抱き合う身体の熱に体が麻痺していくのを感じながら、私はまた夕方と同じことをねだった。いつもは意識しないと聞こえてこないネジさんの呼吸の音がやけにはっきりと耳に届く。そういえばキスをするのは今日がはじめてだった。でもそんなことも忘れさせるように、慣れたようにお互いの吐息が鼻にかかったかと思いきや唇が合わさる。ちゅっ、と最初は軽く触れ合う。一度目を開けると、熱っぽい視線と暗闇の中でぶつかった。もう一回と頼む口を開く前に唇が合わさる。いろんな角度から執拗に口づけされていくうちに、身体の真ん中がじんわりと熱くなってきてどうしようもなくなる。息もうまく吸えなくてくらくらしてきたということに気づいた頃には、そっと私は布団の上に寝かされていた。
 あれ、前こんなすごい感じだったっけ?と思う頭はあれど身体はどうにも思うように動かない。だってほら、唇が舌でなぞられていく感覚に腰が震えていく。右手はすごく優しく私の頬や肩を撫でてきて、段々と胸の方に次第に滑ってきて、あ、ちょっと待ってこれ。

 「や、やだ、待って」
 「…やめるか?」
 「ち、ちがうんです。その、なんか前よりなんか色々すごくて、身体が変というか」
 「…ああ、それならよかった」

 私のしどろもどろな言葉にネジさんはしれっとそれだけ返してちゅう、と鎖骨に唇を寄せる。さらさらとした私よりも長い髪が肩にかかるその光景ですらいやらしく感じた。
 なんでこんなに違うんだろう。私が好きだということを認識しているだけでこんなにもこの行為の価値は変わってしまう。前は不愉快だったり異質なだけだった感覚の全てが今は震えるほどに心地いい。
 
 「まるではじめてのときよりはじめてみたい」 

 そんな言葉が飛び出た。直接胸に触れられて、聞いたことのないほど高い声が口から漏れる。熱い吐息がはあっと首筋にかかった。

 「夫婦として本当の最初は今なんだろう」

 なんて言葉をかえされる。確かに、と同意した時にはまた唇を塞がれた。吸いつかれたと思ったら離れて、だけど行きつく間もなくまた違う角度から吸い付かれる。ヂュッと強く一層吸い付かれて、離れた時に小さく「口を開けろ」という言葉が聞こえて、朦朧とした意識の中言われるがままに口を開いた。ぐちゅり、という生々しい音が身体の中で響く。蛇のようなぬるっとした彼の舌が私の咥内を荒らしていると気づいた時、身体の敏感な器官がぞわりと疼いた。ぐちゅぐちゅと暴れる舌は私の歯列をなぞり、舌の上や裏側を撫でるように這い、敏感な咥内の天井部分をそっと舐めとり、最後に私の舌先に絡みついてやっと離れた。侵入されたときよりも響いた水音と、名残惜しさを示すような唾液の糸が羞恥心を煽る。こんなキス当然だけど初めてで、呼吸を荒げながら私は抗議の視線を送った。其処までやるかといった具合で。そんな私の反抗を読み取ったのかネジさんはちょっと困った顔で「これくらいまだ大したことないぞ」と肩をすくめる。そんなこと言われたって。

 「…大したことないって言いますけど、もう十分」

 どうにかなりそう、という最後の言葉はさすがに言うには恥ずかしくて声が萎んだ。だからもうちょっとお手柔らかにと言ったつもりだったのだけど、「そうか」と言いながら首に吸い付くネジさんの眼は完全に草食動物を捕らえる獣のそれだった。ちょっとした恐怖と快楽で背筋が強張る。当然「待って」と言おうとした。けれども私よりもずっと大きくて少し固いその手が胸を撫でた時、言葉は喘ぎで打ち消された。自分でも聞いたことのない無声音に近い癖に高い声が小さく喉の隙間から洩れる。それでも本当にいろいろと待ってほしくて、なんとか高い声交じりに「待って、まって」とストップをかける。不機嫌かつ不思議そうな顔とかちあった。

 「…さっきはじめてがどうと話はしたが、以前も触っただろう」
 「そうですけど!…そうですけど、なんか…」

 そう、何か違う。
 前は胸を触られても首筋を舐められても特に何も感じなかったというか。気持ちよかったんだけどここまで気持ちよくなんてなかった。触られたら当然気持ちいい時は気持ちいいんだけど、「ふーん、そっか。こんな感じか」みたいな感じだったというか、色々と他人事に出来たというか。なのに今は指先一つでどこを撫でられても反応してしまう。身体が疼いて、熱くなって、ぞくぞくして、自分のやり場を失う。感覚が狂う。おかしくなる。なんで?前と違ってキスとかしてるから?これがやっとはじめてって感じがするから?それとも、私がこの人を好きだと思えるから?
 
