私の携帯のアラームはちょうど5時に鳴る.
メロディーはネジ兄さんが好きな曲、そして私が好きな曲。
そんな曲と共に、私はカーテンを開けて爽やかな朝を迎えるの。

きらきらと仄かに光る空が、寝起きの眼には眩しいと感じたけれど、顔を洗えばもうすっきりとして、それにも慣れきってしまう。
そうしてネジ兄さんが、去年の誕生日にくれた淡いピンクのエプロンをつけて、お弁当と一緒に朝ご飯をつくる。

昨日炊いたご飯を保温にして、お味噌汁を温めて…そしてをロールキャベツを巻き始めたころには、眠い眼を擦りながら「おはよう姉さん」とハナビが起きてくる。
それからネジ兄さんが起きてきて、父上が起きてくる…のがいつもなのに今日は、ネジ兄さんより先に父上が起きてきた。

「…ネジはまだ寝てるのか?」
「昨日遅くまで勉強してたみたいだからね。姉さん、代わりにやるから見てきていいよ」
「うん。ありがとう、ハナビ」

全くネジ兄さんは仕方ないな…なんてぶつぶつ文句を言いながらハナビが菜箸を取るのを見てから、私は台所を出た。
道場と隣接したこの家の廊下を、茶の間から出て少し渡るだけで、私の部屋とネジ兄さんの部屋が隣同士にある。

閉じられた襖に耳を当てる。
前に起きてこないからと見に行ったとき、ネジ兄さんの部屋を開けたら着替えていたから、それ以来は耳を澄ませているの。
だってあのときのネジ兄さん、逞しい筋肉を惜しみなく晒してて…か、格好良くて…なんて言ったらいいかわからないけど、とにかく…色っぽかった。
でもネジ兄さん、意外とえっちだから…私を見るなり…い、いきなり抱きしめてからかってきて…ああもう駄目、思い出すだけで恥ずかしくなっちゃう。

勝手に火照ってしまった頬を手で冷やして、からりと襖を開ける。
ネジ兄さんは寝ていて、安心したようななんというか複雑な気持ちだけど…ってやだ、何かに期待しちゃってるみたいで、はしたない。
とにかく起こそう、そう思いユサユサと私はネジ兄さんを揺さぶりはじめたのだった。

****

「ネジ兄さんのばかぁ…!ネジ兄さんが起きないから…もう遅刻しちゃうよっ」
「悪かった。…ほら、鞄持って。今日は自転車で行くぞ」
「うん…」

普段は徒歩だけど今日は自転車で、それを考えていたらワクワクしてしまう。
自転車の籠に2人分の鞄を入れて、ネジ兄さんの後ろに私が座って、落ちないように背中に手を回す。

「じゃあ行くぞ」
「うん」

こうして好きな人にくっついて、まるで風になったみたいに見慣れた風景を走り抜けることが、好きで好きでたまらない。

「ヒナタ、今日は委員会とかはあるか?」
「うん。もうすぐ5月になるし、陸上大会があるでしょう?だから準備をするの」
「そうか、じゃあ待つとしようか。…どのくらいで終わる?」
「今日は早いほう、10分くらいかな…役割分担だけだから」

なんて他愛もない会話をしていたら、あっという間に学校前。
「着いたぞ」という声と共に自転車から降りるとき、いつも名残惜しさを感じてしまう。
ネジ兄さんの後ろに乗るとき限定のことなんだけど…なんて、そんなことは口が避けても言えない。

周りにはまだ沢山の生徒、だから安心して新築のように白い綺麗な校舎に、慌てずに入って靴を履き替えて、またネジ兄さんと歩く。

ネジ兄さんは先輩だから…普段私以外の女の子とどんな話をしているかとか、歩きながら毎日気になってしまう…それを話したらネジ兄さんには馬鹿にされちゃったけど。
だからもうこんなことは口には出さないの、もう1つ浮かんでしまうことがあるから。
ネジ兄さんは…私が他の男の子と、何を話すか気になったりするのかなって…。

「今日もだんまりだな」
「えっ?あ!」
クスクスと苦笑する兄さんの後ろには2階の風景が広がっていた。
や、やだ…私ったらまた考え事ばかりしちゃってたんだわ。
「ご、ごめんなさいっ…ネジ兄さん…」
「お詫びに今日もまた昼に屋上集合だな」

