Short Dream



二人の男女が、森の中にたたずんでいた。

何を考えているのか良く分からない無表情を保つ男と、遠慮がちに頬を赤らめながらたたずむ女。
女はぽつりと、「突然呼び出してごめんなさい」と呟いた。

「最近…文も、何も連絡があれから無かったから…どうしたのかなって心配で…。でもよかった、こうして会うことが出来て…」

嬉しい…と陶酔するような声をあげ、女は男の胸板に頬を寄せる。
女の頭上から、なにやらため息に似た息を吐く音が響く。
男も悦んでいるのだろうか?と、それを興奮と勘違いした女は、自分が男に突き飛ばされと気づくことに遅れた。

「――…!?」

意味が分からない、という顔で女は男を見上げる。
男はあの無表情を保ったまま、女を見下して立っていた。

「どこまでもおめでたい頭だな。一夜限りの関係だったということに、何故気づかない」
「な…っ…嘘…!」

信じられなかった。
あの日、あの夜。女子たちの間でひっそりともてはやしていた彼が、彼が私に声をかけてくれたのに。
好きだと、愛していると、情事の際も囁いてくれていたというのに。
そういえば確かにそこに至るまでが唐突で、何もかもが信じられない、夢幻みたいだと感じてはいたけれど…。

「気づかなかったか?オレはお前の名を呼んだことは、一度もない」

その一言が、女の甘い夢幻を、期待を、奈落というゴミ箱に放り込む。
そういえば、と打ち震える女の視界の先にいる男が、霞んで見えない。

「――はじめて、だったのに」

よくある物言い。最後の抵抗。
彼にならば捧げてもいいと、むしろ彼に受け取ってほしいと思った純潔。
普段の従妹に優しい彼とは違う、優しさの無さのせいでひどく痛んだけれど、それでも彼だからと我慢した。

「だからどうした?」

返ってきた言葉はなんだか、心の奥底ではそうだろうなと予期していた言葉。
突き飛ばされた体勢のまま、元に戻ることが出来ない。
最後に女の耳に届いた言葉は、「面倒に思われる生娘ではなくなったんだから」という慰めには程遠いものだった。

****

幼馴染が、女性たちに暴行を加えているらしい。

その話を聞いたのは一、二週間程くらい前。
適当に、その辺にいる女を見目も問わずに誘う。あの幼馴染は顔立ちは無駄に良いから断る女などいないのだろう。それで、一度きりで捨てるそうだ。
さらには遊郭にいる女をわざわざ身請けして、やることだけ済ませて飽きたら捨てていたりもするんだとか。

はじめてそれを友人から聞いたとき、思わず「馬鹿じゃないの」と呟いてしまった。
いや、でもだって本当にやってることがあほらしいというか、馬鹿だもの。
ネジも男だし性的な行為に走ることは仕方がないと思ってる。現に周りにはそういうことをしている男たちがわらわらといるし、最近では付き合いでそういうことをしないといけなかったりもするんだし。
しかしあのネジがそんな頭の悪そうな行為をするような男になっているとは思わなかった。最近話をしていないからなんともいえないことだけれど…。

泣き出した友人の背を擦る。大方、彼女もネジにもてあそばれてしまったのだろう。
誘いをするほうもおかしいが、誘いに疑いもせずに乗るほうもどうかしてる。…まぁしかし、彼は上忍だ。上忍の心を落としてしまえば、私たちの人生は経済的に安定する。
なんだかそれを手玉に取ったような話だよなぁなんて思いつつ、どうしたものかと私はため息を吐いた。

****

その男に声をかけたのは友人と別れてすぐのこと。
いぶかしげな顔をする男に、「大事な用事がある」と言うと、男はすぐに私の要求を飲んだ。男のいた場所、これから向かう方向、時間的に男が暇を持て余していたことを察することが出来た。これだから男は、とため息を吐きたくなるが、私たち女も女だ。仕方がない話なんだろう。

そして向かった先は彼の家。
日向の集落の端にある彼の家は、昔と何も変わらない。
彼と私が中忍に上がって以来、あれほど仲良くしていた幼馴染と話をすることがなくなっていった。
大人になるということなのだろうか。男の人と一緒に並ぶことが急に恥ずかしくなった。
自分の体が変化を迎えたときから、ずっと抱いていた違和感に、唐突に気づき始めた。
そんな時から、彼の家には一切立ち入っていない。近寄ることも少なかった。

「緑茶でいいか?」
「いえ、結構。すぐに済ませたい話だから」

早く目の前に座れと促す。すとんと彼がいぶかしげな顔をして座る。
さて、と私も口を開いた。

「…最近、ネジの変な噂ばかり聞くんだけど」
「ああ」
「いったいどうしたって言うの?貴方らしくない。ネジはもっと…こう…言っちゃ悪いけど他の男に比べれば堅物で、厳しくも人に優しい…そして自分を律することがよく出来た人だと思ったんだけど」
「…そう、か」
「何か悩みでもあるの?思いつめていて、気がおかしくなったとしか思えないわ。私ならわざわざ貴方の悩みを言いふらす相手もいないし、話してくれたってかまわないのだけれど。…あ、ううん、話してほしい。何かあったの?」

ゆらりとネジが立ち上がる。
嫌な予感、無意識に、体が反射的に身構える。そういう噂があるからだ。
するとネジがふっと笑って、「すまない、怖がらせた」と呟く。ああ、どうやら私の思い違い、というか早とちりというか。途端に恥ずかしくなって、俯いて「ごめん」と言うと、ネジが「仕方のないことだろうな」と苦笑した。

「このままでは話が長くなる。茶を持ってこようと思ってな」
「そうなの?ああ、でもちょっと助かるわ。さっきから喉がおかしいの。しゃべってたからかな」

この部屋の空気が少し乾燥している所為だ、とは言わないでおいた。
でもおそらくこの家主も同じことを思っていたのだろう。横にある空気清浄機を操作してからどこかに行く。
湯のみ二つを持って彼が戻ってきたのはそれから3分くらいあとのことだった。

「それで?」

出されたお茶をちょっとだけ飲む。熱いけれど、この熱さが好き。
もう一口、と飲んだところで、ふっと何かが消えていくような、唐突に眠たくなった。
温かいお茶に安心してしまったのだろうか。目を擦ると、ネジが「それでな」と話し始めた。

「最近、お前の言うとおり少し悩んでいてな」
「…うん」

なんだろう、安心とか、眠気とか、そういう次元じゃない。
くらくらする、なんだろう。変。
感じたことの無い違和に、まさかと落ちていきそうな身体を叱咤する。目の前の人はにやりと笑っていた。

「そろそろ、オレが口説く前に擦り寄ってくる女どもに飽き飽きしていてな」

嘘だ。彼が、ネジがそこまで落ちぶれるはずが無い。
夢だ、幻聴だと、そう信じたかったけれど、現実は許してくれず。
現の証拠であるおぼろげな風景。それはぷつん…と、スイッチがオフになるみたいに、途切れた。


続く…?


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