そしてあっという間に眠る時間、テンテンは綺麗に敷かれた布団にばふっと倒れた。

「今日は楽しかった―布団もふかふか!」
「そうね…あーやわらか」
「このまま寝ちゃいそうね…ふぁあ…」
「ねー…まだ10時なのに・・・」
「…え?舞衣?うそでしょ…?」

話している最中に、舞衣はなんと眠ってしまっていた。
この子、実は特技は早寝なのだろうか…と、テンテンは疑問を抱く。
たぶん、いや、きっとそうなのだろう。
やれやれという顔でテンテンは、暫くその寝顔を眺めてから、電気を消すのだった。

****

異変が起きたのはそれからすぐだった。
結局眠れないままだったテンテンのところに…ネジとリーが来たのだ。
しかも布団持ちで…その様にテンテンは少し、いやかなりの引き笑いを浮かべた。

「どうしたのよ?」
「先生がうるさくて眠れない…」
「失礼なんですが…寝言が大声で…すみませんが避難させてください」
「はぁ…わかったわ、そこらへんに敷いていいわよ。
舞衣が寝てるから起こさないようにね」

こうしてネジは舞衣の横、リーはテンテンの横の余ったスペースに布団を敷きなおす。
…その時はなにも、変わりはなかった。

****

異変が起きたのは五分後のことだった。
「ネジ…のばか…」
隣で舞衣がごにょごにょとつぶやき始めたのだ。
まだ眠っていなかった三人は、少しだけ体を起こして彼女を凝視した。

「…寝言か?」
「ネジ…何かしたんですか?」
「いや、わからん…」
もしかして、もしかするとネックレスをつけることに抵抗を感じたことが原因だろうか?
それともゲームの結果が引き分けだったことだろうか?

さらに舞衣は「嘘…大好きぃ…」と、寝言に聞こえない寝言を続けだす。
「…なんなんだ一体」
顔を真っ赤にするネジ(暗闇だから見えないが恐らくそうだろう)を、「夢の中でもバカップルね」とテンテンが冷やかした時、ネジが反論する隙を与えないかのように。
突然、舞衣がのそりと起き上がる。
そしてゴロゴロと転がっていくように…もぞもぞとネジの布団にもぐりこんだ。

「な…っ舞衣、起きろ!」
「うーん…母上ぇ…」
「…あらら…こればかりは何も言えないわね」
「あったかい…」
微笑みながら、舞衣はすり寄る。
一人の、しかも惚れた女と同じ布団の中。
しかも相手は寝ぼけてすり寄ってきている。
ネジの精神は、いろんな意味で限界を迎えようとしていた。

「余計に眠れない…」
「普段現実主義残って、夢はかなりすごいらしいって聞いてたけど本当ね」
「それは一理あるな。オレもよく見るぞ。舞衣がかぼちゃの着ぐるみを着てる夢とか」
「それこそ本人に言える話じゃないですよ、ネジ!」

しかし…何故だろう。
やわらかい、優しさのような何かを感じる。
安心、というのかもしれない。
そう、安心できるのだ。
それに、まだ暑い夜だというのに、まったく二人で眠ることに不快感を感じない。
何故だろう、「落ち着く」と一度思った瞬間、一気に睡魔がやってくる。

いつしか、意識はなくなっていた。

****

次の日の午前五時。
異質なぬくもりに目を開け、固まった。
「・・・なんで?」
あたしはなぜか、ネジと密着して眠っていた。
しかも抱きしめられている状態、自分の布団には誰もいない。「あー舞衣、起きたのね」
どうやら起きていたらしい、テンテンが笑ってあたしを見ていた。
「なんでネジとあたしが一緒に寝てるの?」と聞いてみると、彼女は昨日のことを、嘘偽りなく教えてくれた。
それは、この上なく最悪な事実だった。
恥ずかしくなり、ネジの胸に顔をうずめる。
いい匂いがするなぁ…なんて考えてたら、さらに恥ずかしくなってしまった。

