Short Dream



 人間は一人では生きられないから誰かを愛するだとか、鍵と鍵穴が合う相手を探そうとするだとか、初恋は実らないだとか、あらゆるジンクスやよく聞く文句を思い浮かべながら私は待ち合わせ場所に立っていた。待ち合わせ前の30分も前なんかに駅前広場に飾られたよくわからないオブジェの前に立って、しきりに手鏡とにらめっこなんてしながら髪の毛の乱れを気にする。目の前に人が通りかかったら来たのかなって顔を上げたり。なんて行為をぜんまい仕掛けの人形みたいにぐるぐるぐるぐる繰り返す。そうしながら私は時折、そんな自分を馬鹿みたいだと嘲笑うのだ。そうでもしないと私はまともな気持ちで此処に立っていられないから。
 どうせ叶わぬ恋だということは分かっている。ジンクス通りにいくならば初恋だし。とてもうまくかっちり合うような鍵を向こうは持っていない。それに私は多分、彼がいずとも死にたくはないから生きていくことはきっと出来る。そうやって理屈っぽく私は私を俯瞰してみると、途端にこの恋のビジュアルは安っぽくなる。その安っぽさに冷めてくれたらとても有り難い、けど、私は未だにこの片想いから抜け出せずにいる。
 毎度毎度何かを期待したって仕方ない。私は少女漫画のヒロインでなければお伽噺のお姫様でもない。待ってるだけでなんとかなるようなご都合主義の世界の中で生きていないってことはよくわかってる。でもこの感情を知られたら終わりのような気がして、だから私は望まれているであろうトモダチなんて吐き気がする立場を演じて片手を振るんだ。「またね」の裏に次も会いたいという思いを孕ませて。そうして背中を見送りながら重い息を吐く。

 こんな繰り返しを、私は今日も続けるんだろうか。

 ふっと顔を上げたら「友達」が私の前に数カ月ぶりに立っていた。「久しぶり」と笑顔が自然と浮かぶ。あれだけ欝々とした感情を抱えていたというのに、その透き通った目と目を合わせた瞬間、やっぱり私は彼に恋をしている自分から抜け出せなくなる。恋に恋をしているだけかもしれない、けど。
 待っていた時のことも忘れて「今日はどこ行くんだっけ?」と予定を確認する。時刻は10時を少し過ぎた頃。今から遊んで、きっと今日も帰る時間は9時を過ぎて、でも絶対に日だけは跨がない。今日もきっとそんな風に私たちは「友達」のラインを越えないのだ。「確か」と事前にメールで決めた予定を彼――日向ネジはわざわざ黒い手帳を開いてまで確認してくれる。私との予定をちゃんとその薄い手帳のスペースを使って書きこんでくれている。…その事実一つにどれだけいつも私が浮かれていたことか、きっと彼は知らないのだろう。
 大体行き先は私が決めた場所。そもそも遊びに行きたいと勇気を出して強請るのはいつも私だったから、当然行き先も私がでっち上げた「ついてきてほしい場所」になる。水族館、動物園、美術館、植物園、映画館と場所は勿論、クリスマス時期に一人でイルミネーションは見たくないからなんてイベント先の外出の提案まで、色んな約束の取り付け方をしてきた。そんな私の我儘を描き留められた彼の手帳の内容を目で確認して、「電車のほうがいいかな地下鉄かな」と何気ない会話を始める。一度そんな会話を始めてしまえばその会話から話を続けていくのはとても簡単だ。移動手段からそういえば高校の時の通学はだとか、クラスメイトだったあいつってとか、そんな話が歩き始めから電車を降りるまで続いていく。まさしく友達の会話だった。当たり前だ。「友達」なのだから。

 「それでいろいろ片付かなくて最終的に二日くらい徹夜しちゃったんだよね」
 「またか。お前は高校の頃からそうだったな」
 「…そうだったっけ?」
 「長期課題の数学が出来ないとオレに最終日に泣きついてきたのはどこの誰だ?」
 「あー…」
 
 知ってる。忘れないわけがない。

 「そういえばネジが前に勧めてくれた小説読んでみたんだけど」
 「ああ、あれか。…本当に読んだのか?」
 「うん、古本屋で偶々見つけたから。意外と面白くてびっくりした。意味わからないところあったけど」
 「…よくそれで最後まで読んだな」

 読むよ。だってわからないところがあればネジに聞けばいい。そうして会話のレパートリーを増やせばいい。

 「また日本酒飲むの!?よく飲めるよね」
 「オレが何を飲もうがお前には関係のないことだろう。毎度毎度驚くことか?」
 「だって私には飲めないし」
 「それはお前が子供のような味覚感覚だからだろう」
 「……すみませーん、私にもこの日本酒くださーい」
 「…飲めるのか?」
 「多分。……あっ無理、無理だこれ、苦い。匂いが苦い」
 「まったく、飲めないものを頼むなと」

 そうだね。でもそうやって私に呆れながらも笑いかけてくれるその表情ですらすごく好きだったんだ。だって呆れながらたまに冷たいことだっていうけれど、それでもネジはそんな私にいつも優しくしてくれていたんだよ。

 「歩」

 今は二人で出かけることが多くなったから、ほとんど呼びかけられなくなった名前。たまに「お前」じゃなくて私の名前で私を呼んでくれた時、どれだけ嬉しかったかネジは知らないでしょ?

