Short Dream



 「好きです!付き合ってください」とダメ元で告白した三か月前のことを思いだして私はひっそりと仕事中にもかかわらずため息を吐いた。カルテを持ったまままたぼんやりと物思いにふけってしまっていたらしい。これが患者と向き合っている最中だったり、医療忍術を使っている時だったらきっと私は下手をすれば大惨事を引き起こしていただろう。なんとか集中しなくちゃ、と私は一度カルテを机においてぱしぱしと頬を叩いた。こうして自分をなんとか仕事に引き戻そう仕事をしようと言い聞かせ続ける日々が、もう一月も続いている。

 原因は三か月前に私からダメ元で告白して、奇跡的に私にオーケーをしてくれた3つ下の上忍の彼、ネジくんともうすでに倦怠期らしきものに突入してしまっていることだ。最初の一か月はまだ順調で、私の人生で一番幸せだったんじゃないかなって思う。休みを合わせては一緒に出掛けたり、一緒にお互いのお家でゆったり過ごして、そんな至って普通の恋人同士の関係を築いていたと思う。だけど私はそんな日々を幸せに感じていたけれど、きっとネジくんはそうではなかったのだろう。ひと月が過ぎてしばらくが経つと、ネジくんは突然自分の予定を増やし始めた。任務の回数を増やして、修行をする日を増やして。そうして彼は私のことを避け始めた。もちろん私には心当たりなんてなかった。だからこそきっとこんなにも不安なんだと思う。ネジくんの変化の理由が分からなくて、でもそれを追求する勇気がなかなか出てこないのだ。次第に哀れに思って付き合ってくれたんじゃないかとか、そういう感情が芽生え始めて、そうなると余計に聞きにくくなって。彼にも事情があるはずだって言い聞かせるようになって。――そうしてかれこれ一か月、今月に入ってすでに25日くらい経っているけど、私はその25日の間一度も彼の顔を見ていない。
 だんだん連絡を取るのが申し訳なくなってしまった、と言うのも原因の一つだと思う。なんというか確かに私はまだ二十歳だけど、二十代に足を突っ込んだばかりだけど、でもやっぱり十代からしてみたら私なんてもうおばさんなんじゃないかなとかそんなふうに思うとやっぱり気を使って付き合ってくれたんだと思っちゃったりしてしまうのだ。このおばさん哀れだなって感じで。ほら、だって彼冷たい物言いとかしちゃったりするからすごく誤解されちゃうところとかあるんだけど、優しい人だから。夢見せてくれてたんじゃないかなって思うんだよね。…なんて、ネジくんはたとえ本当にそうだったとしても何も言わずに去ったりするような人じゃないって、解かってるのにそうやって考えちゃうんだよね。でもここまで不安が募るとそんなことまで大きな可能性として浮かび上がってきちゃって、そしてそれが私をぺしゃんこに押しつぶそうとしてくるのだ。…で、私もそういう理由で自然消滅になっちゃった方がいっそのこと、ネジくんから拒絶の言葉を聞くことになるかもしれない恐怖と向き合うよりは楽だなんて考えちゃったりして、さ。

 そんなことをここ一週間くらいずっと考え続けていた。おかげで私はこうしてぼんやりしてばかりだ。おかげで先輩には怒られるし、後輩には心配されてばかりだ。そして私も「これが現場だったらどうなってたか」って自己嫌悪を繰り返して。
 多分片想い期間よりずっと悩んでいたと思う。片想いしていたときよりずっとずっと彼のことを気づかうことの大切さを知っていたからだろう。もう単なる独りよがりで済ませられる問題じゃないのだから。…そんなことをふと思い浮かべたのが昨日の午前零時のこと。お酒の入ったグラスを傾けながらそういうことに気が付いた時、私は一人で笑ったことを覚えている。やっぱり自分が傷つくことを恐れてこのまま終わっちゃいけないって、当たり前のようで恐れていた選択を選ぶべきだということに気づけたから。どんな答えが返されることになっても、私は彼の気持ちを一度聞きたかった。

