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嫌い、そう嫌いなんだ。
あなたが嫌い、嫌いだから離れていって。
傷つけて、追い詰めて、そして今更手を差し伸べるなんて、
そんなの、今更。
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木ノ葉崩しが終わり、ガイ班が再び任務をするようになって、早ひと月。
任務はいつも同じもの。Dランク任務で、壊れた建物の修復の手伝いを1日すること。
簡単なものだが、現在の里には何よりも必要な任務だ。
集合地点にはもうテンテンとガイ、ネジがいて…テンテンがイライラした表情で、溜め息混じりに言った。
「遅いわね〜舞衣。何してんのかしら」
そう、テンテンたち3人は、チームメイトである舞衣を、30分も待っていた。
普段、彼女はめったに遅刻をしない。彼女にしては、いくらなんでも遅すぎる。
(まさか、何かあったのか?)
ネジは静かにため息を吐く。少し前の自分なら、こんな心配をしなかっただろう。
自分が知っていた舞衣の幻想が、崩れる前までは―――。
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美瑛 舞衣は日向一族と親戚の美瑛一族の分家。
アカデミーではNo.1くのいちだった彼女は明るく誰に対しても優しい。たまに言葉はキツいが。
それが、最近までのネジの抱く彼女のイメージだった。
あの中忍試験で、見た能面のような彼女の顔と、彼女の口寄せ動物である空羽が、助けを求めて来るまでは、彼は彼女のことをそう思い続けていた。
しかし現実は違った。
綺麗だった羽根はもぎとられ、籠に閉じ込められた黒く歪んだ道化師、それが彼女の正体…ネジはもう一度ため息を吐く。
そのとき、明るい声があたり一面に広がり、ネジは顔を上げた。
「ごめんね、遅くなった!」
「遅いぞ舞衣!オレは舞衣がこないから腕立て伏せ1000回をして待っていたのに!」
「あははごめんね!…そして暑苦しい…」
明るい、普通の性格だとまわりは思っている。
こんなにきれいな笑顔を作るのに、彼女はどれだけの苦労をしたのだろうか?
「舞衣!服崩れてるわよ」
「えっ!?ヤバっ」
…よくよく観察をすると、舞衣の笑顔は嘘っぽく見える。
それに、笑ったあとの顔が酷く冷たく、無表情で…それはナルトと戦う前のオレと、通ずるところがあるのではないだろうか?
「青春は待ってくれないぞ──!早く行くぞ!舞衣!ネジ!テンテン!!」
うるさすぎる鶴の一声が、里中に響き渡る勢いで、彼らの耳に届く。
いつもよりもうるさいその声、一人欠けている寂しさを埋めるためのものか。それに気づいたか否かは定かではないが、テンテンは「もー先生うるさい!」と、笑って歩き出した。
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任務は3時間で終わった。あの暑苦しい教師が集合していた場所で叫ぶとともに。
「任務は終わりだ───!!」
「オッス!!」
いつの間にか、任務にはいなかった筈のリーがいた。おそらく、病院を抜け出してきたのだろう。やはり彼は馬鹿だ。
騒ぐ2人にネジとテンテンと舞衣は、顔を顰める。
「暑苦しいわね…ねぇ舞衣?」
「そうだねぇ…暑苦しすぎ!」
いきなり自分に振られた舞衣は、びっくりしながらも苦笑を浮かべて、舞衣はテンテンに応えた。
するとガイが、そういえばと呟き、4人に質問を投げかけてきた。
「お前らこのあと何があるか知っているか?」
またくだらないことを、と、舞衣はため息を吐く。
その話なら、もう数日前に彼から聞いている。
それを忘れるほど、自分はバカなつもりはない。
「祭りだ!ガイ班全員でいくぞ──!!」
「すばらしいですガイ先生!」
面倒なやつらだと思う。何故そんなイベントひとつに浮き足立つのか。
(…それにしても)
なんとなく、嫌な予感がこの前からしてならない。
ああ、でも笑わなかったら、いつものあたしじゃなくなっちゃう。
舞衣は静かに微笑した。
「とにかく着物か浴衣をきて6時に集合だ──!」
「オッス!」
それから4人は散らばりはじめる。
「お祭り、楽しみだね」
舞衣は隣で歩くネジに笑いかけると、ネジは「ああ」と、そっぽを向きながら呟いた。
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6時に集合、約束の時間に5人は一斉に集まった。
リーとガイも珍しいことに浴衣だ。
「わぁあっテンテン浴衣可愛い〜!」
「舞衣も可愛い!すっごく似合ってるわ」
「本当?ありがとう!」
…着慣れている着物が似合わないなんて、どうかしてるけどね。なんて言葉を、流石に今彼女に言えるわけがない。
駄目だ、気分が悪くなりそう。
舞衣は話題を変えるため、あたりを見わたす。
そして、着物のネジに焦点を合わせた。
「あっネジ着物!」
「…よくある格好だ」
そういえば日向の宗家の人はそうだった。別段珍しくないことなのに…ああもう、話題を選び間違えた。
嗚呼、自分の言動一つ一つがわざとらしくて馬鹿らしい。
「では行くぞ!リー、テンテン、ネジ、舞衣!!」
「オス、ガイ先生!」
「はーい!」
「待ってー!」
それから舞衣たちは祭り会場に向かって歩みを進める。
…テンションを上げて走っていくリーとガイと、テンテンに置いていかれてしまったが。
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やっと会場に着いたか…しかし何故あいつら2人…リーとガイはテンションが高いんだ
か。
珍しくテンテンも2人に混じっている。
いや、あいつはもともとテンションが高いほうだ。ただ、あの二人と同等のテンションで、はしゃいでいることが珍しいというだけで。
舞衣は…笑っているようだが、その後はうつむいている。
…何故オレはこんなにも舞衣のことを、気にしているのだろう?昔のオレと似てるからか?それともテンテンに頼まれたからか?
