****

突き刺さる刃、突き出された最後の力。
片方はネジに、片方はレン兄さんに放たれたそれは、「相討ち」を確かに示していて。
地面にへたり込んだあたしと、彼らの距離はたった1メートルほどしかなくて。それは「間に合わなかった」ことを意味していて。

「な、んで」

違う違う、これは違う。
否定しようと目を瞑って、耳を塞いでみても、夢は覚めない。
さっきのあの幸せな空間に、戻れたならよかったのに。どうしてだろう、戻れない。
もうどこにも行けない、もう帰り道は無い。

ひやり。冷たい手が触れる。
はっと目を開いた先で、血塗れたネジが笑っていた。

****

「どういうことだ、舞衣」
酷く落ち着いた語調で、いや、自分を抑え込んだような語調で、家に入ってからすぐにネジはあたしに問いかけた。
…騙しているという自覚はあった。でも、これ以上のすべてを告げたくはなかった。
これは、あたしの誇りなのだ。かなえたい願い、夢。

ふと、2年前のあの日、ガイ先生の前で言った言葉がよみがえる。
半分正解で、半分間違いのあのお願い。
本当の解答が、脳裏に浮かびあがった。

――父上や母上のような立派な忍になりたい。
誰かを守れるような、立派な忍に。

…手放すわけにはいかなかった。
この罪を、絆を、壊すわけにはいかなかった。
でも、きっと今はもう違うのだろう。この罪も、絆もなくても、きっとあたしは生きていけるのだろう。

――彼が、現れてしまったから。

ネジとあたしの大切なものの論点もきっと違うのだろう。
このまま話さないでいたら、あたしはさらにまた、別の罪を背負うことになる。…いや、もう背負っているのかもしれなかった。

「ごめんなさい…」

****

人は生まれながらにして、一つのチャクラ属性を持つ。
修業によって、もう一つチャクラ属性を手に入れ、新しい術を開発する者もいる。そこから血継限界を生み出したりと、用途は様々。
しかし、美瑛一族は特殊だった。
美瑛一族は、チャクラ特性にあまり関係しない。彼らが必要とするのは、伝心法という力のみ。
それは、山中一族と似る点もあるが、少し違うところがある。山中一族は意識を保ったまま心を操ることを可能とするが、美瑛一族はそれが出来ないということだ。
相手の精神世界に入り込んだときに、相手が術者の体に乗り移ってしまう。実質役に立つものは心を読む力程度。それでは戦闘補助程度、いや、術を使っているときは右手を胸におき続ける必要があり、逆に負担となる可能性のほうが高い。

では、現象法とは何なのか。
これが、美瑛一族の最大の謎なのだ。誰も、どうしてこれが使えるのかを知らない。
もともと自然と心を通わせる力が備わっていた。
神に見初められたと考えるしかなかった。

しかし、だ。
自然の心に介入するにも、力を借りるにも、何らかのリスクというものは存在するのだ。この世に都合のいいものは存在しない。
それが、寿命というリスクだ。
現象法は、自然を操る代償として、自分の命をささげているのだ。
使えば使うほど体は衰弱していく。
最初は軽い咳程度のものから、次第にめまい、微熱へ。吐血してしまえば…もう、戻れない。

スタミナの低い少女が、なぜこうも簡単に「天才」の名を手にすることが出来たのか。
その力の代償は存在しなかったのか…。
その疑問の答えのすべてが、其処にあった。


「ごめんね」と、彼女はあきらめたような表情で笑った。
…彼女は、どうしてここまで苦しむ必要があるのだろうか?これ以上苦しむ必要が、どこにあるのだろう?
ネジは考えた。しかし、答えは見つからなかった。

その最中も、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
淡々と、それでも笑顔で。
それは…演技をしていたころの表情でも、いつもの表情でもない。彼女が、彼女自身に審判を下しているかのようだった。

「対処法はあったの。
ほら、あたしって日向の柔拳使えたでしょう?八卦六十四掌もどきとか使えるほど、点穴も覚えていたし。
…あれね、自分に打ってたの。少しでも、力を制御できるように。
でもだめなの。やっぱりそれをやっぱり30歳くらいが限界。
人って、20歳くらいで成長止まるって話、あるでしょう?あれって、あながち間違ってないのよね…」

「あたしね、両親が寿命で死ぬところ、見たことあるの。
もう、身体のすべての力を使い切ったって感じだった。
骨も残らないの、灰になって、さらさらって…父上も、母上も、そうして死んじゃった。
…でも、生き延びる方法はあるのよ?確かに随分危険なところまで来ちゃったけど…今、忍を辞めたら引き返せる」
「それなら…」

