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私の周りには、大人しかいなかった。

「ヒナタ様」
私よりも大きな人たちが、私の前に跪く。それはとても居心地が悪かった。

「それでも宗家か!」
父上に、毎日のようにつけられる修業に耐える日々。
日向を出て、ちょっとしたところにある公園には、まるでそんな辛いものは知らないというように、はしゃぎまわる私と同じくらいの年の子供たちがいるというのに。

「帰りましょう、ヒナタ様。あなたには、こんな場所で遊んでいる時間はありません。一刻も早く、日向宗家にふさわしいお方となるのです」

物心ついたときからそばにいてくれる大人。
コウは、少し申し訳なさそうに、私にそうやって言い聞かせた。
なんで私ばかりこんなことを言われなければいけないのか、私には全く分からなかった。
そういえば、家の周りを駆け回る子供たちを見かけるけど、その子達の目は、白くなかった。
だから、「眼が白いから遊んじゃ駄目なの?」と聞いてみたけれど、コウは苦笑いを返すだけ。

友達なんて、もちろんいなかった。
外にあるブランコや滑り台で、遊んだりしたこともなければ、外を駆け回ったりなんて、したこともない。
ただ、回りの人の眼が、なんとなく怖くて怖くて、だけど耐えなきゃいけないから、耐えてきた。


ネジ兄さんは、初めて私の世界に現れた「子供」だった。
彼は、にこにこと屈託のない笑みを、私に向けてくれた。
嬉しくて、気がついたら私も笑っていた。

でも、その日、彼の命は私の手に握られた。
そして、私を庇って、彼の父は亡くなってしまい、ネジ兄さんは、私を憎悪するようになった。
初めは怖くて辛かったけど、中忍試験の頃には、「嗚呼、この人にならもう殺されてもいい」と、思うようになった。

つまり、それは「償い」という意味だった。

あの微笑みは私のせいで消えてしまった!
私―罪深き宗家―がそれを償わずとして、一体誰がその罪を負うのだろう!?

けれど、私は今もずっと、彼に殺されること無く、永らえている。
私も知らない本当の真実が、過去にはあったらしい。
全てを知ったネジ兄さんは、私に静かに土下座した。

そのとき、「これが償いなんだ…」と私はようやく自覚した。
「ヒナタ様は悪くない」って、ネジ兄さんは言っていたけど、私は彼にまだ憎まれているんじゃないかとも思った。

――――殺シテヤル、憎イ、ソウヤッテ直接、ブツケラレルホウガ楽ダカラ。

ネジ兄さんは、あの中忍試験のとき以来、すごく優しくしてくれるようになった。
修業をつけてくれるようにもなった。
一緒に買い物にも付き合ってくれる。任務先で、お花の種を買ってきてくれたりもしてくれる。
でも、本当は私にどんな感情を抱いているのかは、教えてくれなかった。
ただの従妹?守るべき宗家?憎い相手?それとも?

答えを聞いたとしても、彼はきっと「ただの従妹」か、「守るべき宗家」と答えるだろう。
「じゃあ憎いといわれたいのか」と聞かれたら、違う。
従妹、宗家、憎い…そんな言葉は、欲しくない。
でも、それ以外の言葉…「好き」だとか、「愛してる」とか、そんな言葉を、彼に望んではいけない。
求めてはいけない。
彼の心まで、私に縛り付けてはいけない。
よくわかってる。

でも、それでも、心の隅っこで、望んでしまう。
もちろん、私も言ってはいけない。
「ずっと、ずっと、あなたが…」だなんて。

 
――――これは人に話してはならない秘密の恋。
実ることの無い、ハッピーエンドなんて、きっと存在しない。
だけど、許されるのなら、私だって、愛している人に愛されたいのが本音。
ねぇ、だから、もし、私にも出来るのなら。

****

いつものようにネジ兄さんと修業をして、いつものようにネジ兄さんにお茶を入れる。
兄さんが上忍になって早五ヵ月、ますます兄さんは、私から離れていく。
強くて強くて、もし彼が本気を出したら、私なんて赤子の相手をするように、捻り潰されてしまうのだろう。

縁側で待っていてくれた彼に、彼専用の湯飲みを手渡すと、彼はいつものように、それに少し息を吹きかけて冷ましてから、飲みだした。こくりと、彼がお茶を飲むたびに、のどが動いているのが、見える。

「ごちそうさま。あなたが入れる茶はいつも美味いな」

本当に、そうなのかな?
そうやって、ネジ兄さんの言動一つ一つに疑惑を持って、過剰反応してしまう自分は、本当に性質が悪いだろう。
そして、そんなことを言葉に出す勇気も無い。
駄目な女。
そんなことは自分が一番良く分かっている。

けど、改善する努力もしないで、私はただ、「ありがとう」とだけ、一言。
兄さんは、「本当のことだから」と、にこりときれいな笑みを見せた。
ほんとうにきれいで、どこまでも透明な笑み。
ネジ兄さんは、「ナルトのような純粋な瞳は初めて見た」って、ずっと前に言ってたけど、私はネジ兄さんの眼も本当にきれいだと思う。