――否、違う。
わかってしまったから、同じ運命を辿ってしまっていると。
自由の象徴だと思っていた。
それなのにあのときの少女は、オレと同じ籠にまだ居ただなんて。
「舞衣!ネジ!置いてくわよ──」
「待ってよーテンテンっ」
そしてテンテンたちは、歩いているということに我慢できなくなったのか、舞衣とオレを置いて走り去ってしまった。
「テンテンー…」
「ハァ…」
何故あいつらはあんなにもテンションが高いのか、心底疑問に思う。ああいうのを巷で有名な「りあ充」というのだろうか?
しかし…おかげで【暴く機会】ができた。
「仕方ないからネジとまわろー」
「…仕方ないとはなんだ、仕方ないとは」
百歩譲って人前で腕を絡ませてくるのはいい、それは大いに結構だ。
だが、さすがに「仕方ないから」はひどくないか?
オレにもプライドはある、人一倍ある。オレの心が狭いからなのか、それともこいつが失礼(そのふりをしているだけなのか本音なのかは定かではない)なのか。
「だって1人は寂しいじゃん?」
…オレが不機嫌にしていることに気づいたのか、舞衣は苦笑した。
その言葉にもなにかありそうなのだが、それはオレの気にしすぎだろうか?
1つ1つに裏がありそうで怖いのが、オレが知った真実の舞衣である。
「で、ネジ、どーする?」
「まぁかまわないが…」
頷くと舞衣は、愛らしい完璧なまでの笑顔で、笑った。
「良かったぁ…」
・・・不覚。
なにしろ最近舞衣は、誰かに襲われてばかりで、怯えていたり悲しそうな顔をしたり…そういった顔しかほとんどしなかったのだから。
演技だということは分かっている。
それでも、そう思わずにはいら言えば、テンテンを追う気はないらしく、「ああああぁ…」と嘆き、ため息を吐いれなかった。
「…ネジ、顔赤いよ?具合悪いの?」
「なっ…そ、そんなことはない!」
いつの間にか見惚れていたらしく、舞衣が心配そうに覗き込んでいて、オレは慌てて否定する。
しかし、やはりオレは彼女を甘く見すぎていたのかもしれない。舞衣はそんな理由で退く人間ではなかった。
「あー無理しないほうがいいよ!花火やるところ先にいこう?多分皆はあとから来るし」
こうしてオレたちは、舞衣に引っ張られて、結局強制的に花火の穴場に向かうこととなってしまった。
屋台の明かりが、笑顔を貼り付けた舞衣を、照らした。
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結局、そのままオレたちは、祭り会場を散策することもなく、ガイが祭りに誘いに来た時に言っていた花火会場の穴場に着いた。
「本当に人いないね!」
「そうだな」
呑気に舞衣は伸びを一つする。今からオレが言う言葉が何についてなのかも知らずに。
まぁいい、聞いてみよう。
オレの知らない舞衣の正体について――。
「…で、何があったんだ?