そこで、ようやくネジの声が出た。今まで、出してはいけないような気がしていた声。
【それなら、まだ救いがあるなら、今すぐにでもやめてほしい】
そんな言葉が、願いが、ネジの体を蹂躙する。
しかし、そんな願いは、舞衣の「でも」という言葉に遮られた。

「でも…あたしは忍を辞められない。止めるわけには・・・いかない」

全てが、白に染まった。

****

――ごめんなさいだなんて、本当は言う資格なんてなかったのかもしれない。

それでも、言わずにはいられなかった。
こんな真実、今更伝えるなんて馬鹿みたい。

延命が出来るなんて、なんで言っちゃったんだろう。
黙っておいて、見守ってもらうだけにしたらよかったのに。

・・・そう、わかっていたの。
これは、すべてあたしのエゴだって。


「舞衣」
壁の隅でうずくまるあたしの傍から、テンテンが声をかけてくる。
どうしてここにいるのだろう。
ネジが気を使ったのだろうか、それとも話を聞くため?

返事は、できなかった。
悲しくて、苦しくて、言葉の出しようがなかった。

「ごめんね。舞衣」
テンテンが、それだけを言って立ち上がる。
それから、廊下へとつながる扉に手を掛けた。

「…ネジと従兄とやらとご両親…舞衣が一番大切にしたいものは、一体なに?
もう一度、それぞれへの思いを、よく考えなさい」

テンテンは外の世界に消えていく。
残されたあたしは、ぼんやりとした声で呟いた。

「そんなの…わかるわけ、ないじゃない」

そういえば、いつからだろう?
ここはこんなにも薄暗いのに、恐怖を感じなくなったのは。


****

「…話は、舞衣のこと、よね?」
「…ああ」
呼び出したテンテンは、急いでやってきたのだろう、少し髪が乱れていた。
「舞衣は、あの事を話したの?」
「…寿命、云々だろう?あの男…レンのおかげで、聞かざるを得ない状況になってな」

テンテンが静かに頭を下側に向ける。
…本当は、何も聞かずにいることだってできた。
だがおかしいだろう?何処の世界に、惚れた女が死ぬと聞いて平静でいられる男がいる?何も聞かずに、普段通りに接するなんてこと、オレにはできなかった。

「舞衣は、もう覚悟を決めていたのよ。
忍として生き、忍として死ぬ。…あの従兄は、それが許せなかったのよ。だから舞衣を止めるために、暴力に走った。呪印は違う理由らしいけどね」
「違う理由?」
「…あの従兄は舞衣が好きなのよ」
「そうらしいな」
「…舞衣も、きっとあのまま二人が上手く言っていたら、従兄を好きになっていたはずだったわ」
「…それはまた、複雑な」
「でもそれがすべての元凶なのよ。血を守るため…美瑛一族が作ったたった一つの掟、宗家と分家を分かつ唯一の垣根」
「宗家と分家の子は、絶対に結婚出来ないの」

****

従妹がこの家にやってくると聞かされたのは、朝のことだった。

美瑛 舞衣。
自分と同じ苗字の自分より2つも年下の女の子。
その子は、小さなメモ帳のような絵本を持って、固まったように座っていた。

「あの…あなたは…?」
弱々しい声、つぶらな瞳に張った水の膜。儚い子だと、僕はそのとき思った。
「あ、えっと…私、舞衣。あなた、は?」
…もしかして先に名乗らないと、僕も名乗らないと思ったのだろうか?彼女は、しどろもどろとすることもなく、自分の名前を告げた。
「好きなものは母上の作ったおそばです。嫌いなものはかぼちゃで…あっ食わず嫌いじゃないですよ?前に母上がかぼちゃのプリンを作ってくれたときにお腹壊しちゃって…。あと誕生日は…」

プッと、思わず笑ってしまった。
ああ、この子、可愛い。

「…僕は、美瑛 レン。
好きなものは、男なのに恥ずかしいけど…ケーキとか…。唐辛子とか、わさびが苦手なんだ。よろしくね」
「!…舞衣のお母さん、すごくお菓子作るの得意なの!ねぇねぇ、今度舞衣のお家遊びに来て!母上に作ってもらってる間、一緒にこの絵本読みたいな」
その子は、笑顔だった。すぐに打ち解けてしまうのは、その子が純粋で、人を拒まない性質だったからだろうか。
「…うんっありがとう!」

…その子と出会った瞬間から、僕は彼女を守りたいと思ったんだ。

舞衣は、僕が宗家の人間だということについて、何も言わなかった。
周りの大人は、こんな小さな僕に敬語を使って、「レン様」と言っては媚びを売る。
でも舞衣は違った。
「レンお兄ちゃん、お兄ちゃん」と、たまに舌足らずになる声で、いつも僕の後を雛鳥のように着いてくる。

