1.遠い記憶
『可愛い子ですね。父上』
眠りに着けない午前2時、月の光が障子の隙間から微かに差し込む闇の中。
ふいに、自分がかつて放った言葉が浮かびあがった。
…幼い頃、彼女を見て父に囁いたその言葉。
何故、今さら思い出したのだろう?
いや…本当は、理由なんて最初から分かっていた。
──気づいてしまったからだ。
中忍試験、あの日、あの彼女の白い肌に似つかわしくない紅と共に。
あの本音を棘と毒で覆い隠した言葉と共に。
そして…茎が根元から折れるように、椿が切断された生首の如く落ちるように、崩れたあの細い身体と共に。
「──っ」
その耐え難い「何か」を抑えるように、心臓をわしづかむように、オレは強く自らの胸を押さえた。
激しく脈打つその痛みが、オレの呼吸を荒げさせる。
吐き気か、嗚咽か、そんなふうにこみ上げてくる何かが苦しい。
…あの日から、ずっとこの調子だ。
彼女を傷つけてしまった罪悪感と、同時に渦巻く何かを感じ続ける日々。
それは、赤く染まった夕暮れや、痕が着くほど叩いた修業用の丸太などを見る度に、ありありと浮かび上がってくる。
こうして目蓋を閉じても、それは視界から消えようとはしない。
まるで、この気持ちだけは、捨ててはいけないと、警告するかのように。
ならばそうすれば良いと、言う人間も中にはいるだろう。
しかし、それでは駄目なのだ。
オレはもう、消すことの出来ぬ罪を作ってしまった。
折れた花を見れば涙を流すほど、優しかった彼女は、「ネジ兄さんは何も悪くないよ」と笑ってくれたけれど。
それでも駄目なのだ、それは本当の意味での彼女の幸せではない。
あの人にはもっと、オレよりもふさわしい相手がいる。
それに──あの人にオレが「赦されること」は、彼女にとっての「不幸」にも繋がるのだ。
心優しい彼女は自分を責め、耐え難い過去の傷も無理やり押さえ込み、自分を御してしまうのだろう。
いや、きっと、今も、そうしているに違いない。
『ネジ兄さんは悪くない…悪いのは弱い私だ』と…。
──それならば、オレはせめて彼女が望むオレになろう。
昔のような、あの優しい従兄になろう。
それが彼女の、幸せならば。
『可愛い子ですね、父上』
遠い記憶、幼い自分の微かな恋心が、静寂の中に溶けていった。
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後悔で阻まれる恋心
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