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人の心は必要なとき以外読まないと決めていた。

それはルール違反だと思っていたから。

でも…

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あれからしばらくの時が流れた。
退院してから、シカマルがあたしの家にやってきて、任務が失敗したことを告げられた。
けれど胸は痛まなかった。確かにサスケが里を抜けてしまったことは少し寂しい。
でも、ネジが生きてくれている…それだけで、いい。
ネジは大切な人、あたしに光を教えてくれた人。ネジは、あたしの生きる希望。

…このときはまだ、そんな自分の感情の「意味」に気づいていなかった。
けれどすぐに、その解答となった事件は起きた。
…そしてそれは、あたしの運命をさらに大きく変えることとなる。
ナルトが、自来也様と修業に旅立っていった1週間後のことだった。

****

「ネジ、リー、テンテン、舞衣、いの、シカマル、チョウジ、ヒナタ、シノ、キバ、サクラ、カカシ。任務だ!!」
「多っ!!!」
綺麗に重なった声が、火影邸に響く。綱手の後ろに控えているシズネの腕に抱えられたトントンが顔を顰めた。

「任務って何なんすか?」
「フフ…アカデミーがまた再校になった記念に、ボランティアで劇をやることになった!!」
キバが尋ねると、綱手はにんまり笑いながらそう答え、そして舞衣たちに台本を配っていく。
「配役は決まってるぞ。私の独断と偏見だ」
舞衣はその言葉の後、ちらりと台本を覗く。…呆然とした。

。°*。°*。°*。°

【白雪姫】

白雪姫…美瑛 舞衣
王子…日向 ネジ
継母&鏡…はたけ カカシ
小人…奈良 シカマル、山中 いの、テンテン、日向 ヒナタ、ロック・リー、秋道 チョウジ、犬塚 キバ
狩人…油女 シノ
ナレーター…春野 サクラ

。°*。°*。°*。°


「あの…僭越ですが、なんか企んでません?
あたし…白雪姫みたいに肌白くないんで、ヒナタやネジのほうが向いていると思うんですが…」
「えっえぇ…!?わ、私…人前で話すのも恥ずかしいのに…そんな…」
「…俺は男だ。女の声など出せん」
「だそうだ。それに、舞衣は人前で話すことが比較的上手だろう?」

「…じゃあなんでオレが継母なのヨ」
「…なんだ、カカシは知らないのか?白雪姫の最後の話。
継母は焼けた靴で死ぬまで踊らされるんだ。そんな危ない役、こいつらにやらせるわけにはいかないだろ?」
「紅とか、もっと適役はいるはずじゃ…」
「紅先生なら、今長期任務でいないぜー?アスマ先生と合同任務だって、喜んでた。まぁ、ガイ先生もいるけどな」
いししっと、キバが笑う。カカシ先生は、あきらめたかのようにうなだれた。
…なるほど、一応考えているらしい。

でも、なんか怪しい気がする…と思い、舞衣は、伝心法の印を結ぼうとしたが…やめた。
人の心を読む。その行為を、舞衣は好きになれなかった。
あの従兄が、彼女の心をあざ笑うために読み取ってくるからかもしれない。
とにかく、舞衣は心を読むという使い方が好きではなかった。

「とにかく!本番は1ヶ月後だ。
くれぐれも練習を怠らないように。以上!解散!」
そんな舞衣の心情などお構い無しというように、綱手が高らかに宣言する。
練習が、始まろうとしていた。

****

火影邸内にある広い部屋の一室、今日からそこが練習場所。
解散してから、ぞろぞろと全員そこへ向かい、ぐるりと大きな輪を作って座り込む。
はじめに、いのが言った。
「ねぇ、とりあえず、纏める人…決めない?」
「あ、それ賛成。じゃあ、いのね」
「ちょっ…私は提案しただけよー?なんでサクラにそう言われなきゃいけないのよ!?」
「こういうことは、言いだしっぺがやるものだって、言うじゃない」
…マズイ、早くも喧嘩が始まりそうだ。ここにいる人たちは、大体それを分かっている。

とりあえずと、その光景を一番よく見ているシカマルが、「デコりんが」「いのぶたが」そう言い合う二人の間に、割って入って事は収まった。
よかった、この二人はシカマルがどうにかしてくれそうだ。