僕はそんな舞衣が大好きで、だから守りたいと何度も願った、けど。

「大変だ!美瑛家に、美瑛家に族が責めてきたぞ!」
「何だって!?」
「どこの里だ!」
「第二次忍界大戦で滅びた里の生き残りらしい!」
「すべての分家の人間を宗家に集めよ!戦争だ!!」


美瑛の森を普段守るために存在する口寄せ動物や、女達も集まり、僕の父上…美瑛家当主美瑛 ライの話を静かに聞いていた。役割分担というやつだ。
舞衣の両親は父上の近くで、両親と一緒に闘うことになった。
父上の近くは、敵に一番狙われやすい場所。なのに誰も、それについて反対しない。その答えは戦場で分かった。

****

寿命。
それがどういうものなのか、僕はなんとなくだけど知っていた。でも、実感なんてしたことが無かった。
まさか、それを実感させてくれた人が、舞衣のお母さんだっただなんて。
本当に呪いは、人を塵にしちゃうんだ。分家に化せられた呪い、戦えないと知らされた僕には永遠にわからないであろう恐怖。
劈くような悲鳴の中に、僕は呆然と立っていた。

「母上!ははうえぇええ!!うわぁああ!!」

泣いている君。
僕は守ることが出来ないと知ったのはいつのことだったか。
一族の子どもが現象法を教わっているとき、僕も知りたいと強請ったときだったか。あのときの父は、とても厳しそうな顔をしていた。

「宗家が死ぬわけにはいかないんだ」

ああ、そういえば悔しそうな顔もしていた気がする。
そうか、父は闘うことができない体を恨んでいるんだ。そして、僕も。

突然、この世のものとは思えない断末魔の声が響いて、僕はハッと現実に帰ってきた。
目の前には、泣き叫びながら闘う――

「舞衣!」

僕は崩壊していく世界の中で叫んだ。
彼女は、騒ぎの中心で泣いている。
いや、それだけじゃない。彼女は、命の代償として使えるとされているあの術を使っていた。

「ねぇ、ねぇお兄ちゃん!聞いて聞いて!」
「ん?どうしたの?すごくうれしそうな顔だね」
「あのね!この前、父上が伝心法を教えてくれの!」
「!…そうか…よかったね」
「うん!これで…お兄ちゃんを、守れるね」
「…いいよ。守らなくて。その代わり」
「僕が、舞衣を守ってあげる」

無責任な言葉に、僕は唇をかみ締める。

――僕が舞衣を守るっていったのに!

このままでは、彼女の寿命が縮んでしまう。
僕は、暴走する彼女に切り裂かれる覚悟で近寄る。
彼女の手を引いて、戦場の隅へ。あの大きな鳥も、ついでだからと誘導した。
しかし、そううまくいくものではない。当然のこと、彼女は泣きながら抵抗した。

「お兄ちゃんはなして!!はなしてぇええ!!」
「舞衣は子供なんだ!しんじゃうよ!!」
「いいの!もういいの!私も母上と父上みたいに粉々になるの!!それでごめんなさいするの!」
「嫌だ!僕は舞衣を守るって決めたんだ!!死なせない、絶対に離さないよ!」
「――っ…お兄ちゃんのお父さんとお母さんは生きてるじゃない!!」

バッと、彼女が僕の手を振り払う。
爆発音と共に照らされた背景。彼女の瞳の中に、薄暗い焔が宿っていた。
「私の家族はもう居ないのよ!?」
ぼろぼろと、透明な火の粉が落ちていく。悲痛な叫び声が、刃となって僕の胸に突き刺さっていった。
でも。それなら、舞衣。

「僕が、舞衣の家族になるよ」

ぴたりと、彼女の炎が和らぐ。今しかないと、僕は必死で言葉を考えた。
「舞衣が悲しいときは、僕がその受け皿になってあげる」
こぼれたままの涙を拭う。大きくて丸い瞳が、じっと僕を見つめた。
「舞衣が苦しいときは、僕の身体を切り裂けばいい」
「僕の全部を舞衣にあげる」

だから、幸せになってよ。舞衣。
ボロボロと流れ出した涙ごと、僕は彼女を抱きしめた。

****

あれからどれほどの時間が過ぎただろう。
僕と舞衣は、あれからずっと同じ時を過ごしてきた。

…そういえば、呼び名がお兄ちゃんから兄さんに変わったのはいつからだろう。
最近、舞衣は自分を「あたし」と言い始めた。おそらく、まわりの大人たちの真似をしているのだろう。そうしてまわりの大人たちに囲まれ、舞衣は変わっていくのだ。
それに比べ、僕は舞衣を守れず、逆に守られることが一層増えた。自分の身すら守れない僕が、舞衣を守るなんて到底無理な話。