これもいつものこと、黙って考え事をしていた日は、必ずお昼はネジ兄さんと一緒に過ごす。
入学してからずっとそうだったから、ネジ兄さんは「あなたは本当にオレが好きだな」なんて…当たり前のことを言う。
ネジ兄さんのことを考えて、ネジ兄さんにお詫びとしてお昼を一緒にする。
毎日それがあるたびに「私本当にネジ兄さんが好きなんだなぁ」って思ってしまう。

「じゃあまた、昼にな」
「うん」

ネジ兄さんに背を向けて階段を上っていく。
そうしたらもう、私が良く知る人たちが沢山いる。

「おはよーヒナタ!朝から幸せそうね!」
教室に入れば、沢山私に声をかけてくれる人がいて、その中の1人が駆け寄ってきた。

「いのちゃんおはようっ。あのね、今日もネジ兄さんとお昼ご飯一緒に食べるんだ…」
「うわぁ本当に〜あんたの毎日って充実してるわね」
「なんだよ、オレじゃ不満か?いの」
「うわっシカマル!」

…なんだかんだいっていのちゃんも幸せなんだよね。
痴話喧嘩を笑いながらはじめるいのちゃんとシカマル君をしばらく眺めていたら、「HRをはじめるぞー!!」というガイ先生の声が聞こえて私たちは席に着いた。

高校の勉強は本当に難しい。
毎日必ず予習復習をしないとついていけなくて…ネジ兄さんは「部活なんかやる暇もない」なんて言っていた。
といいつつネジ兄さんは、2年生なのに柔道部の主将をやっているんだけれど…しかも私も「ヒナタ1人だけで帰るのは危ない」なんて言って、マネージャーになってしまっている。
暇な時間より勉強する時間が多いけれど、ネジ兄さんが色んな人と手合わせする姿がカッコいいから、私にはそれで十分なんだ。

「コラ、奈良君。オレの授業が聞けないの?」
「逃げんぞナルトー!!」
「おうっ」
一応…こういう人もいるんだけど…でも楽しいからいてくれたほうがいいと思う。
ただみんなが集中しているシンとした授業じゃ、授業がイヤになっちゃうもの。


そうしてあの3人を捕まえてからまた進んだ授業は、チャイムと共に終わりを告げる。
昼休みだ。

「サクラ、弁当作ってきてくれたか?」
「うんっおにぎりの具はサスケ君の好きなおかかだよ!」

みんなが机をくっつけたりしてる中、私は2つあるお弁当を持って教室を出る。
廊下に出て、階段を駆け上る。
思わず走っちゃうくらいネジ兄さんに会いたくてたまらない。

「ネジ兄さん!」

固く閉ざされた扉を開けばもうそこには青空がどこまでも広がっていて、その下にはすぐネジ兄さん。
駆け寄るとネジ兄さんは優しく頭を撫でてくれて、まるで飼い犬とご主人様みたいって思いながら、定位置である屋上の一番端にあるベンチに座る。

「今日はね、ハナビが卵焼きを作ったんだよ」
「オレが寝坊したから、か?」
「うん。…でもハナビの作る卵焼きは美味しいからいいの」
「あなたの好きな甘い卵焼きだからな」

そんなことをいいながら、お弁当を広げて食べはじめる。
ネジ兄さんの隣に座ってお昼ご飯を食べるこの時間が一番ゆっくりできて好きだなぁなんて、考えながらちらっとネジ兄さんを見たら…笑ってしまった。
「どうした?」
気づいていないみたい、きょとんとしたように私を見るネジ兄さんが可愛くてたまらなくて…まるで小動物のよう。

「ネジ兄さん、ほっぺにご飯粒ついてるよ」
ひょいと取ってみせると、ネジ兄さんは恥ずかしそうにだけど笑って「…ヒナタもだぞ」って。
恥ずかしくてたまらないなか、今度はネジ兄さんが私のご飯粒取って…お互い恥ずかしくて2人でしばらく笑っていた。

****

それからの授業もありきたりで何も変わらなくて…朝と違うとしたら寝ている人が多いことだけ。
私もうつらうつらと眠くなってきて…何を書いているのか自分でも解らなくなってきたとき、ようやく授業終了のチャイム。

それにハッとしたとき…私のノートには板書をうつしたものではなくて、ネジ兄さんの似顔絵が描いてあって…様子が違うことに気づいたのか、隣の子が「うまいね、彼氏?」と覗き込んできた。
「ち、違うよ…あの人はもっとかっこいいから…」
「ふーん。上手にのろけてくれるわね」
ニヤニヤと笑ってくるサクラちゃん、悪いのは寝ぼけた私なんだけど…嗚呼、恥ずかしい。

