夏が過ぎたらもう冬なんてあっという間だ。緑色だった葉っぱが赤く色づいて地面に落ちる。なんだか空が灰色になる日も増えてきて、視覚的にも温度的にも寒くなってくる。今年の雪はいつ降るかな、今年の冬はどのくらいでやってくるかななんて、どきどきしながら過ごす。
なんだか最近果物をあまり食べていないなぁと思って、徒歩20分のスーパーまで歩いて蜜柑を買った。道の途中にある曇り空の白色を反射している白い湖を眺めながら、さっき大きな籠に食料品を詰め込んでいたおばちゃんが「先にレジいいよ」って譲ってくれて嬉しかったなぁなんて思い返しながら帰り道を急ぐ。今日の気温はおよそ5度。最低気温は確かマイナス。短いダッフルコートにマフラーと手袋。おかげで上半身はあったかいけど下がスカートにタイツはちょっと寒い。
自然と早歩きになっていく。足先が凍っているんじゃないかってくらい冷たい。あーこれならもっと厚めのタイツにするべきだったなぁなんて一人で苦笑い。えっちらおっちらと歩きながら、早く自分の住んでるアパートが見えてこないものか、いっそワープできたらいいのになんてばかみたいなことを考える。ばかみたいなことだけど、こんなことを考えることが好きだった。
「…ん?」
その時、かすかに冬になると定番のあの歌が聞こえてきた。結構この近くを走っているみたいだ。方向的に私の家の近くのような気がする。もうちょっと歩く速度を速めて、歌が聞こえる方向まで歩く。お金はあるかな、大丈夫かななんてお財布の中身がどうなっていたかを思い返しながらその車が見えたところで私の早歩きは小走りへとモードチェンジ。
車を運転しているおじさんも私に気が付いたらしくてこちらにすすすっと移動してくれる。私も車にもう少し近づいて鞄からお財布を出した。
「すみません、焼き芋一つください」
買ったばかりのほかほかの焼き芋が冷たい空気で冷めることが少しでもないように両腕で抱きしめながら家のドアの前まで走る。ダッフルコートのポケットの中に入れていた鍵を引っ張り出して性急な手つきで鍵を開けてドアを開くと、男物の靴が一つ。目線を下から上にあげると、その靴の持ち主が台形型の物体に身体を半分埋めた状態で座っていた。
「おかえり」
「ただいまーっ炬燵出してくれてありがとう!」
いそいそとコートを脱いでハンガーに掛けてから、蜜柑を買いに行った私の代わりに炬燵を出してくれたネジの隣に潜り込む。鞄に入れていた蜜柑をテーブルの真ん中に置いてから、片腕に抱いていた焼き芋を見せて「半分こしよ?」と提案。こくりと頷いたネジに応えるように頷き返して、紙袋の中に入った焼き芋を取り出した。新聞紙にくるまった焼き芋は茹っていて素手で持って割れるのか、ちょっと不安になる。それを見かねたネジが炬燵のすぐ横にあるテレビ台に置いてある今日の朝刊の一部を破って「割るから貸せ」と手を差し出す。私もここはお言葉に甘えよう、ということで「お願いします」と渡す。その10秒くらい後にはきれいに真ん中で割れた焼き芋の片っぽが私の手の中にあった。
ふうふうと冷ましながらちまちまと焼き芋をかじる。甘くて美味しい。やっぱり焼き芋はこの季節が一番。
「秋というか、この絵面はもう冬だな」
ネジがそんな私の様子と炬燵と蜜柑をちらちらと眺めてぽつりとつぶやく。そうだね、と笑ってもう一度焼き芋に噛り付いた。さっきまで冷え切っていた足はもう炬燵の熱ですっかりあったまっている。ちょっとだけ足を動かすと、中にあるネジの長い脚とちょっとぶつかった。
ごめんね、と謝りつつも私は笑っていた。こういうところも炬燵の醍醐味だと思う。この狭苦しさが逆に好き。すぐ近くに誰かがいるんだって実感できるから。ああ、今この人と私こんなに近いところにいるんだって…そう思えたらとても嬉しくなる。なんて、去年も同じようなことがあった時に口に出してみたらネジは「お気楽だな」とあきれたように言ってから、ふいっと目を逸らして小さい声で「だが悪くない」なんて呟いていたっけ。今年も言ってみたらちょっとそれはしつこいかな?…うん、言わなくていいや。ネジもなんだか振り返るようにあの時と同じ顔をしているから。
「冬が来るね」
「…そうだな」
「炬燵って包容力あるよね」
「電気代がかかるがな」
「お金はかかるけど優しく包み込んでくれる…そんな駄目だけど慈愛のある男の人ってちょっとキュンと来るよね」
「炬燵から出ろ」
「えっひどいーまさか炬燵に妬いたの?」
「うるさい」
無防備だった私の額にこつりとでこピン。痛いよーなんて言いながらも私はまた笑っていた。まさかネジがこんな冗談一つで拗ねちゃうなんて。付き合ってから分かった話。この人は結構嫉妬深い。でもそういうところがかわいくて愛しいんだ。だって、こんなネジの姿、見られるのは私だけだから。
ごめんねーなんて言いながら横にいるネジに腕をまわす。ちょっとテーブル部分の柱が邪魔で痛いから、いったん炬燵から這い出てそのままぴったりとネジにくっついた。よしよしと手触りの良い黒髪を撫でていると「オレは子どもか」とまだ不機嫌そうな声。…ちょっとあやすような感じが過ぎたみたいだ。でもしょうがないよね。だってネジがかわいいんだもん。
「ごめんってばネジ」
「……」
「私、炬燵とネジどっち?って聞かれたらネジを選ぶよ」
「当然だろう」
「うん、だから機嫌なおそう?」
「オレは別に怒ってなどいない」
いや、怒ってたじゃんなんて言う言葉を飲み込む。ネジは好きだけど、ネジのでこピンは痛いからすきじゃない。こんなことを言ったらまたそんな好きじゃないものを貰ってしまうことになってしまう。だから私は「そうだね」と曖昧に返してネジの黒髪に顔を埋めた。ネジの大きな手が私の背をゆるゆると撫でる。…うん、やっぱり私、ネジのほうが好きだ。
「…秋だね」
「…ああ」
「…だいすき」
「…そうか」
「ネジは?」
「愚問だ」
それじゃあわかんないよと返すとネジが頭を動かした。私もそれにあわせて身体を動かす。そうしたら自然に向き合う形になって、そのままネジが私のほうに顔を近づけて、数秒後には甘いリップ音。
「これならわかるか」
「…ずるい」
「何とでも言え」
「うん、…好きだよ」
もう一度合わさろうとする唇。唇と唇の隙間からかすかに「オレも」という声が吐息交じりに漏れる。ああ狡い。優しいだけじゃなくて、かわいいだけじゃない。ネジは、狡い。だけどそういうところも好きなんだ。離れられない。ネジを好きでいることを止めるなんてできない。きっと私たち、来年もこんな感じなんだろうななんて思いながら、恥ずかしさをごまかすように無意味に私は「秋だね」ともう一度つぶやいた。
Fin
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