でも、いつかきっと、強くなってみせる。
大好きな、舞衣のために。

****

あるとき怪我をして傷ついた女の子が倒れていて、手当てをした。
その子は難しいことは分からないけど、暗部というところから来たらしい。足に致命的な怪我をしたせいで、忍が出来なくなったのだと。
でも元は美瑛一族出身だった彼女は、その暗部になるからという理由で、自分は死んだことにしてしまったらしい。

行き場もないから戻ってきた、という彼女…空羽を匿った僕は、彼女から色々なものを教わり始めた。
いつか舞衣ともお話させよう、女の子同士だから、きっと仲良くなるだろう。そんなことを思いながら。

でも、浮かれていた僕に父上は言い放ったんだ。

「舞衣が、好きか?」
「…はい」
「…そうか。なら、やはり今言わなければいけないな」
ため息混じりの声が、父上以外は誰もいない部屋に響く。
その環境は、僕の鼓動を爆発しそうなまでに高ぶらせた。

「宗家と分家は、契りを交わすことはできない。恋愛も、禁止だ」

ふいに響いたその言葉の意味を把握出来なくて、僕は耳を疑った。

「・・・え?」
「つまり、お前と舞衣は結ばれない」

なんで、
ナンデ、
・・・何で?

「お前にも舞衣にも友達がいなかったから引き合わせたが…このようなことになるとは…」
僕は舞衣のことがこんなにも好きなのに。
「宗家の血は貴重だ。短命の分家と契っては…」

そのとき、ふと浮かぶのは空羽の姿。恩人だからという理由で、)私の居場所だからといいながら、僕に付き従う忠実な空羽。人形のように従う空羽。・・・ああ、そうか。

「お前と舞衣は当分離れて…」

縛り付けて離れないようにしてしまおう。
契りなんか要らない、そばにいてくれるだけで、良い。

もう父の声は聞こえなかった。

****

そこからは本当に単純な流れだった。
1年で高度な呪印術を習得した。教えてくれた彼女は【蛇鎖輪縛(ダサリンバク)】と呼んでいた。蛇のように首に絡みつき、縛り上げるというその呪印。
空羽は、少し嫌そうな顔をしていたが、協力しないとは言わなかった。「何で?」と僕…じゃなかった、オレが聞くと、彼女は「レン様といることがきっと舞衣様の幸せだから」と言っていた。
そう、彼女の言うとおり。
それが幸せ、だから。

入学式の帰り道、スキップしながら帰る舞衣の首根っこを叩き昏倒させ、倉に連れ込んだ。
縄で固定し縛り上げ、眼が覚めて騒ぎ出す舞衣に、オレは教えてあげた。

「ど…して……ひどいよ…っ」

泣きじゃくる彼女を見ても、心は痛まなかった。
「そうだ、舞衣。舞衣の好きなあの絵本、ちょっとつまらないだろ?
だからオレが今から書き換えてあげるな」
むしろ、舞衣を支配できるという喜びでいっぱいだった。

「むかしむかしあるところに」
じりじりと刻みつける呪印に、彼女はもがく、暴れる。

「とてもうつくしい、きれいなとりがいました」
しかし、時間をかけてじわじわと確かに、舞衣の自由は奪われていく。

「しかし、そのとりはあるひ、そのとりをにくみ、あいする、よくぼうによって、」
ああ、可哀想に、本当に可哀想な鳥だ。

「そのうつくしいはねを、おられてしまったのです」
生まれる場所さえ間違わなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

「そのときとりはさとりました」
「や…めて…」

弱々しい声が聞こえる。
舞衣の瞳は涙でいっぱいで、今にもあふれ出しそうだった。
ああ、そんな舞衣も、かわいくて、愛おしいだなんて、きっとオレは狂ってるのだろう。


「うんめいは、かえられないのだと」
「いやぁあああああああああ!!!!」


焼き付けるように刻まれた、緑色の×印は闇のなかで妖しく光る。
しかし舞衣の瞳に光はなかった。
呆然と、涙を垂れ流して、心を完全に閉ざしているかのようだった。

それでいい。
そうして、オレのことを常に考えていればいいのだ。
オレは静かに笑む。

「宗家に生まれていれば、こんなことにならなかったのにな」

ピクリと、ちょっとだけ舞衣の身体が動き、止まった。

****

暗闇の世界にうずくまる。

過去の記憶が、ぐるぐると渦巻いている。

****

明かされた真実
大切なものなんて、最初からないほうが良かったのかな。

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