「布団が違うから、あたし起きちゃったのよね。
とりあえず起きてても暇だし、寝ましょう?」
「そうね…あ、でも」
「え?」
「お風呂、24時間営業だから…行こうかな」
「そう?わかったわ。行ってらっしゃい・・・ふぁあ…」

あくびが混じった言葉に、舞衣はくすりと笑った。
それから、隣で眠るネジを起こさないように立ち上がる。
そのまま慎重に、あたしは玄関へ向かった。

いまさら気づいた話、露天風呂があった。
昨日は見落としてしまったらしい、洞窟風呂にも飽きたし、今日は露天風呂にしよう。

(誰もいないけれど)タオルで体を隠し、肌寒い道を歩く。
お風呂の湯気の中に紛れ込み、そのまま湯につかる。
「ふー…」
思わず、声が漏れた。

短冊外は前まで城があったらしいけど、壊されたらしく今は紅葉しか見るものがないと聞いていた。
でも、入れば意外に山や木々が見れて綺麗。
それに空気も澄んでいて…そのまま大きく息を吸い込んだ。
灰と一緒に、心も満たされたような気がする。

(濁り湯か…いいわ、肌がすべすべになりそう)
真ん中にある大きな岩に身を委ねる。
…岩の反対側には何があるのだろう?
立ち上がるか、回り込むかをしないと見えないその先が、妙に気になって仕方ない。
立ち上がったら寒いし、あたしは回り込むことにした。
・・・声が聞こえたのは、その時だ。

「なぜお前がここにいる・・・舞衣」
…とても、とてもよく聞きなれた声だった。

「・・・」
「・・・」
「・・・き…きゃあああああああああ!!!な、なんでネジがここにいるのよ!?」

しまった、投げるものがない。
どうしたらいいんだろうか、とりあえず平手でも打っておこうと思い、手を振り上げる。
…が、それはネジによって阻まれた。

「落ち着け…オレも今朝此処の存在に気づいてな。
…注意書きも何もなかったんだが、おそらく、いや間違いなく、ここは混浴だ」
「うう…何よそれ…聞いてない…」
とりあえず、体を離してネジをできるだけ見ないようにする。
景色どころか、今の状況で手一杯だ。

「舞衣…」
「え?」

突然、ネジが声をかけてきた。
どこかを指さしているということは、そっちを見ろということなのだろう。
…岩に、二羽の鳥がとまっていた。
「…かわいい」
親子のように戯れる鳥。
いや、きっと親子なのだろう。
静かに見ていたのに、鳥はしばらくして翼を広げた。

――もう、離れていっちゃうの?

「……待って…」
寂しくなって、鳥を引き留めようと立ち上がる。
しかし慌てて立ち上がったのが悪かったのだろう。
ずるっと…視界がゆがむ。
バランスを崩してしまった体を、受け止めたのはネジだった。

「――っ」
瞬時に体を離す。
声すら出せなかった今の状況を思い出しながら、舞衣は何とかこの気まずい状況から逃れようと、タオルをしっかり握って、今度は少し慎重に立ち上がった。
「も、申し訳ないですが、わ、わたくしのぼせたので先に上がらせていただきますです!し…失礼しましたっ」

あ、動転しすぎて仲間…というか彼氏に敬語を使ってしまった。
でももういい、気にしない。
バタバタと露天風呂の出口に向かって早歩きをする。
ようやくたどり着いた脱衣所で、立つ力が完全に抜けてしまった。

「げ…限界…だって…」

****

バタバタと出ていく舞衣を見て、オレは小さくため息をついた。

なんなんだあいつは…自分の状況をまるで把握しきっていない!
髪から滴る滴…艶めかしさ…全てが頭を離れない。
この間から、オレが今まで何をしようとしていたのかを、あいつは理解しているはずだ。
それなのに、よくもまぁすぐに岩の陰に身を隠すなり、何か対策をしないでいられるものだ。