嗚呼、彼は一体、どこまで私を惨めにさせたら気が済むのだろう?
それに力だけじゃない。
彼は、全てにおいて、私より勝っている。
勝ち目が無いことは初めから知っているけど、彼のことはずっと好き(想う事も申し訳ないのだけど、せめて心の中だけは)、だけど彼の隣にいると、とても惨めな気分になるのだ。

近づきたくても、遠ざかって、近づきたくても、遠ざかって。
そんなことの繰り返し。
そのたびに、「嗚呼、この人は本当に天才なんだわ」と、密かに納得しながら、超えられない、並べない、守れない、何もできないというリアルに攻撃される。


だけど、何もしなかったら何も変わらない、そのことはよく分かっている。
ナルト君が、無意識のうちに私に教えてくれたこと。
努力をしたら天才も超えられるし、その天才を守る事だって、できるようになる。

「じゃあ…私、そろそろ修業に行ってきます。ネジ兄さんはもう少し、休んでいてください」

だから、私は今日も努力をし続ける。
きっとそれは明日も明後日も変わらないのだろう。
なんでこんなに必死になれるのか、私にもよくわからない。
宗家はハナビが継ぐのに、どうして努力を続けるのだろうという陰口なら、何回も聞いた。

上忍や暗部の座にもそこまでの執着心はない。
それでも頑張っていられるのは、やっぱりネジ兄さんの存在があるからだろう。
私は、包帯やクナイの入った鞄を手に、ネジ兄さんに背を向けた。


****

ヒナタ様は最近益々綺麗になった。
以前は言いたいことを言わず、おどおどしていた彼女だったが、きっぱりと自分の言いたいことを口にするようにもなった。
一族の人々からも昔は煙たがられてきたが、最近は彼女を慕う人も多くなった。

彼女は確かに、力や実力はハナビ様に劣るかもしれないが、しかし、内面の強さは、誰よりもあった。
宗家はハナビ様が継ぐだろうと、誰もが予想をしているが、オレはヒナタ様こそ、日向にふさわしいのではないかと、思っている。

そして、そんな彼女の傍にいつまでもいられたら…と思う。
しかし、それは思うだけであり、口にしてはいけない。
悟られてはいけない。

「どうして其処まで意地を張るのか?」と、以前同じ班員の男に言われたことがある。
「素直に、行動したら良いのに」、と。

答えは簡単だ。
オレには彼女を、愛する資格なんて、無い。

愛してはいけない。
そばにいてはいけない。
陰で少し、手助けをすることがきっとオレの精一杯。
 
オレは、以前、彼女を殺しかけた。
その罪はとても大きくて、重たくて、大蛇のように、此の身体に絡み付いて離れない。

あのときの自分は、父上が死んだことを、過去の出来事の一つとして埋葬したくなかった。
風化していく記憶、清算されていく過去。それが嫌で、恐ろしかった。
彼女はそれを防ぐための生贄だった。

いや、それだけではない。
もう一つ、もう一つは、もともと彼女に抱いていた感情だ。

「可愛い子ですね、父上」

あのときから、抱き続けてきた感情。
言葉では形容することが出来ない感情。
痛くて切なくて嬉しくて寂しくて暖かくて悲しくて、それが恋心だと知るのに時間はかからなかった。

しかし、あのとき、いろんなものが歪んでしまった。
好きな人に裏切られるというものは、安っぽい小説に書かれている描写よりも衝撃的で、何より重く、苦しいものだったのだ。
憎かった、愛しいが故に憎かった。
寝ても冷めてもなにをしても、気がつけば憎悪と何か複雑なものが、この身体を苛んでいく。
何度、自分の身体にクナイを突き刺して、痛みから逃避しようとしただろう?
しかし、それはどうにか堪えて、彼女にぶつけた。


彼女が人の眼を完全に見れなくなったのは、オレが目が合うたびに睨みつけていたから。
彼女が上級生にいじめを受けたりしたのは、オレの存在があったから。
オレは、彼女を守るどころか、傷をつけることしか出来なかった。

本当は抱きしめたくて、好きと言ってみたくて、愛したくて、愛されたくて、守りたくて、そばにいたくて、支えたくて、いつまでもいつまでもいつまでも。
 
優しい従兄…そんな言葉は、本当は要らない。
だが、それ以外の言葉…「好き」だとか、「愛してる」とか、そんな言葉を、彼女には望めない。傍にいても、きっと本質は優しくなどないオレは彼女を傷つけるだけ。
そんなことはよくわかっている。

それでも、心の隅っこで、望んでしまう。
もちろん、オレも言ってはいけない。
「ずっと、ずっと、あなたが…」だなんて。
 
――――これは人に話してはならない秘密の恋。
実ることの無い、ハッピーエンドなんて、きっと存在しない。
だけど、許されるのなら、オレだって、愛している人に愛されたいのが本音。

だから、もし、かつて運命は変わらないものだと定義していたオレにも、出来るのなら。

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