お昼頃、掃除機をネジさんの部屋にかけに行ったとき、机にあるそれを見つけてはっとした。

 「あ、ネジさんお弁当忘れてる」

 今日は任務がないけれど修業がしたいと言って、朝早くにネジさんは家を出ていった。お弁当を作ってほしいと昨日頼まれていたので用意しておいたのだけど、どうやら忘れられてしまったようだ。見送りの時に気づけたらよかったのに。お弁当はしかもあろうことか忍具ポーチと一緒に並んで置き忘れられていた。
 ネジさんったら色々忘れていってるなぁと思いながらひとまずはネジさんの部屋に掃除機をかけ終え、一度私は掃除機を片付けた。もうお昼頃だし、お腹空いてないといいけど…なんて少し心配しつつ上げていた髪を下ろしてエプロンを脱ぐ。それから、ネジさんのお弁当と忍具ポーチを手提げかばんの中にひっくり返らないように慎重に閉まって家を出た。

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 演習場はこの家からそう離れていない。歩けば20分くらいで着くあたり商店街まで買い物に行く距離とそれほど変わらない。ネジさんやほかの忍ならきっと20分もかからずにすたすたと到着することが出来るのかもしれないけれど、あいにく私は昔はそうだったとはいえ今は一般人だ。昔の私ならもしかしたら10分くらいで演習場につくことが出来たのかもしれない。
 (そういえばなんで今こうして一般人やってるのかとか、ネジさんに聞かれないな)
 大したことじゃないし気にされるようなことでもないけれど。

 なんてことを考えながら演習場にたどり着く。でもそこに人の気配はなかった。てっきり行けばすぐに修行している誰かの姿を見ることが出来たと思ったけれどもぬけの殻だ。おかしいな、ネジさんはいつもこの演習場にいるはずなんだけど。
 もしかしてお昼を取りに戻っててすれ違った…?なんて、最悪のパターンが浮かんでくる。できればそうじゃないといいと願いつつ、きょろきょろとあたりを見回して、あの長い髪がさらりと遠くで靡いているのに気づいた。
 あ、と少し声を上げてそっちのほうに向かう。木に寄りかかって胡坐…というか座禅?のポーズをしているネジさんが、静かに目を閉じている姿がだんだんはっきりと見えてくる。ああこういうことが出来る人、というか好む人なのかと思いながら少し間を開けて隣に座ってみる。でも本当に集中しているらしい、私の足音にも気配にもなにも気づかない。

 「敵がいきなり奇襲をかけてきたらどうするんだろう…」

 ぽつりと思ったことを口にする。けれどどうせネジさんのことだ。上忍なんだしそういうときの気配とこういうときの気配はまた違うらしいしきちんと見分けていくのだろう。
 ああそれにしてもこの人の顔をこんなにまじまじと見るのは初めてだ。よく見たら目立つ睫毛が二本あるとか、同じシャンプー使ってるのにどうしてこんなに髪質が違うんだろうかだとか。あ、あと目を閉じている時の顔も見たことがないと思う。寝室は別だし、それに私はネジさんより大体早く寝付いてしまうから。…あ、ちょっとだけうなじが見えた。

 「くしゅんっ」

 なんてまじまじと眺めていて気づかなかったけれど、こうやって木陰にいるとすごく寒い。ちょっとしかここにいない私なんかよりネジさんなんてずっとここにいるはずだけど寒くないんだろうか?このままここにいたら明日あたり風邪を引いてしまうのではないだろうか。だってほら、手を伸ばして頬なんかに触れてみたらやっぱりつめた――

 「…え?」

 そこでぷつりと思考が途切れた。ひやりとした頬に触れた手を慌てて引っ込めて、私は手提げ袋をそのまま地面にそっと置いて立ち上がる。ゆっくりゆっくりとネジさんから距離を取って、それから脱兎のごとく駆け出した。
 いけないことをしたような、どうして私が突然そんなことが出来たのかがわからなくて戸惑う。今、自分から触れてしまった、と。何も悪いことをしたわけでもないのになぜか悪いことをしたような気になって仕方がない。あの場にいてもしもネジさんが目を覚ましたらどういい訳したらいいのかわからなかった。

 触れた瞬間、実はネジさんも意識を取り戻していたということをその時の私は知らない。


(目を開けて引き留めるべきだったか)
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