「…でも、いのが言うように、まとめ役を決めるのはいいと思うわ。
場を落ち着かせることが出来て、冷静な判断力や、状況ごとにすべきことを判断してくれる人なら、円滑に事を進めてくれるんじゃないかと」
「その舞衣の意見通りの人と言えば…カカシ先生とか?」
「そうね。でも、あたし的には…サクラかネジかな」
「えっ?」
「…なぜだ」
いのと睨み合っていたサクラと、黙って腕を組んでいたネジが、あたしのほうを一斉に見る。
それから少しして、「あーそういうことか」と、シカマルが頷いた。

「うん。ナレーターのサクラや、王子役で出番が最後の方に回るネジは、ステージを全体的に見ている時間のほうが長いから、指示が出しやすいんじゃないかって」
「そういうことなら…私、やります」
おずおずと、サクラが手を上げる。
「ウンウン、サクラなら僕みたいなのより頭いいから、大丈夫だよ」
チョウジの朗らかな声の後、ぱちぱちぱち…と信任の合図が鳴り響いた。

****

「じゃあまず、みんなで台詞でも合わせてみない?
ある程度覚えて来たら、台本伏せて。それらしかったらアドリブでもいいし。
なるべく声は大きめにね」
「了解」
「はーい!」
「が…がんばります…!」
さまざまな声の後、サクラが3つカウントする。
そして、はじめた。

「むかしむかしあるところに、雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪をした娘がいました。
白雪姫と名付けられた娘には、魔法が使える美しい母親がいました」

「鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは誰かしら?」
「それはあなた御后様!」
「「…っ」」
全員がプルプルと失笑する。もちろん、あたしもその中の一人だ。
だって、笑わないほうがおかしい。
カカシ先生が名一杯女声を出してから、即座に鏡の役をするんだから。
「…オレ…綱手様の気に触るようなこと、したかな」
ああ、顔がほとんど隠れてるからよく見えないけれど、涙が流れているように見える。
「…気を取り直して、いきましょう」
サクラがカカシ先生の肩を、ポンとたたいて台本を開く。そして…限界か、崩れ落ちた。
そりゃそうだよね、笑うのも当然だ。だって…次のセリフは、御后様の高笑いなんだから…。

とりあえずと、問題のシーンを終え…失笑し…次の幕へ。
白雪姫を殺しに狩人が追っかけてくるシーン…つまり、あたしの番だ。

「こっち来ないで!じいや!!いやぁああ!!」
「そうは言われても困る。オレの役目は姫を、白雪姫を殺すこと。命令は絶対だ」
「お願い助けて!!…あっ」
思いっきりここで本当は転ぶところ、ここは実際に動いてみないと難しいだろう。
動作をつけるならたぶん…この後狩人に縋り付いて請うべきではないだろう。

「助けて!あたし、まだ死にたくないの!お願い!約束するから!もうお城には帰らないわ、母様の前に姿を現さないって約束するから、お願い!」
「…わかった。そこまで言うのならば、逃がしてやろう」
随分クールな狩人のおじい様だなぁ…これは笑いを狙った配役なんだろうか。
台詞を実際に喋ってみると、綱手様の人選に、何か劇以前に意図があるのではないかと、疑ってしまう。
「ありがとうじいや!大好き!」
ほら、これも。大好きとか言う理由はあるんだろうか?
人を疑いすぎるのはよくないっていうことはわかっているのだけども、そう思わずにはいられなかった。

****

続いて、小人。
ここはもう、好き放題に喋っても問題がなさそうなくらいな場面だ。
ただし、白雪姫の保護とかはしっかり台詞として喋らなきゃだけど…。

「あー!僕の布団に寝てる人がいるよ!」
「わ…私のサラダが少しだけなくなっています…」
「僕の葡萄酒も減ってます!」
「オレと赤丸のパンが減ってるぜ!」
…台本に赤丸の文字はない。どうやらさっそくアドリブが始まったようだ。

「…おい、キバ。お前のその赤丸に、寝てる奴のにおいを嗅がせて、誰だか分かるか確かめるのはどうだ?」
「おう!いっけー!赤丸!」
「アンアン!」
「…わっ」
本当に、赤丸があたしのほうに向かって飛びつく。その小さい体は、あたしの腕の中にすっぽりと収まった。
「よしよし…最近、また大きくなった?」
「クゥ〜ン…」
「あはは…そっかそっか。はい、お戻り」
「アン!」
とてとてと赤丸は、ご主人様のもとへ帰っていく。
そして、また数回キバに向かって吠えた。
「何々?…甘い匂い?」
「女の子の匂いって事だろ」
「ああそっか。じゃあここ、本番では『人間の女の子の匂い』ってことで。再開」
ぱんっとキバが手を叩く、台詞練習の再開だ。