…おかげで、朝から精神的にとてつもないダメージをくらってしまった。
こんな煩悩だらけではだめだとわかっているのだが、なかなか頭からさっきの光景が離れてくれない。
このままでは、のぼせてしまいそうだ。
仕方なく、オレは風呂をあがる。
そして…火照った体を覚ますため、冷水を頭に思いっきりかけた。

気まずすぎて、朝食中、ネジとは何も話すことができなかった。
それ以前に、顔を合わせることすらできなかった。

「ネジ、舞衣となんかあった?昨日のこと根に持ってる?」
テンテンが心配そうにネジに問いかける。
しかし、ネジはぶんぶんと首を横に振るだけで、何も答えようとはしない。
こまった様な顔をするテンテンの代わりに、今度はリーがあたしに同じ質問をしてくる。
当然、あたしだって返事をすることはできなかった。

誰が言えるだろう。
まさか混浴だとは知らずに露天風呂に入ったら、ネジと鉢合わせした挙句、裸のまま転んでネジに受け止められただなんて。

とりあえず、この怒りは旅館のアンケートにぶつけておこう。
あたしは、混浴なら最初からそう伝えてほしいと、「お客様のご意見をお聞かせください」という項目に書く。
そしてアンケートを、班員たちに見られないよう、テーブルの隅に裏がえしておいた。

****

帰り道、まるで今からまた旅行に行きますといったテンションで騒ぎ続けるガイ。
些細なことでイライラしてしまうのは、あたし自身の機嫌が芳しくないからか。
いや、楽しかったんだ。うん。
確かに楽しかったんだけど…でも、恥ずかしい思いばかりした記憶が強く残ってしまった。

鞄の小さいポケットにしまわれているネックレスを、誰にも見られないようにこっそり取り出す。
きらきらと鈍い輝きを放つそれは約束の証。
…これを見ていると、不思議と心が安らいだ。

「それにしても、ガイ先生もすごい人ですよね」
いつの間にか、リーが隣に来ていた。
…てっきりガイ先生に交じって一緒に騒いでいると思ったのに、珍しい。
わざわざ敬愛すべき先生から離れて、わざわざ不機嫌オーラを醸し出しているあたしのところに来るなんて。
まぁいい、何か言いたいことがあるのだろう。
あたしは、彼の言葉を待つことに専念した。

「舞衣が、元気になってうれしいんでしょうね」

彼の言葉はそれだけだった。
にかっと、いつもと同じさわやかな笑みを浮かべてから、彼は「ガイ先生ー!」と走り去っていく。

…もう一度、ネックレスを眺める。
そういえば、この旅行中はずいぶんリラックスできた気がする。
恥ずかしかったり、思い出すだけで暴れまわてしまってしまいそうな思い出もできてしまったけど.
最近抱え込んでいた暗い悩みから、少しだけ解放されていた気がする。

「――――…」

もう一度、姿が小さくなったガイ先生を見る。
…鬱陶しいだとか、煩わしいだとか、そういう感情はもう消えていた。

手に持っていた荷物の重みが、急に無くなった。
誰の仕業かは、確認しなくてもわかる。
「行くぞ。おいて行かれたいのか」
…あたしのことを置いて、先を歩く気なんてないくせに、よくもまぁそんなことが言えるものだ。

いつもと同じ態度、いつもと同じ笑み、あたしに合わせて進む歩調。
それに甘んじているなあと、自分でも苦笑せざるを得ないところは多々ある。

(あたしも、こういうふうに守れたら)

願いの一つが、強く輝きを放った。

****

わがままはだめですか?

選ぶべき道が一つだけだとだれが決めたんですか?

あたしは、どうしたらいいんだろう。

****

波乱の旅行
「大好きよ、ネジ」
あと何回、あたしはその言葉を言えるんだろう。


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