衣は想像してみる。いや、回想してみる。
そういえば、ネジは「いたって健全な男である以上性欲もそれなりにある」みたいなことを言っていた。
それにあたしからストップかけなきゃ結構やばいところまで行っていたかも…。
「…怖いわね。覗かれたら五分の四殺しにしなきゃ」
「…いや、それほとんど死んでるから」
「まあまあ」
舞衣とテンテンは、再度冗談っぽくわらう。…しかし女風呂にも客がほとんどいないため、この二人の話声とお湯が小さく流れる音しか、この空間では響かない。

ゆえに、二人の会話はネジたちに筒抜けだった。
「何を話しているんだ、あいつらは…」
「ネジ、白眼を…」
「使うわけないだろう、まだ死ぬわけにはいかない」
それから話題を変えた三人は、熱くそして冷やかに会話を始める。

舞衣とテンテンも、周りの人の恋愛が同だの、この間の劇の思い出話などを話していた。
「ねえ、そういえばさ」
ばしゃっと、テンテンが舞衣のさらに近くに寄ってくる。舞衣は、「ん?」と疑問符を浮かべた。
「前から気になってたんだけど、舞衣のお母さんって作家志望だったんでしょ?
舞衣、そっちの才能あったりして」
「へ?いや、そんなことないわよ。あの劇のシナリオは従兄の受け売りだし、あたしそういうのかいたことないし」
「そう?でも劇の時すごかったからなー…受け売りと言っても、ほとんど舞衣のアドリブじゃない!ね、ちょっと何か考えてみてよ」
「えー…」

…どうしよう。
こういうとき、どう返したらいいのかが一番悩む。
ちらっと彼女の顔を見る。楽しそう。
仕方ない…あたしは観念することにした。

「一人の女の子がいました」
「うん」
「女の子は一人ぼっちで、友達がいませんでした」
「あら」
「だから女の子は、スケッチブックにたくさんの人間を描きました」
「絵、上手そうね」
「たくさんの人間が笑う姿を見て、女の子は寂しくなりました」
「自分はその中に入れないものね」
「悲しくなった女の子は悩んだ末に、自分を描いてみました」
「するとどうでしょう、女の子の体が絵の中に吸い込まれていきました」
「女の子は一人ぼっちじゃなくなりました」
「めでたしめでたし」
「…テンテン、突込みが多いわ」
「そうかしら?」

また笑ってみせると、彼女も笑う。
やれやれ、どうやら納得してくれたらしい。
「さ、もう出ましょう?のぼせちゃったわ」

向こうの男たちの声も、もう聞こえてくることはなかった。

****

浴衣を着て部屋に戻ったとき、ちょうど夕食はやってきた。
「いただきます」をそれぞれ言い合い、五人は食べ始める。

「この鍋、中身何かしら」
「カレーか!?」
「そんなわけないでしょ、豆乳仕立ての海鮮鍋だって」

話をしながら食べるなんて行儀の悪いことだけど、こういう時位は見逃していただきたい。
そう思いつつ、あたしは隣に座るガイ先生の皿の中に入っていたかぼちゃをそっと置いた。当然、忘れっぽいガイ先生が、カボチャを食べたことなんて覚えているはずもなく。あたしがやったことに気づいていない先生は、平然とカボチャを食べていた。
…忘れっぽいとか、そういう次元の話ではないような気もするが、それは気にしないでおこう。百科事典に「物忘れ」という項目があるなら、このエピソードを載せてあげたい。

「ねぇ、そういえばここってあれあるかしら、卓球」
「どうなんでしょうね…ネジ、白眼でポスターとか見てくれますか?」
「…リー、お前は白眼をなんだと思っているんだ」
そう言いつつ素直に白眼を使うネジもネジだと思うんだけど…まぁそれは黙っておこう。事実、便利だし。
「…卓球はないが」
「ないが?」
「…麻雀とオセロと、百人一首と…格闘ゲームのアーケードならある」
…何故そんな品揃えなんだろうかと、つっこむことは間違いでしょうか。

「先生、アーケードとはなんですか?」
「ん?あぁ、とにかく…ゲームだ」
「見たことないから少し気になるわね」
「まぁ時間はたくさんあるし、興味あるものをやってみたらいいんじゃない?」
「…そうだな、食べたら回ってみるか!」

どうやら、まだまだ一日が安らぎの時を迎えることはないようだ。

****

麻雀は年齢的な問題で出来なかった。
オセロは盤を失くしたらしい。ありえないことに。
百人一首はリーとガイ先生が全く覚えていないせいで話にならなかった。
だから、最終的にとるものは格闘ゲーム一択というわけで。
まずは一回戦ということで、あたしとテンテン戦だ。

「上のボタン3つ、左から弱、中、強ね。
下のボタン二つが全く分からないんだけど…」
「押さなくていいんじゃない?わからないし」
「そうね。あ、舞衣のキャラかわいいわね。このリボンのついた家政婦さんは…この子の姉妹かしら?」
「たぶんそうじゃない?
で、テンテンのキャラは…何こいつ反則、化け物すぎるわ」
「…ゲームでくらい勝たせて頂戴」

そして大戦前に、キャラの色を変更してみたり、攻撃の設定を変更しておく。
早さを素早くするか、コンボ重視化、操作を簡単にするか。
もちろん選ぶのは、操作がしやすい設定である。それから対戦前のデモへ。
こんなにかわいいメイドさんと、こんなおっさんみたいな変な人が戦うなんて…あまり想像したくない。
こんなのと向き合って怖くないのだろうか?
なんて考えている最中に、テンテンが攻撃してくる。

なるほど、他のボタンを押さずに、キャラを後退させたらガードできるらしい。
えっと…とりあえず、弱ボタンと中ボタンを適当に押してみよう。あ、コンボ繋がった。
おっさんは端っこのほうに、一気にふっとばされていく。
…と思ったら、おなかの中から何かを「こんにちは」させてきた。
やっぱこいつ強い、そして怖い。

とりあえず画面の右下を見てみる。
攻撃したり、受けたりすることでたまるゲージが、もう200を過ぎようとしていた。
…必殺技って、どうしたら出せるんだっけ?
とりあえず適当にレバーを回転させてから、ボタンを適当に押してみる。
その瞬間、彼女は「失礼します」と言いながら、おっさんにガツンと頭突きをした。

…嘘、これだけ?
どうしよう、他の必殺技が何も出てこない。
もしかしてこのいすを置く動作も必殺技の一つなのだろうか?
とか考えている最中に、負けてしまった。
「you lose」の文字が、悔しさを彷彿させる。

「舞衣、大丈夫だ。オレが仇を取ってやる」
ネジがあたしの肩をたたいてから、キャラを選択する。
着物を着た短髪の…女?だろうか。
テンテンもリーと交代している。
彼が選んだのは、テンテンと同じチャイナ服を着た女の子だ。…あれ、これはもしかして少しは期待できるかも?テンテン。まあいいとして。

さて、開戦である。
チャイナの子はどうやらコンボが多く、体術系らしい。さすがにテンテンのように忍具を使ってくることはないみたいだが。
そして着物の子はナイフを使うらしい。
両者とも接近型。スピードは小っちゃい子のほうがはやそうだ。

そして信じられないことに。
説明書をあたしとテンテンよりも読んでいたおかげか、それとも男の本能か。
激しい攻防を繰り広げたネジとリーの戦いはタイムアップ、引き分けで終わった。

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