「何ですと!?つまり、ここには今人間が…」
「せーので、顔を見てみない?」
「怖い魔女だったらどうするのよ…」
「…その時は、逃げるしかないよね」
「バーカ、戦うに決まってんだろ」
7人が声をそろえて「せーの」とつぶやく。少しばらばらだったけど、まぁ多分気を付ければ次第に綺麗に揃うだろう。

「…これはこれは」
「凄い綺麗な子…こんなに美しい子、見たことないわ!」
「こんなに小さな子が、どうして私たちの家に…?」
「…めんどうせーけど、とりあえず起こすか?」
「ああ。何があったか聞かねぇと」
「もしもし、御嬢さん。起きてください」
…あ、そっか、このシーンからあたしも喋らなきゃ。
「…ん〜…ふぁああ〜…よく寝た…」
「「あの〜」」
「えっ…きゃああああ!!ごめんなさい!ごめんなーい!!」
…ああ、また声が揃ってなかった。
でも、さっきよりはよくなってる。
このまま頑張ればよさそうだろう。

****

その日の練習は、白雪姫と小人が出会ったところで終わった。
「各自しっかり読んでくるように」というサクラの指示に、みんなしっかりと返事をする。
最初は笑われてばかりでやる気をなくしていたカカシ先生も、「明日は笑われないように」と意気込んでいた。

そしていつもの通りの帰り道は、これまたいつも通りネジと一緒。
いつものように二人並んで、向かう先は自分の家。

「結構遅い時間になっちゃったね」
「そうだな…風呂入ったらすぐに寝るか」
「えーご飯食べなくて大丈夫?死ぬよ?」
「作るのが面倒だ。それに、オレは料理がうまくない」
「…食材は?何かないの?」
「…兵糧丸があったな、確か」

ふぁ…と、眠たそうにあくびをネジは一つ、ちょっとかわいい。
いやいや、そうじゃなくて…あたしが彼にすべきことは…。

「…ネジ、急ぐよ」
「?…なぜだ。暗闇だが、懐中電灯があるから大丈夫なのではないのか?」
手にある二つの懐中電灯、電池はたっぷり、それを見ながら、ネジは怪訝そうな顔をする。
そうよね、口で言わなきゃわからないわよね。

「ネジの家、今日、あたし泊まるから」
「・・・はっ?」
「部屋一つくらい空いてるわよね?ああ大丈夫、これからすぐに荷物纏めるから」
「いやいやちょっと待て」

暗いからわからないけれど、顔を赤くしているであろうネジが慌てる。
正直、男の家に不用心に泊まりにいくなんて言うあたしだって恥ずかしい、でも。
「悪いけど、異論は認めないわ。食生活が乱れてる人は、集中力も乱れやすいの。食べることでエネルギーを確保して、台詞を覚えてもらわないと、あたしが困るわ。それに、あたし知ってるのよ。ネジ」

「あなた、確かものすごく演技、下手よね」

ぴたりとネジが立ち止まった。
わなわなと、拳を震わせている。
「…い、いつ…見ていた…」
アカデミー3年の時のことだ。毎年行われるアカデミー創立祭、ネジのクラスは何を血迷ったか演劇だった。
見に行って絶句した記憶がある。
お前は一文字一文字区切らないと喋られないのかと言いたくなるくらい、見事な棒読み。
100年の恋も冷めるレベルで、ネジの演技は下手だった。

「…」
もうネジは何も言えないようだった。
「…さすがにネジの演技力の下手さまで、あたしはカバー出来ないの」
「だから、家事ならやってあげる。そしたら、時間が出来るでしょう?ネジには本番まで、みっちり練習、してもらうわ」
「……何故、そこまで真面目になれる」
その問いかけには答えられなかった。
何故?そう聞かれてもわからない。
何故?理由なんてない。
何故?わからないけれど、ただ、自分が思うままに。

ネジは「早く支度をしろ」と、あきらめたように笑った。

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ネジの家に、人はいなかった。

家族はもちろん、使用人の姿さえも。

ああ、本当に二人きりなんだ。

そう考えると、少し、胸が高鳴った。

****

一カ月だけの夫婦
「だ、台所何処!?」「…ここだ」「あ、ありがと…」「…お前、自分で来ておいて緊張していないか?」「う…」
そんなシチュエーションだと思いませんか?


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