 「…そうか、それならよかった」

 また人の気持ちを読んじゃったのか、ネジさんはフッとあの口角を上げた笑みを見せてまた胸に手を滑らせる。アッと声が漏れた時には胸元に熱い息がかかった。胸に口づけられながら微かに囁かれる。――前と違うと感じているのはオレも同じだ、なんて。やっぱり白眼って目に見えるモノ以外のモノも見えてるんだと思う。おかげで身体だけじゃなくて心まで翻弄されてしまいそうだ。
 …ううん、既に翻弄されてしまっているのかもしれない。だってそうじゃなかったらこの人のことなんてきっともう一度好きになんてならなかった。向き合いたいって気にだって一生なら無かっただろうし、下手したらこの人と一緒にいることなんて望みやしないで素直に離縁してたかもしれないし。…なのにこの人は昔は何も言ってくれなかった気持ちとか過去とかをアッサリ私に話したり、こっちはずっとつっけんどんとした態度だったのに優しかったり、日向家に歯向かうようなこと言って帰ってきたり…ずるい、本当にずるい。おかげで翻弄されっぱなしだ。今もほら、先端を舐られてどうしようもなくなって、腕にしがみつくことしかできないまま泣きそうな声で喘いでる。
 
 「んっ」
 「…こうされるといいのか」

 いいのかって確認とられても答えようがないというか、答えられない。唇の端を噛み締めてなんとか快感を柔げられないかと気を張ろうとする。だけど気を逃そうとすればするほど、余計に胸の先端を器用にも指一本で捏ね回す感触が全身に響いて首筋が汗ばんだ。
 ハァ、というため息が口許にかかったときだろうか、知らぬ間に強く強く目を瞑っていたことに気づいたのは。そっと目を開けると「まったく」と言いながら私を見下ろす呆れ顔が眼前にあった。顔が迫ってきたと認識した頃にはちゅ、ちゅ、と頬や額に唇が落ちる。大きな手が私の頭を犬みたいに撫で回してくる。また、「まったく」と微かに笑われた。

 「そうまで悦んでくれるのは男冥利に尽きるが…そんなに苦しそうに耐えようとされると先に進んでいいか悩むな」
 「だ、だって」
 
 くすくすと低い笑い声が髪にかかる。それだけでビクッと腰が跳ねてしまった。心臓に悪い笑い方をしないでほしい。いつもは優しい笑みも今この場面じゃなんというかいやらしいものに思えてしまう……のは、私が変態だからだろうか。なんて。
 多分、きっと今のこの人はちょっといやらしくて、それでいて私も変態めいてるんだろう。だって「先、進んでいいか」なんて敢えて確認されて、それで素直に私は頷いてしまったんだから。
 腹に滑らされた手がまた私の感覚を支配し始める。段々下に下がっていく手と、右太股の外側を擦る手が何処にこれから触れようとしているのかを示唆してきて、期待と共に恐怖が湧いた。其処は、ちょっと良いとは思えたけれど最終的には違和感しか残らなかったよくわからなくて、どちらかというと痛い場所だった。あまりいい思い出がなかったものだから自然と身体がこわばる。多分、触れたネジさんもその変化に気づいたんだろう。離れていた身体をぐっと寄せて、「カナデ」と私の名前を呼びながら唇に唇を押し付ける。意図はなかったのだろうけど、そのとき偶々、横隔膜あたりに普通は触れることのないはずのモノがぎゅっと当たった。

 (…あ、これ)