 まだ今日この後のこと、この先のことが少し見えているからか、今日は最初の叱咤以来悩みのせいで体が動かなくなるようなことは起こらなかった。


 * * * *


 強くなりたい。その一心で修業を重ねていく。任務依頼所の受付からは「そろそろ休暇を取ったほうが」とついにオレに一言苦言を呈するようになりはじめた。簡単な任務が徐々に増え始めていく。そしてこのままでは駄目だと心ばかりが焦っていく。
 歩と知り合ったきっかけは中忍昇格試験を目前に過労で倒れたことだった。中忍試験に合格したいが一心で逸り、結果体調管理を怠ってしまったのだ。このまま体調不良が続けば試験に間に合わなくなるかもしれない、来年に見送るべきかもしれない、まだ未来はあるのだから。周りはオレをそう励ました。しかしオレが試験に出られないとなるとかつての大怪我を乗り越えて立ち直ったリーや砂のテマリへの再戦を目指していたテンテンまで連帯責任で試験に挑むことが出来なくなる。何よりオレ自身、これ以上下忍と言う位のまま燻っていたくはなかった。
 そんなオレを勤務時間外まで看病してくれていたのが歩だった。「諦めたくないんですよね?じゃあ頑張りましょう!それで、試験受かりましょう!」と彼女はオレを献身的に助けてくれた。以来、何度か彼女とは顔を合わせ、話をするような仲になっていた。所謂「恋」に落ちるのにも時間はかからなかった。はじめて出会ってから二年、オレはいつしか上忍に、彼女は医療忍者として病院に努めながらも一医療班の班長となっていた。
 地位的にはそれなりに「対等」になれているのかもしれない。だがオレは、どうしてもそうではないような気がしてならないのだ。一生埋めることのできない「年齢」という壁。自分が言うか言わないかを迷っている間に彼女が先に告白をしてきた。はじめて口づけをした時もリードしてきたのは歩からだった。はじめて会う約束を取り付けてきたのも、その行き先も、何をするかも、すべて歩が引っ張っていく。本人はそのつもりはないのかもしれない。だがオレにはそのすべてに年上の余裕というものが見えてしまう。どこかで「あなたは年下だから。子どもだから」と線引きをされているような気がしてならないのだ。

 だから、強くなりたいと思った。
 
 どうあがいても「年齢」という壁を乗り越えることは出来ない。ならば、せめて他で埋めるしかないと考えた。そのためには修行をするしかなかった。任務を重ねて経験を積むしかなかった。それが手っ取り早く明確に歩との孔を埋める手段に他ならないと信じた。
 …しかしそれは間違いだったのだろうか?何か、見失っていたのではないだろうか。オレの姿を見るなり泣き崩れてしまった歩を目の前にしてやっと自分がまた焦ったせいで何かを怠っていたことに気が付いた。相手の気持ちというものをまるで考えていなかったこと、話を何一つしていなかったこと。当たり前にできたはずの行為を忘れてしまっていたことに気づいた。だから自分は、子供、なのだろう。
 
 「こんなに手もぼろぼろにして。眼の下に隈つくって。どうしてこんな無理またしちゃったの。もう無理しないようにしてねって、前にも言ったでしょ?何が原因だったの?ねぇ、どうして」

 両手でオレの両手を包みながら歩がゆっくりとチャクラを送りこんでいく。じわじわと傷が癒えていくと同時に、心に彼女の温もりが沁みていくような、そんなイメージが脳裏に浮かんだ。自分が本当に願っていたこと・望んでいたことが何だったのかようやくはっきりと目の前で形になる。歳の差が気になった。子供扱いをされたくなかった。対等になりたかった。それもあったが、きっと違うのだ。そうではないのだ。本当は、

