いつだっただろうか、私が彼に恋をしたのは。

 かっこいいかっこいいとまわりは彼をみて騒いでいた。そう、彼はいわゆる人気者。
 でも、私は彼が苦手だった。そのあまりにも冷たくて綺麗な瞳が…なんだか、とても恐ろしいものだと思っていたから。
 そんな単純な理由で、私は彼が苦手だった。

 だけど好きになった理由も単純だった。
 クナイを落としてしまって探していた私を、偶然見つけた彼は、一緒に茂みに落ちたクナイを探してくれたのだ。

 『もう落とすなよ』

 そう言って笑う彼は、周りを寄せ付けないあの人気者の姿とは違う、優しい瞳をしていた。

 それが日向 ネジさん。
 私はそれからネジさんを目で追うようになった。たまに目が合うときもあって、それだけでも私は嬉しかったっけ。図書館で本を読んでいたらたまたまネジさんが隣に座ってくれたりしたときなんて時間が止まればいいのにって願ったくらいだったと思う。ちょっとすれ違った時に少しだけ手の甲が触れ合ったときは一日中触れた部分を撫でていたり。
 純粋にあの人のことが好きだった。あの人とは会話なんてものはろくにできなかったけれど、それでも、見ているだけで幸せだった。あの人の視界の中にふとした瞬間には入れるような、そんな距離感でも満足だった。

 だけど、じっと見つめている間にだんだんそんな気持ちに欲が生まれた。
 それは私の気持ちを知っていてほしいということ。別に私はネジさんの恋人になりたいとか、そんなところまではやっぱりその時も望んでいなかった。恋人が何をするかなんてよくわかっていなかったし、そういう目に見えた証は今はいらないと思っていた。私はただ、「あなたをみています」という事実を伝えたい一心だった。
 そして2月14日、バレンタインと言われるその日。もうすぐアカデミーを卒業する時期だったから、このタイミングで「最後だから告白」ということにしようと思って、放課後に私はネジさんを捜していた。

 そのとき見てしまったのだ。
 校舎裏の中庭で、クラスで一番可愛い女の子が、頑張ったんだろう綺麗に包装されたチョコを、顔を赤らめてネジさんに差し出している光景。
 そこまではよくある光景だったと思う。あの人は人気者だから、あの子が好きになって当然だと思っていたし、あの人が告白されるなんて話は日常茶飯事だったから。ああ、こういう感じなんだなって、私もこれからこんな風に告白するんだろうなって、そう思いながらひっそりと息をひそめていた。

 だけど、そのあとの彼の対応が信じられなかった。
 地面に叩きつけられた彼女のチョコ、呆然とする彼女、優しい瞳をしていたはずの好きな人の、冷たい目と毒の言葉。

 『お前のような堕ちこぼれ等、相手にする暇はない』 

 全身の血液が、さっとどこかに流れていくようなそんな感覚がした。見てはいけないものを見てしまったような、知ってはいけないものを知ってしまったような、悪いことをした感覚。…ううん、知るべきだったのかもしれない。見るべきだったのかもしれない。わからない。この感情をどう整理したらいいのかわからなくて、もうこの場にいたくなくて、これ以上あの人の冷たい目を見たくなくて、気がつけば私は走り出していた。

 どうして、どうして、――どうして!?息を切らせながらがむしゃらに走る。逃げ出したかった。見たくないものを見てしまった事実から、知りたくないものを知ってしまった悲しみから、…あの人を好きでいた今までの私から。
 12歳ならわかるはずだ。マナーとか礼儀とか、思いやる気持ちとか。見損なってしまった。ネジさんが人の気持ちなんて何もわかっていない人だなんて思わなかった。
 
 あの人のことが好きだった。あの人のことを好きでいる私のことが好きだった。
 でも今日のこの一瞬で、そんな人を好きでいた自分が嫌いになった。あの人のことが嫌いになった。

 それから私はネジさんのことを目で追うことをやめた。ただひたすら仲間と任務をこなす日々。あわただしい毎日の中で、いつしか私はその人のことを思い出すことはしなくなっていった。
 過去の遺物。嬉しさも、悲しみも、絶望も、もう私の心の中には残っていない。


 それなのに今、そんな好きだった人が、目の前にいる。
 私の記憶の痛みを、呼び戻そうとしている。せっかく振り切れたのに、また、私を侵食しようと、目の前にいる。
 着々と話は進み、気がつけば2人きりになっていたこの状況。
 会話なんてない。何を話したらいいかなんてわからないし正直話したくもなかった。
 だからひたすらに黙り込んでいたせいで、本格的に気まずくなってきた頃、ネジさんが私の名前を呼んだ。呼ばれては返事をするしかないから、「はい」と答えると、目の前には申し訳なさそうなためらいの顔。

 「やはり…オレとは嫌か?」
 「…いえ。別に問題はありません」

 マニュアル通りとでもいうような返事を淡々と返す。女性の忍もたくさんいる。とはいえやはり前線に出るのは男性ばかりで女性はサポート、男性優位の社会で女性が偉ぶる必要はない。…男尊女卑家系である私の家から伝わってきた言葉だ。…そもそも、「嫌か?」なんて聞いてくる理由なんてないでしょうに。こっちは嫌でもそんなことを返せる立場にいないんだから。
 
 「無理、していないか?」

 嗚呼、なんでこんなに優しいのだろう。人の心なんてどうでもいいはずなのに。この人が大事なのは自分のはずだ。それを私は、あの時からもうわかっているはずだ。…この人の言葉に、惑わされてはいけない。
 無理やり笑顔をつくり、笑う。

 「私は、大丈夫です」

 ひとみにうつるあなたの顔が歪んだ気がした。



 そして私たちは夫婦になった。
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