Short Dream



 ※死ネタ・ネジ→ヒナタ描写あり


 
 「私ね、ネジのことが好きだったよ」

 遠くの空は深い藍色に染まっていた。さらさらと水が流れていく音、木の葉が擦れさざめく音があたりに響いていた。
 川の向こうには女が座っていた。叢にぺったりと尻を付け、膝を抱えながら指先で近くに咲く花を弄んでいる。のんびりとした口調で、まるで腹が減ったと言うのと変わらない世間話のようにその女は突然と好意を告げた。それが分からなかった。

 「何故」
 「ん?」
 「何故なんだ」
 「何故って言われても…恋に道理も理屈もなくない?分かってくれると思ってた」

 赤い花弁を撫でながら、女はへにゃりと眉を下げて笑う。一つの流れを挟んでいるとはいえ、距離はそう遠くはない。手を伸ばせば届く距離で、女は「ていうか、やっぱり気づいてなかったんだ」とやはりどうしても届いてしまう小さな声で呟いた。

 「ネジってやっぱり鈍感っていうか、結構真っすぐなところあるよね。朴念仁、唐変木。だからチームメイトの視線にさえ気づかないんだ」
 「おい、お前ここまで来てオレに喧嘩を売りに来たのか」
 「そうだよ、今際の淵で積もり積もった陰口を本人に叩きに来たの」
 「……」
 「冗談だって。私が来たら、たまたま君が何故か迎えに来てくれた。それだけでしょ?」
 「…迎えに来たつもりはない」
 「知ってる。ネジは私のことなんて好きじゃなかった」

 いくらなんでもチームメイトに対してそこまでは思っていない。その言葉を飲み込んだのは、何を言っても不毛だと知っていたからだった。オレが知っているよりも幾分年を取った女は、それでも知っている顔でこちらを見つめる。
 水の流れる音に混じって、虫の音のような高い音がしていた。違う。聞こえるのは、心拍を数える機械音だった。

 「…もう帰れ」
 「どこに?」
 「…分かってるだろう」
 「追い返すんだ。このまま、連れてってほしいのにな」
 「馬鹿を言うな…孫が待ってるんだろ」
 「…そうだね」
  
 子どもの泣き声が女の背後から響いていた。耳を塞ぐようにさらに体を丸め、女は「そう」と顔を膝に埋める。やめろ。立て。早く引き返せ。口でそれを言うのは簡単だった。言えなかったのは、売りに来ている喧嘩を買う必要があったからか。それとも。

 「私、ネジが好きだったのに、なんやかんやで結婚してさ。かわいい息子が立派な忍者になって、孫ちゃん作るところまで平和に暮らしたんだよね」
 「…良かったじゃないか」
 「良かったよ。幸せだったし、平和だった」
 「……」
 「でも、その幸せを噛みしめるたびに、ずっと悪いことをしてるようだったよ。ああ私もう後を追って死ねないんだなって、その感情と幸せに板挟みだった。だって私は、私たちは確かに君を犠牲にしたんだ」
 「…オレは自分をそうは思わない」
 「しってる」

 ぐす、と鼻を鳴らすくぐもった音が響く。「もう顔上げられない」そんなどうしようもない台詞を女、歩が呟く。ならもう見ないから帰れ。こっちもそう呟いたが、聞こえているはずのくせにこっちの話は聞く気もないようだった。

 「…君はさ、知らないと思うけど、私、本当に君のことが好きだよ」
 「好かれるようなことをした覚えがない」
 「したよ。ネジはそもそもはた目から見て魅力的だった。真面目で、ちゃんと努力してて、でもって美形じゃん。お箸の持ち方は丁寧だし、寝言もいびきもなくってさぁ…まあ口を開けば台無しなところもあったけど…」
 「おい」
 「あとねぇ、大事なものを作りたくなさそうな顔してた時から、私の我儘は聞いてくれたじゃん。私、無茶苦茶言って君から貰った誕プレとかまだ箪笥の中に仕舞ってるんだよ」
 「…ただの手裏剣一本だろう」
 「ただのじゃないよ、好きな人から貰ったものだよ」