 「認められたかったんだ…」

 すべての思いはその吐きだされた一言に尽きた。だが、そのために肝心のことを見失ってしまっていた。いくら認められたくて頑張ったところで、それで気持ちが離れていたら終わりだろうに。完全に空回ってしまっていた行動を思い返してうなだれる。らしくない、と自分を嗤いたくなった。こんなところは班員にも一つ下の仲間にも見せられない。やはりオレは年上である歩にどこか甘えてしまっているような気がした。
 不意に歩がネジ、とオレの名前を呼んだ。それだけで思考が固まる。ずっと、彼女はオレを「ネジくん」と呼んでいた。その年下を呼びつける象徴ともいえる呼称が、はじめて取り払われる。いつの間にか治療は終わっていて、歩の手はオレの手から片手だけ離れていた。涙を拭っている。そして、はじめて視線が長い間ぶつかることになった。

 「私もね、ほんとはちょっと気にしてたんだ。10代のネジからしたら私はいくら二十歳でもなんか一線置かれても仕方ないところがあるんじゃないかなって。おばさんみたいに思われたりしてるんじゃないかなって。でも考えてて分かったんだよね。私が勝手に自分が作った年の差にコンプレックス感じちゃってるだけでさ、実際ネジの歳がどうこうとかは関係なかったなって。あのね、つまり私はそのままのネジが好きになんだよ。だからね、余計に私なんかが吊りあうのかが分からなかったんだ。怖かったのは私もだよ」
 
 ああ、そうか。
 お互いに同じことを考えていたことに初めて気が付く。そうだ。オレも歩自身が好きだったのだ。年上だからどうとかそういう感情はそこにはなかった。ただただ、彼女のことが好きで、けれど自分が吊りあうのかが不安で、そうしてオレは対等になることを望んだのだった。見えていなかったことにまた一つ気が付く。「ネジはどうだった?」と尋ねられて、ゆっくりと頷いて同じことを伝えると歩は「なんだ同じことでお互い悩んでたんだね」とやっと微笑んだ。好きになるきっかけを与えたあの表情だった。つられて笑みがこぼれる。あれだけ悩んでいたというのに、今はそれが嘘のようだ。降り続けていた雨が止んだあとの空を見ているような、そんな気分になる。
 
 「ずいぶんと空回りをしていたらしいな」
 「そうだね。…ねぇ、帰ったらたくさん話そうよ。これからのこと。何をされたくないとか何をしてほしいとか、お互いの嫌なところ好きなところ、たくさん話し合って、少しずつ釣り合っていこうよ。だってさ、時間はたくさんあるんだから」

 「なんて、こういう年上ぶったところとかがきっと嫌なんだろうけど」と冗談めいた口調で歩が言いつつも手を引いてきた。ああ、これだと少し思い至る。言われたことに引っかかったのではない。こうして手を引かれて浮かんでくるイメージが、姉に手を引かれる弟みたいだったということだ。きっとこれが嫌だったのだろう。自分らしくもないようで。だから、仕返し、反逆、意趣返しと言わんばかりに彼女の手首の方を掴んで引き寄せて唇を寄せてやった。不意の行為に歩は「えっえっ」と顔を真っ赤にさせながら戸惑いの声を上げる。オレは余裕だと言わんばかりに態と笑って「帰るか」と彼女の手を引きなおした。


 それ以来主導権は彼のもの
 「ていうか精神年齢はネジの方が出会った時からずっと大人だから正直ネジは気にしなくていいと思うんだけどな」「ああ、そういえばお前は年の割に呆れさせてくれることが多かったな。…ハァ」「なんでため息ついたの!?」「いや…気づいた瞬間自分が悩んでいたことが本気でばからしくなった」「それはそれでなんかひどいよ!」





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深月さまにささげます。
ヒロインがネジより年上設定は初めて書いたのですがなんだか新たな可能性が開けた気がしてなりません。開いてはいけない扉を危うく開きかけてしまいました。ありがとうございます気が向いたらまた年上ヒロイン書いてみたいなって思います。没にした台詞(「大人をおとなって思ってるところが子どもなんだよ」みたいな台詞。これはもっとネジが年下じゃないと使えないなと判断してやめました笑)もあったので…。
それではここまで読んで下さった方およびリクエストをしてくださった深月さま、本当にありがとうございました。


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