 何だろう、と考えたけれど答えはパッと浮かび上がった。散々気持ちよくしてもらってばかりなのは私だけのはずだったのに、まだ下穿きの中に身を潜めているはずのそれが既に張り詰めていることに気がついて心臓がどきりと脈打つ。完全にちょっとの間だけ触れていたそれに気がいってしまって、既に手は自分でも中々触れないような場所に迫っていたことに直ぐに私は気づかなかった。
 ピチャ、という音がした瞬間ちいさな悲鳴が漏れた。濡れてる、と囁かれてかああと頬が熱くなる。天井から下半身の方に視線を向けてしまったのも大きな間違いで、ばっちりと私は太股の間に割りいって大事な場所と目を合わせるネジさんを見てしまった。いや、確かにしてた。前もそんなことしてた。でもあのときはなんというか他人事だったし気持ち的には人形とかそんな気分だったし、あああ、つまり何が言いたいって恥ずかしくて死にたい。
 
 「…あの」
 「…ん?」
 「っ…!」

 聞きたいことがあったとはいえそこで喋られると息がくすぐったいを通り越してもどかしい。腰がうねりそうになるのを堪えて、「そこそんなに…触ろうとしなくても…」とそこに触れようとしてくれるのをなんとなく拒否する。
 だけど返ってきた返事は無慈悲にも私が間違っている的な姿勢の回答で、「駄目だ。ちゃんと解さないと痛い思いをするのはカナデなんだから」と言い聞かされてしまった。うう、と弱音を吐きながらくぷりと挿入された細いのに固い指の感触を体感する。…やっぱりあまり気持ちいいとかはよくわからない。けど、多分どんな風に入っているかとかそういうの、白眼がなくても今目の前で見られているんだと思うとどうしようもなく恥ずかしくなる。「良いと思ったら我慢はするな」って言うけれどこんなに恥ずかしいなら痛い方がむしろ良い。シーツを掴みながらくちゃくちゃと聞こえる掻き回す音を聞かないように肩をすくめて耳を塞ごうとする。そのとき少しお尻が上がって、ぐり、と指がどこかに当たった。そこが破滅的に気持ちよくて、瞬間なにも考えずにアアッと声を漏らす。それで終わりなら耐えられたのに、実は見えないだけで白眼を使っているのかそれとも勘か、的確にその善かったところまで指が直ぐに追ってきて、どうしようもなく悲鳴が上がった。「捕まえた」だって、きっとさぞ素敵なまでに不敵な笑顔なんだろう。なんて毒を吐きたかったけれどもうそんな余裕、一番敏感な突起と同時に擦られなんかしたらもう汗を全身に這わせて喘ぐしかできない私にあるわけがない。
 一層早く指で擦られて数秒もしないうちに隣家に聞こえていないかのちのち不安になりそうな甲高い声をあげながらのたうつ。瞬間頭が真っ白になって、全身の力がだらりと抜けた。いつの間にか持ち上がっていた上半身がどさりとシーツの上に崩れる。力が出ないのに勝手に爪先がびくびくと痺れているような気がした。ぜぇぜぇと肩で息をしながら迫る唇を従順に受け入れる。脳が痺れてなにも考えられない。舌を絡め返しながら気持ちいい、気持ち良いという言葉を頭のなかで繰り返す。後先なんて考える余裕はもうなかった。肩に腕を回してすり寄って、何度も何度もキスを繰り返す。唾液を唇の端からお互いたらっと垂らしながら汗ばんだ身体に触れ合う。「いいか」と言われたのはその狭間で、多分私も簡単に頷いてて、気づいたときには抱き合いながらシーツの上に倒れこんでいた。ちゅく、と音がした瞬間触れた熱さで朦朧としていた意識が急激に覚醒する。カナデ、と名前を呼ばれると自然と目が合った。何かを確認するような眼がこちらを見下ろしている。少しの間、そのままの状態で無言が続いた。何かを言おうと躊躇うように眉間に皺を寄せているのが薄闇の中でも分かった。じっと見つめ返しながら待ち続ける。大事なことだと分かっていたから、急かすことも流すことも出来なかった。
 ようやく聞こえたのが「貰っていいか」という今更の確認だった。だけどそれがすべてなんだと思う。結婚して初めての時に初夜で既に渡しているだろうとか、そんな野暮な話じゃない。身体の交わりだけの問題でもない。分かってしまったから、心が疼いた。