 「ネジ」

 いよいよ訪れてほしくなかった帰り道。律儀に私は家の近くまで送られてしまう。終電を過ぎる前の時間。待ち合わせをしてから12時間後には大体私はこの場所にたどり着いてしまう。きっとどれだけ私が「帰りたくない」と願ったかも知らないんだろう。どれだけその裾に手を伸ばすことすら出来ずに鞄の紐を握りしめたか。「女」の私が其処にいることなんてネジは一生気が付けないでしょう?

 「もうさよならしよっか」

 ――だって私も、そんな私を一片でも魅せることがひどく怖くて仕方なかったから。望まれないだろう「友達」以外の私を、ネジにだけは拒否されたくなかった。でも一緒に居たかった。一方的な片想いを拗らせ続けたまま生きていきたかった。でも「女」の私が、もう「友達」の私を完全に食べつくしちゃった、から。

 「…は?」
 「ほら、だってちょうど年度末だし?なんかいい加減申し訳なくなっちゃって。ほらだってネジだって彼女とかそろそろ作りたい頃あいでしょ?私が行ってみたいって理由だけでデートスポットとかついてきてもらうのいい加減申し訳ないなって、だから」
 「…それがお前と友達をやめる理由に何故なるというんだ」
 「……え、と」

 言葉が詰まる。言いたくない。言いたくない。でも決して嫌いになったとかそういうわけじゃない。何かないか何かないかと言葉を探した結果、「…所詮男女じゃ、友達にはなれないっていうし」という言葉が絞り出てきた。深夜の空の下にそんな現実が響く。

 「卒業してから会ってる男友達って、リーとかキバとかナルト君とかいろいろいたけど、なぜかネジしかいないし…ネジもヒナタちゃんとすら全然話してないっていうし…テンテンもネジとは会ってないって言うし」
 「それは世間一般的な常識と自分たちがずれているから嫌だということを言いたいのか?」
 「んー…と」

 俯いた状態でしゃべっているせいでネジの顔が全然見えない。多分声的に怒っている奴だ。あー怒らせた、とぼんやり考えながら、もう引き返せないことに泣きそうになりつつ「そういうことで」と認めてしまう。全然違う真実だけど、私は真実を伝えたくないのだ。だから、多分これでいい。そういうわけで頷いた。はあ、というため息が響く。優しさの欠片もない、本気で呆れられた時のため息だ。私は本気で嫌われようとしていることを悟った。嫌な沈黙が続く。何故か私は「じゃあそういうわけで」と立ち去ることができなかった。しかもなぜかネジも中学時代に質の悪い喧嘩をした時は無言で去っていったくせに私の目の前で立ち止まったままだ。おかげで部屋まで駆け込んで化粧も気にせず泣きじゃくることすらできない。
 「…なら」という絞りだしたような低い声が小さく耳に届いた。あ、これ「仕方ないな」と事態を飲み込んでもらえた奴だと少しほっとする。少しでも穏便に別れられる奴だと思いこんでいたおかげで、私は完全に油断してしまっていた。次の言葉のあと、私の「は?」という言葉はひっくり返った声で出てくることになる。

 「なら、友人関係以外の関係になればいい」
 「…は?」
 「お前が言うのは要するに男女は恋人かそれ以外の関係にしかなれないということを言いたいのだろう。なら、恋人になればいい」
 「は?え?」

 待ってどこでなにがどうなってそうなったの。どういう脳処理をしたらそういう回答を私の前で出せることになるの待ってもうわけがわからない。でも「歩」なんて名前を呼ばれたら反射的に顔を上げてしまう。なんで頬ちょっと赤くしてるの?寒いの?そんな表情、この数年間一緒にいて全く見たことがないんだけど??

 「お前の考えていることを、見通せないと思ったか。お前の気持ちなど最初から知っている」
 「!?…え、ちょっと待ってわけがわからない」
 「それでも何も言えなかった。こういうことは性じゃないからな、…どう伝えたらいいのかわからず、お前から言ってくるのを待っていたんだ。お陰でずいぶん追い詰めてしまったようだが…」
 「え?ねぇ待ってそれじゃつまり」
 「――お前のことが好きだ、歩」

 確認を取ろうとした私の言葉と、その告白が重なる。抑えていた感情が目元から溢れ出す。馬鹿、もっと早く言ってよなんて暴言を吐きながら、私はネジの胸に飛び込んだ。済まないという声が上から響いたけれど、私は泣いているけれど、それでも確かにうれしくて私は多分笑っていた。ずっと言葉の前に立ちはだかっていた「友達」の壁が崩れていくのが見える。それが完全に姿を消した時、言葉はすんなりと音になった。

 「私もネジのこと、ずっとずっと大好きだよ」


 
 バレリーナ
 これからはキスをするために踵を上げるの
 


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ミヤ様フリーリクエストでした。めちゃくちゃ長くなりました!!まさかの4000字越えにびっくりしてます。夢小説でこんなに長く書けたの久しぶりです。でもなんだかとても暗い話になってしまった気がします…すれ違い片想いって難しいですね…(´;ω;`)本当にラスト二人が両想いになってくれて書いた管理人も安堵してます…!
リクエストを戴いてから少々お時間が空いてしまいましたが、本当にリクエストしてくださりありがとうございました!両片想いはここ4年は書いていなかったので久しぶりに書いてみて難しかったのですがそれがとてもたのしかったです!このたびはありがとうございましたm(__)m
そしてここまで読んで下さったみなさま、本当にありがとうございました!



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