そんな演技をするようになるまで追い詰められた理由を、聞かせてもらおうか」
それを耳にした瞬間の舞衣を、オレは見逃さなかった。
舞衣の顔が、一瞬で曇ったのだ。
「…やっと、聞いてくれた」
「!」
舞衣の表情が、仮面を剥がしたかのようにすっとなくなっていく。
「今更よね、ネジはずるい。ずるいわ」
巻かれていた首の包帯が、しゅるしゅると解かれる。
「いっそ忘れたままでいてほしかった。何にも気づかないでいてほしかった」
現れたのは怪しく光る緑の×印。
「ネジは嫌い。だってずるいもの。でもね、待っていたの。あなたが気づいて、そして何をあたしに言うのか、ずっと待っていたの」
その笑みは悲しげにゆがんでいた。
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「あたしは美瑛一族の分家なのに、一族始まって以来の天才と呼ばれていたのには、理由があったの。
美瑛一族は、オリジナルの術の他に、古くから日向と親戚だからか柔拳を使えた…でも白眼がない。
だから誰も使わなかったわ。でもあたしは経絡系と点穴の位置を記憶していたの。それが理由なのかもしれない。もどきだけど八卦六十四掌みたいなのも使えるのよ?まぁ本当に見よう見まねのもどきだから使えるとは言えないけど」
「あたしの従兄は、あたしに忍になってほしくなかったみたい。勿論あたしにも果たさないといけないことがあるから、それは聞けなかった。それが原因かもしれない。…ううん、本当は違うの」
「それと、兄さんは、あたしがネジとかかわりを持つことが嫌みたい。
あたしが兄さんのことを考えている時は、優しいことが多いの。
でも、ちょっとでも脳裏にネジの顔が浮かんだらすぐに殴られて…考えるなってことなのよね。
あたしにネジは…【希望】は要らない。ずっと兄さんのことを憎めばいいんだわ。きっと」
「呪印は一番最初につけられたの。
日向の呪印と似てるもの。あたしを縛り付けるために刻みつけたもの。あたしが、一人で遠くの空に飛んで行かないように、あたしが逆らえなくなるように、閉じ込めるために作った籠…。
あたしは、立派なくの一になりたくて、努力してきただけなのに、兄さんはそれも許してはくれなかった」
「あたしは、運命を変えようと足掻くことすら許されなかった。
…美瑛分家に生まれて、両親のような強い忍を目指そうと考えた時から、運命は決まっていたのよ」
「あたしは従兄に逆らえない。あたしの運命は変わらない。
ね、聞いたでしょう?
鳥は翼を折られてしまった、籠に閉じ込められてしまった、自由を奪われたの」
「もういい、やめろ!」
強く、強く、彼女に細いといわれた腕で、彼女を抱きしめた。
「…話せと言ったのは、あなたよ。ネジ」
「これが、あたしを見殺しにしたあなたへの復讐なの。だから…」
「じゃあ何故、お前は泣いている」
感情のなかったその能面は、確かな涙を流していた。
「オレはアイツに…ナルトに救われた。
今度はオレが…舞衣の運命を変える番だ」
ぴくりと、舞衣の体が揺れた。
わなわなと、彼女の小さな唇が震える。
「何を、今更…」
「ああ、そうだな。動くにはもう遅すぎたのかもしれない」
「だったら!」
「それでも、そのまま動かないままでいることとの差は大きい」
ゆっくりと、舞衣の力が脱力していく。
そのまま、彼女は「なんで…」と、呻いた。
「…なんで、何なの、この気持ちは…」
舞衣の言葉はたったそれだけ。しかし、それが大きい何かを意味しているということは、よく知っていた。
(これから、忙しくなりそうだ)
たくさんの困難が待ち受けているだろう、それでも。
それでも、オレは今ここで、確かに彼女を救うことを決めた。
『私はもう…逃げたくない!』
『オレは逃げねぇ…まっすく…自分の言葉は…曲げねぇ…!!』
オレを救ってくれた者たちが、そう言ってくれたように。
「…オレは、お前から逃げないよ。舞衣」
ぴくりと、舞衣の肩が揺れる。
どうやら耳は傾けてくれているらしい。
いや、聞いてくれなくてもいい。言葉にしようがしまいが、その事実は変わらないことなのだから。
…嗚呼、遠くから「ネジー!舞衣ー!」と、呑気な声が聞こえてくる。
舞衣は立ち上がり、涙をぬぐう。
それはいつもと変わらない舞衣の偽物の笑顔。
「 」
耳元で小さく、冷たい声が響いた。
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嫌い嫌い大嫌い。
でも昔から見てきた人。
忘れていた癖に、よくあたしに救うだなんて言えるわね。
だからあたしはこっそりと、
自嘲気味に囁いた。
「ネジがあたしを救ってくれるの?」
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もう1羽の籠の鳥
こっそり聞こえた質問にオレは「当たり前だ」と呟いた。
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