 誕生日を祝ってくれとしつこく迫られた一日があったことを思い出す。あれはたまたま修行場にリーもテンテンも来なくて、こいつと二人でひたすらと組手をしていた時だった。夕方になって大げさに「あ!」と叫んだかと思えば、誕生日を思い出したと言ったのだ。ただの平凡な一日に花を添えたいとあまりにしつこかったから、適当に手裏剣を一枚投げたことを覚えている。あれは、冗談のつもりだった。えらく喜ばれた意味を、あの時のオレは理解していただろうか。

 「君はどうしようもないけど、でも優しかった。ずっと好きだよ。旦那のプロポーズの言葉の中に日向ネジの名前が出てくる程度には、君のことばかり思ってた」
 「…悪いことをしたようだな」
 「本当だよ。でも私も共犯なんだ。最期の最期に願ったのが、あの人じゃなくて、ネジだったんだもの」

 女がゆらりと立ち上がると同時に、そばに咲いていた曼殊沙華が揺れた。鮮やかすぎる赤い花の中心で、女は、チームメイトは、歩はゆらりとこちらに目を向ける。知っている。最期の瞬間と同じ表情だった。ぐしゃぐしゃに泣き枯れた酷い顔で、それでもこっちを見て名前を呼び掛けてきた。
 言われなくとも、気づいていた。だが、オレは最後までその気持ちには応えてやることはできなかった。気づかないようにすることこそが、唯一返せる愛だった。
 
 「…私もね、君の一番になれないことは、知ってた。君の初恋は、もうずっと昔に奪われてるんでしょう?」
 
 緩やかな機械音が響く。知らない誰かの叫び声が。連れて行かないでくれ。行かないで。そんな言葉が聞こえる。歩は、聞こえないのだろうか。聞こえないのだろう。この場においての死神は、きっとオレに違いがない。
 
 「知ってる?初恋は実らないんだって。でも、諦められなかった。死んでも、諦めたくなかった。だから、ずっと祈ってたの。愛されなくてもいい。一生友達でもいい。ただ、最期にまた、会いたかった」
 
 動かさないようにと自制していた足が、一歩前へと動いた。女の言う恋とか、愛とか、そんなものは分からない。オレの人生はとうに終わっているのだから。それでも。

 「大好きだよ。だからさ、情けだと思って最後だけ。私を君のモノにして」

 縋るように伸ばされた白い手は、相変わらずに二回り程度小さかった。抱きとめた体は小さく、はじめて触れた髪は思った以上に柔らかかった。からからになった声で歩が腕の中で泣いている。やっと会えた。やっと。あまりに弱弱しい声で、何かが決壊したように人の名前を繰り返し呼んでくる。どうせなら生きていた時にやってくれたらよかったのに。そう思いはしたが、やはり無下に今ここで口には出来なかった。これは、終わった人生の話なのだから。だから、髪をあやすように撫でながら、オレは少し言葉を選んだ。

 「…オレは自分の人生を、選択を、今でも後悔はしていない」
 「…うん」
 「最後に守れたのが、幼いころから守りたいと願っていたあの人でよかった。あの人と、ナルトが、明るい未来を生きられたんだ。アイツらが夢を叶えた。誰しもが望んだ平和が築かれた。…忍びが畳の上で死ねる世の中になったんだ。オレは、十分だと思う」
 「…うん」
 「だから、お前の嘆きは、何度も言うがただのお前自身のエゴだ」
 「…知ってる」 
 「【日向ネジ】の人生は、これで良かった」
 「……」
 「だが、まあ…そうだな、この先のことくらいは、多少はお前に譲歩してもいいと、思う」
 「なにそれ」
  
 通夜のように静かに黙りこくってしまった女が、人の胸の中で噴き出す。やっぱり優しいなぁ、だとか、好きだなぁ、とか、当の本人からすればどういう感情で聞けばいいのかわからない気恥ずかしい言葉が胸の中心で響いた。

 「じゃあ、次はもう少し強気になるよ」

 

 二度目の恋で誓いましょう


 
体調崩して寝込んでる間に今日が何周年だ…?サイト13周年…??と知ったので。
ネジ夢を書くのは難しいよねという話のネジ夢でした。夢を書く度に日向ネジを否定してはいないかという不安を募らせつつも今年も僕は自分が見たいものを書くという。このあと生まれ変わったら学パロにでも行って欲しいです。
ちなみに曼殊沙華の花言葉は「転生」「思うはあなた一人」でした。今年もスローですがまたよろしくお願いします。



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