それから当然のごとく結婚は決まった。
 断る理由がなかったのだから仕方がない。相手が上忍であの名門日向一族である、という時点でうちの父はもう大騒ぎ。お母さんになら「私ね、本当はあの人がね」と色々と言いたいことを話せるかな、と思っていたけれど、あれやこれやと嬉しそうに嫁入りのための着物を選ぶ母の自分のことのように喜んでくれている姿を見てもう何も言えなくなってしまった。うちの中で今、この状況を不幸だと思っているのは多分私だけだろう。
 別に結婚自体は嫌じゃない。むしろ普通だったら有難い話として私もプラスに考えていたと思う。家の中に籠っているだけの行き遅れになるんじゃないかとまわりに彼氏ができるたびに焦りを覚えることだってあった。こんな私のことを貰ってくれる人がいるなんて!神様ですか!と普通なら歓喜していたと思う。普通なら。…ただ、相手が絶望的に悪かった。あの人と三十云歳のおじさん、どちらがいいかと聞かれてもたぶん私は「それでもあの人よりはおじさんのほうがましかも…」と悩んでいただろう。(あくまでも即決は出来ないところがポイントだ)


 あわただしい準備をみんながしている中、私はそんなどうしようもないことを考えながらただひたすらに傍観していた。
 なんでこんなことになっちゃったのかなぁ、だとか。「無理していないか?」って聞かれたんだから素直に死を覚悟で「無理です」って言っちゃえば良かったかもしれないなぁでも生きて戻ってきたとして今度は多分両親が激怒していたんだろうなぁだったら仕方ないよなぁ、なんて。今となってはどうにもできない話を繰り返す。
 ここで幸いだったのは周りがそんな私を叱ることがなかったことだと思う。突然の嫁入り話はさすがに驚かせただろう、そんな風に思われているんだと思う。前に母が私の結婚と聞いて帰ってきた姉にそんなことを話していたのを聞いてしまったからなんとなく察することが出来た。結婚するまではこんな感じで腫物を扱うような態度を取られるのだろう。私もそれに甘んじて、今はなんでかな、なんでかなと言いつつ、少しずつ状況を受け入れていく。


 それでもやっぱりいざというときにやっぱり拒否反応というものが出てしまうらしい。結婚式当日、私は彼の目を見ることが一度もできなかった。ただ事務的に終わっていく結婚式を、ここでも傍観者のように眺めていたような気がする。準備の時と何も変わらない表情をしていたんじゃないだろうか。白無垢を着ることは夢だったけれど、全然、感慨もなんの湧かなくて。
 彼と眼を合わせたのはその日の夜。新しく2人で暮らす日向の離れにあるネジさんの家に、私が少量ばかりの荷物を持って(大きな家具はもう誰かが運んでくれていたらしい)越してきたときのこと。玄関前で彼は待っていてくれた。私が来るまで式がつい数刻前に終わったばかりで疲れているはずなのに、ずっと掃除をしていたらしい。右手に白いはたきを持つ彼が、来ないと思ったのだろうか私を見てほっとしたように息を吐いた。目が合ったのはその時だ。

 「引っ越しお疲れ様」
 「…いえ」

 優しく笑いかけるネジさんにそれしか言えなくて、私はふっと視線を斜め下に逸らした。胸が痛い。昔の私だったらきっと今の状況がすごくうれしくて、幸せで、ドキドキしていたんだと思う。でもそんな感情が何も湧いてこなくて、むしろこの人と二人きりでいるということがすごく嫌で、吐き気がしてくる。…ああ、やっぱりあのときにネジさんへの恋心は完全に枯れてしまったんだなって。それを改めて理解してしまって、今はただ苦しい。

 昔は信じることが出来ていたんだと思う。だけど、今はひたすらにこの人の笑顔が、私へに今の態度が、こわい。偽物に見えてしまう。今は確かに優しいけれど、これからあのときのように変わっていくに違いないって、疑ってしまう。ああ、やっぱりこんな結婚、無理にでも断ればよかったんだ!…覚悟を決めるために何度も受け入れようとしていたのに結局思考は降りだしに戻ってしまった。
 もう遅い。何もかもが遅すぎた。忍も辞めさせられてしまって、人と関わることも減った。逃げ道は何処にもない、私はこの人の伴侶として生きていくしかないのだ。


 受け入れるしか、ない。 


「大丈夫だ。怖くはない…後悔しないか?」
「…大丈夫です、ちょっと…怖いけど…よろしくお願いします」
「…ああ」


 初めての夜に、向かい合って一つの布団の上に座り込む。私の肩を優しく抱きながら、きっと彼は私のことを逸らさずに見ていてくれたんだろう。だけど、私はそこでも彼の目を見ることが出来なかった。
 何があったのかは良く覚えていない。気づけば天井だけを眺めていた。粘着的で丁寧な愛撫のおかげで、痛みはなかったと思う。でも気持ちいい、とも思えなかった。ここにいるはずなのにここにいる感覚がなくてただ、終わるのをひたすら待っていたような気がする。
 行為が終わった後なんとなく起き上がって白い敷布団に目を向けてみて、ああ、と息が漏れた。酸素に触れて色が変わったのか、茶色の沁みが転々と。まるで花びらみたいに
散っていたものだから「本当に処女って散らされるものなんだ」なんて他人事のように納得する。それでもきっと恋の花は散りもしなければ芽吹きもしないんだろう。――なんて、私はまた他人事のようにうまい言葉を思いついたと小さく笑った。



 (散った花が再び花開くなんて、そんなのはありえない話)



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 少女はまだ現実を受け入れられない様子。人が変わったみたいに傍観者を気取っています。
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