Short Dream



 夏も終わりに近づく。キリギリスがじりじりキーキー鳴き出す頃。それでも外はまだ暑い。そんなときでもあなたとならしたいと思うことがある。



 「ねーじ」
 
 十畳の部屋に置かれたベッドの上に寝転びながら私は愛嬌よく(したつもりだ)ネジの名前を呼びつつ掛け布団をぽすぽす叩く。ベッドサイドに腰を下ろしていたネジはちょっと横顔をしかめて「またか」と言いつつ読んでた新聞を床に置いた。
 
 「昨日もしただろ」
 「毎日したっていいじゃないですかー」
 「全く…暑い暑いと後で文句を言うのは何処の誰だったか」
 「私ですーでもしたいの。ね、いいでしょーねー」

 いいでしょ、来てよという思いを込めてネジの髪の毛をわちゃわちゃと撫でる。ネジはため息をついてから立ち上がり、ごろんと私をベッドの奥に押し込んだ。わっと声をあげた時には空いたスペースにネジが入り込んできてて、そのまま後ろからぎゅうと抱き締められる。ネジの、ネジにしかない匂いが近くに迫った。
 
 「えへへー来てくれた」
 「来てやった」
 
 よじよじと向かい合わせの体勢になる。にこりと笑うとネジもふんわり穏やかに笑んだ。最大限の善意のこもった目というの?そんな感じの優しい顔になったネジと目を会わせたと思ったときには唇が合わさっていた。一回、二回、三回目の軽いキスで軽いキスは深いキスに変わる。おそるおそると舌を伸ばすと絡めとられる。ちゅ、ちゅ、というなんとも言いがたい水音をたてながら口の中をお互いが蹂躙しあう。私はネジの歯列をなぞったり上顎をなぞったり。ネジは私の舌を追いかけたり唇をなめたりするのが好きだ。そんなことを飽きもせず繰り返している。昨日も一昨日もそして今日も。
 夏は暑いけれどこうしてくっついていたくなる。冬もそうだったけれど夏は特別だ。汗をかくから。汗をかくとほんの少しいいことがある。だから夏は嫌いじゃない。
 やがて唇が離れてネジが「ああもう」と声をあげながら私を抱き抱えたままごろごろとベッドの上を転がる。「楽しい」と言われて私も「うん、幸せ」と頷いた。また唇が重なる。飽きもせずまた同じことが今日だけであと多分、何十回も続くのだろう。じんわりと首筋に汗がにじむのを感じた。

 「…暑いね」

 そうして結局私は夏に対して文句を言い始める。ネジも同感のようで「そうだな」と言いながらベッド横にかかったレースカーテンの向こう側を見た。もうすぐ九月だというのに夏はいっこうに終わる気配がない。
 
 「平成最後の夏色々やることはやったよねー」
 「お前がそのワードを何十回も掲げてな」
 「エモくない?平成最後の夏ってワード」
 「その言葉はよく知らんがお前に振り回された夏だった」
 「楽しくなかった?」
 「それはない。なんだかんだ楽しかった」
 「お祭りに花火大会にスイカに海にですごくいい夏だったよねー来年の元号は知らないけどなんとか最初の夏ってワードでまた振り回すのかな。楽しみ」
 「仕方ない、振り回されてやろう」
 「わーい」

 わしゃわしゃと髪の毛の流れを崩すようで崩してない絶妙な感じでネジは私の頭を撫でてくる。この独特な髪の撫でかたが、髪を撫でる指先がとても好きだ。というかネジのすべてが好きだ。しあわせ、とまた声に出す。私は幸せだ。この人と夏を過ごせたのだから。

 「…また来年も一緒にいようね」
 「ああ、再来年も一緒にいよう」
 「一生って言ってくれないのがネジらしいよね」
 「便宜上別れる理由が今のところないのが前提にあるからいいだろう」
 「出た現実主義。まあそんなところも好きだけど。…ん、ちゅ」

 好きって言ったところでまた唇が重なる。二分くらいお互いの口の中を好き放題荒らしたところでネジが「そろそろ理性が持たない」と言って立ち上がって私から離れた。あ、と私はうれしいことに気がつく。汗をかくとほんの少しいいことがある。それは。

 「…服からネジの匂いがする」
 「くっついてたからな」
 「うつされちゃった」
 「うつした。だがもう終わりだ。持たない、色々」
 「…別にいいのに。もっと匂い私にうつして?」
 「お前ってやつは本当に…」

 夏だってのに部屋の窓が締め切られる。カーテンも閉めて薄暗い部屋の中、遠くでキリギリスがじりじりキーキー鳴く声をぼんやりと聞いた。


End


back

- ナノ -