 「あげる。全部、あげます」

 彼なりの愛の言葉に沿って愛を返した。首筋に彼の髪がかかる。カナデ、と低い吐息交じりにまた名前を呼ばれた。刹那、鈍い違和感が体の中心を走る。数カ月ぶりに響く痛みが身体を圧迫していく。思わず腕にしがみつこうとするとそのまま手を背中に回せと言わんばかりに腕を引かれた。ぎゅうと背中に腕を絡ませると指先に長い髪の毛が絡みつく。縋るようにしがみついて浅い呼吸を繰り返しながら、杭がすべて打たれるまでを耐え続ける。はぁっと今までで一番深い彼の呼吸が響いたところで、「入った」という言葉がやっと聞こえた。緊張感がやっと抜けていく。ぶわっと汗が首筋に滲むのを感じた。外気が冷たいのに身体の芯がやけに熱い。そういう当たり前にさっきから感じていたはずだったのに忘れていた感覚を取り戻すことができる程度に落ち着いたことを確認して、動いて良いと言わんばかりにこくりと頷く。また頬に唇を寄せられて、それからぬるっと何かが抜ける感覚がした。と思ったらぐっとまた中に押し入られる。じくりと中心が疼くと同時にシーツの下で軋む音がした。
 
 「んっ…く、…っ」

 なにかを探るように揺さぶられたり擦られたりを繰り返されるにつれて段々と抜き差しが円滑になっていくのを感じる。違和感が少しずつ失せるごとにまた感覚がじわりじわりと支配されていく。時折私の胸元にかける手がやたら熱くて、なのに心地良いという矛盾が不思議でならない。思わずまた声をあげて喘いだのはどうやら見つけられてしまった瞬間のようで、向き合っていたネジさんがまたニヤリと笑ってそこを執拗に擦り出す。お腹ぐちゃぐちゃにされる、と本能が震えた。

 「ひっ、あ、っネジ、さ…」
 「っ…カナデ、」

 いつもは汗なんて掻かないだろうに。前はもっと落ち着いた眼だったはずなのに。いつもは私の名前、あまり呼んでくる人じゃないのに。獰猛な視線で私を舐りながら腰を擦り付けてくる速度を早める。汗をじっとりと首筋や額から滴らせながら長い髪を揺らして、時折苦しそうに顔をしかめる目の前の光景はあまりにも卑猥で見ているこっちがどうにかなりそうになる。だけど目を閉じると今度はぐちょ、ぐちゅ、ぐちゃ、という内臓を掻き乱す音と、腰を打ち付けてくる音、果てはネジさんのはっはっという熱い呼吸の音が鮮明に聞こえてくるものだから逃げようがない。
 気持ち良い。この状況のすべてが、されていることの何もかもが。もうすがるか啼くことしかできない。狂ったみたいに声をあげて、名前なんて呼んだりして、おかしくなることへの抵抗まで失って。名前を呼ばれる度に背筋を粟立たせて。そうしてどんどん熱を高めていく。きっと彼も同じような気持ちなんだろう。くっ、と小さな低い彼の喘ぎが耳に届いた。

 「…、カナデっもう…」
 「アっ…わ、私も…っ…ネジさ…っ」
 「カナデ、カナデ…!」

 打ち付ける音が、呼吸が、何もかもが昇る詰めた先の果てを目指して加速する。あられもなく足を開いたまま太股の内側に力が入った。抜き差しが速くなってるにも関わらず挿入っているモノの形が段々と鮮明になりはじめる。いっとう大きく私が声をあらげて叫んだのは快感の波が最高潮に達した瞬間で、身体中に瞬間稲妻が走った。シーツの感触すらも敏感に感じとりながら逃げるようにネジさんにしがみつく。ちょうど彼も同じように達したらしく、筋肉を強張らせながら私を抱き返した。腹の中に熱い何かが染み渡っていく。終わったはずなのにぐいっとさらに深々と突き入れられてまた腰が畝った。暫くビクリビクリとそのまま身体を震わせ、やがてズルリと杭が抜かれる。ごぽり、と何か別の液体も同時に入りきらず溢れでていったのをよそにそのまま私は脱力した。




 心まで溶けた
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