****

「ヒナタ、じゃあ明日の学級連絡代わりにしてくれるかな?」
「うん。委員ファイルよろしくね、チョウジ君…じゃあね」
「うん、気を付けてね!」

眠気をさらに煽った委員会も無事に終わり…あとは玄関にいるだろうネジ兄さんの所に行くだけ。
…の、はずだったのに、誰かが私の名前を呼んだ。
「ヒナタ」と。
振り向いたところにいたのは、隣のクラスのキバ君だった。

「あ、キバくん…久しぶり。中学以来だね」
「ああ。ヒナタも元気そうだな。…あのよぉ、いきなりだけど頼みてぇことがあるんだ」
「頼み?」

ばつが悪そうな顔で、頭をかきながらキバ君が苦笑いしながら言った。

「明日合コンがあってさ、それでオレ他校の奴にヒナタに紹介してくれって頼まれちまってさ…もしよかっ」
「悪いがその話は無理だ」

誰かがキバ君の言葉を、よく聞き慣れた低い通った声でぴしゃりと遮り、私の肩を抱く。
うん、誰だか触れた指先の柔らかさと、匂いと声ですぐにわかった。

「ネジ兄さん…」
「帰るぞ、ヒナタ」
「えっ。お、おいちょっと…」と、慌てるキバ君の声も無視して、ネジ兄さんは私の手首を強く掴んでずんずん歩いていく。
その行動から、ネジ兄さんが怒ってることがわかった。

靴を履き替えるよう言われて、履き替えて自転車置き場まで無言で向かって、ネジ兄さんの自転車の前で彼は漸く立ち止まってくれた。

「…何故キバと話していた」
「えっ?あ、あの…キバ君に話しかけられて…中学の同級生だからちょっと懐かしいなって…」
「あのままだったら絶対にあなたは合コンに行ってたはずだ。
キバの言う『紹介』の意味くらいわかるだろう?」

苛立っていることがその尖ったように鋭い声や、皺の寄った眉間ですぐにわかる。
でもちょっと、腑に落ちないわ、今の言葉。

「わ、私だって…好きなのは兄さんだけだから…断ってたもん…」
「本当か?」

好きという言葉を言った瞬間、ネジ兄さんの眉がピクリと上に上がって、私は必死に頷いた。

「私が初めて会う人が苦手なこと、一番わかってるのはネジ兄さんでしょ?」
「まぁ、確かにな。それによくよく考えたらあなたの頭の90%前後はオレで占められているはずだし。
委員会で春野が言っていたぞ?今日、ヒナタが授業中寝ぼけながらオレの似顔絵を描いてたって」

ぼっと火がついたように顔が熱くなった気がする。
やだ、サクラちゃんったらなんでそんなこと言っちゃうの。
「ヒナタが他の男と遊びに行こうとするからだろ。オレはいつだってヒナタが、オレ以外の奴と何を話すか気になって仕方ないんだから」

それは、私がずっと抱いていた小さな疑問。

「本当?」
嬉しくて聞き返すとネジ兄さんは「当たり前だ」と微笑して、そのまま私の頬に唇を寄せた。
「オレは幼い頃から、あなたしか見ていないんだから」
ちょっと前までとんでもないこと見方をしていたがな、とすまなそうに笑顔を消して言うネジ兄さんに首をぶんぶんと振った。
「私…もういいの。だって今、こうしてネジ兄さんと笑っていられて…幸せだから」

『ヒナタなんか消えてしまえばいいんだ』

小さい頃、両親を事故で亡くしたネジ兄さんは、父がネジ兄さんを引き取ってから、変わってしまった。
冷たくなって、毎日が地獄で…けれどだんだんネジ兄さんが大人になるうちに変わっていって、最後こう言ってくれた。

『生まれてきてくれてありがとう』

だから今こうして私とネジ兄さんは一緒にただ生きている。
だからもうあのときのことは気にしていない。
こうやって今笑いあっていることが、私にとってはどれほど幸福なのか…。

「ネジ兄さん、私もネジ兄さんしか見てないよ」

そう言ってから笑ってみせると、ネジ兄さんは赤い顔を隠すように無言で自転車を引っ張り、乗る。
私も乗って、ネジ兄さんに抱きつくと、彼は笑いながら言う。

「このまま何処かに行ってしまおうか」

しあわせが怖いのはあなたのせいだよ
あなたに溺れて死んじゃうわ!

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「確かに恋だった」様よりタイトル拝借
べるばちょふ様から頂いたイラストお礼だったものです。

 

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