5.雨の中の涙
「にゃあ」
掠れた声で、その猫は鳴いた。
私の腕の中にすっぽり収まったその猫は、雨の冷たさと凍える風に震えていて、今にも消えてしまいそう。
「もう少しだよ、頑張って…」
傘を差していたから、幸い濡れていなかった上着でくるんだその猫に、私は何度も同じ言葉を掛けた。
任務の帰り道に見つけた子猫。
母親に置いていかれたのか、それとも人間に捨てられたのか…その猫は道にあったその公園の植え込みで震えていた。
もしも小さく「にゃあ」と鳴いてくれなかったら、私も気づいてあげられなかった小さな存在。
その姿が、何故か私には「もう一人の私」のように感じられて…助けずにはいられなかった。
「もう少し…もう少しだから…!」
降り注ぐ雨、もう傘なんてほとんど役にたっていない。
跳ねる泥水、滴る大量の水。
それでも子猫だけは濡らさないように走った。
任務で消費してしまった分少ないチャクラも使って走った。
雨と風のせいですごく、すごく家が遠く感じる。
この時間が、永遠に続きそうな錯覚を感じる。
それでも、私は走って、走って…やっと日向が見えた時、そこに集中していて前を見ていなかった私は、誰かにぶつかった。
「きゃっ!」
「!」
ぶつかったその人は、それでバランスを崩すことなく、しっかりと私を受け止める。
ふいに鼻を掠めた匂いは、私もよく知っている人のものだった。
「ネジ、兄さん…?」
「ヒナタ様…!
何故傘があるのにそのような…!」
何故かふいっとネジ兄さんは、私から眼を背けたままそう言った。
それから、ネジ兄さんは突然私の目の前で上着を脱ぎはじめる。
そして、それを私の背中に掛けたとき…ネジ兄さんが私の腕を見た。
「…ヒナタ様、それは」
「え?あ…子猫なの…。
さっき拾って…弱ってて…これから看病してあげようって」
そうネジ兄さんに言ってから、気づいた。
さっきまでかすかに感じていた、ぬくもりが、柔らかさが、消えている。
「嘘…」
自然と、その言葉が漏れる。
ネジ兄さんが、私の腕の中から、猫と上着を持っていく。
そして…くるんでいた上着を外していく。
「…わらってる」
信じられないほど、心地良さそうに瞳を閉じている。
「ヒナタ様に拾ってもらえて、嬉しかったでしょうね。
一匹ではなかったんですから」
前が、ゆっくりと霞んでいく。
「ヒナタ様、泣いていいですよ」
優しい声が、優しい上着の暖かさが胸に沁みていく。
「ごめんね、ごめんね…」
雲間から、微かに光が差した。
****
猫が死ぬときに一人ぼっちになるって聞いて思った話、
猫は飼い主がこうして悲しむ姿を見たくないからいなくなるのかなーと。
それで、うまい具合に隠れたら「ああ良かった、これで悲しまないよね」って笑うのかなとか思いながら。
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