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あなただけを思えたら幸せだったのにね。
ほら、また涙が落ちる音がした。
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ずっと、ずっとあなたがすきで、あなたといることが私の幸せで、あなたのためになら私は死ねた。
それくらいあなたがすきで、いとおしくて。だから、なおさら、余計に、あなたのことが、ただただ――…にくかった。
「ねぇ、ネジ。今日もネジは任務なの?」
「ああ。明日あたりには帰って来られると思う」
待っててくれ、ちゃんと帰ってくるから…なんて言って、笑って優しく頭を撫でて私をあやす。だから私もつられたように笑ってみせる。
なんて幸せな夫婦。こんなに幸せな夫婦、世間の人に羨ましがられてしまいそう。
でもね、あなたは気づかないでしょう?私が心の中であなたのことをどう考えているかなんて。
『行かないで、私以外を見ないで?』
『ココニイテ?』
さみしいとか、すきだからとかそんな生易しい感情じゃない気がするくらい、狂おしくて愛おしい。
つまり、束縛してやりたいのだ。あなたの呼吸の回数も、脈拍の規則正しい音も、何もかもを管理したいほど。
でも、ネジにはネジの誇りがある。たまには手放さなければいけないことくらいわかってる。
心配せずとも、ネジは私のために帰ってきて、笑ってくれるのだから。だから。
「行ってらっしゃい」
そうやって、にっこりと屈託のない笑顔で、結局私はネジを引き止めずに送り出すのだ。
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その日の夜の夢は、この上なく嫌悪にあふれる夢だった。
でも嫌というより、なんとなく幸せで、でもやっぱりどこか気持ち悪い。そんな夢。
愛しいあなたが苦しみに喘ぐ姿を見て、涙が零れ落ちそうになるのをひたすらこらえて、私はただその首を締める腕にぐっと力を込めていた。
「ネ、ジ」
唇から伝うのは唾液か血か。濁ったどろりとしたそれは、ネジの目蓋の上に涙のように赤く落ちた。
そして一瞬呻いたあと、彼はうたかたのように私の目の前で溶けていった。
外の喧騒なんて聞こえない。残ったのは、ぽっかりした部屋の中と、雨粒のような私・・・。
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「…大丈夫か?」
私の名前を呼ぶ声がさっきからしていた気がする。
気がつけば私は抱き起こされていた。待ち焦がれていた、その人に。
「ネジ……任務は…」
「そんなものはもうとっくに終わってる…夜に終わる筈だったんだが胸騒ぎがしてな」
案の定、家に着いてお前の寝顔を見てみたら、お前が泣きながらうなされていた。
――なんて、何も面白くない話のはずなのに、微笑しながらネジが言うものだから、私も思わず笑ってしまった。
「そんなにオレがいなくて寂しかったのか?」
歩は甘えん坊だななんて言いながら頭を撫でるネジ。
嗚呼、もしかしたら私はこの温もりが欲しかったのかもしれない。
私を支えてくれる温もりが別の所に行っちゃったら、私はきっと立って真っ直ぐ歩けない。
でもネジ、寂しいんじゃないの。私はあなたがにくいの。
「あなたが、にくい」
声に出してそれを言えばはっきりと実感するこのにくさ。
それを口に出した今も、ネジはやっぱり笑っていた。
「…歩、オレが好きか?」
「うん。あいしてる」
「それならにくいと思ってしまうかもしれないな」
オレもお前がにくい。そう笑いながらネジは私の額にキスを一つ落とす。
心地よくてくすぐったい媚薬のような甘いもの。そのはずなのに、今日はなんだか蛇にかみつかれたような感覚がした。
「オレはあまりすきだとかあいしてるとかは、中々口には恥ずかしくて出せないし、お前を寂しがらせてにくさにまで発展させてしまうかもしれないが」
チュッとまた小さなリップ音。今度は唇と唇が触れ合った。
「沢山行動で示して伝わるようにする。歩のことが・・・好きだから」
いとしすぎてにくい。すきすぎてつらい。だけど。
「うん」
あいされてるってわかった瞬間、歯車がかみ合ったような充実感で満たされた気がした。
ココロの穴を埋めたくて首を締める夢は二度とあらわれることはなかった****
炉心融解/iroha/鏡音 リン
無限ループ様に提出
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