「へえ、じゃあ頑張ることに決めたんだ」
 「うん、いのちゃんありがとね。たくさん愚痴聴いてもらっちゃって」
 「別にいいのよ。それでカナデの心が軽くなるなら」

 それにこれからは惚気話が聞けるかもしれないしねーとくすくすいのちゃんがあんみつを食べながら笑った。いのちゃんは一つ下だけど一番仲がいい友達だ。よく母のお使いで花を買いに行くことがあったから、それで仲が良くなった。敬語をやめてとお願いしたのは私だ。一つ下だけど、私のほうが年上だけど、でもそんな壁なんて関係ないと思ったから。…結婚の時もお祝いに花を贈ってくれたっけ。結婚は嫌だったけどうれしかったな。本当に、彼女には感謝してもしきれない。結婚前から今に至るまで、ずっといろんな愚痴を受け止めてくれたから。これじゃあ私のほうが年下みたいだ。
 「それで、今日はどうするの?」とにまにま笑われたまま聞かれて、「今日というより当面は家事頑張ろうと思って」と買い物袋を見せて苦笑い。今から何か進展を、と焦っても仕方ないとはネジさんも言っていた。これから先は長いんだし、まずはこの生活に私も慣れたくて。
 ちなみに今日の晩御飯は柚子胡椒を使った生姜焼きとかぼちゃの煮物。先日母から柚子を送ってもらったものがまだごろごろと余っている。何個かははちみつと一緒に煮て瓶詰したけれどまだ余っているから多分今日はお風呂にも柚子が入ることになると思う。そこに加えてかぼちゃの煮物が料理に入るからまるで一足早い冬至の気分だ。いのちゃんは「楽しそうね、家事」とぽそり。なれない分色々と挑戦できるから楽しいのかもしれない。

 「あ、そろそろ待ち合わせだわ」
 「サイくんだっけ?」
 「そ。結婚の日取り確認しようって」
 
 いそいそといのちゃんが鏡を見てお化粧が崩れていないかをチェックし始める。私は空になったあんみつのお皿を確認して、これから帰ってどう手順を踏んで料理をするか悩み始める。今日の朝ごはんをつくるときに結構手際が悪くって困っちゃったし、今度こそはイメトレをしっかりしてがんばらないと。
 チェックが終わったいのちゃんとは、一緒にお店を出てそこで別れた。…でも私は一番大きなことを失念していた。いのちゃんがもしも気づいてくれたら私も立ち止まれたんだと思う。でもそんな情報、当然いのちゃんは知るはずがなかったのだ。 ****

 夕食を出した時、ネジさんが一瞬固まったように見えた。
 一瞬あれ?と不思議に思ったけれど、でもネジさんはなんてことないようにすぐに「美味そうだな」と言ってくれて席につく。私は気のせいだと思いながら向かいに座った。まだあまりうまく言葉は交わせない。どうしても本人を前にすると声が小さくなってしまう。でも多少会話はと思って「あまりうまくできたかはわかりませんが」と苦笑いをした。ネジさんは「気にするな。最初は誰だってそんなものなんだから」と優しい言葉をかけてくれながら「いただきます」と手を合わせる。此処までは本当に、なんてことのない日常の一部だった。
 
 たぶん、向かい合って座っていなければ気づくことが出来なかったと思う。

 違和感はなんとなく、食べるにつれて確信へと向かっていった。そう、ネジさんの箸のスピードがある食べ物に手をつけるあたりでちょっと遅くなる、というか一度止まるのだ。会話がないから無表情でネジさんは食べているのだけど、その食べ物に箸を伸ばす時少し表情が悩まし気になるものだから…なんとなく、気づいた。

 「…もしかして、南瓜…」
 「いや、そんなことはない。それはないぞ」

 嫌いでしたか、という前にネジさんが慌てて首をぶんぶん振った。珍しいオーバーリアクションにああ、と合点が行く。そうか、ネジさんやっぱり南瓜が嫌いだったんだ。私ったら上手に今日は出来たと思ったのにとんでもない爆弾を落としてしまっていたようだ。
 
 「すみません、その…まさか嫌いとは思わなくて」
 「…いや」

 しん、と一瞬部屋が無音になる。申し訳なくなって、下げたほうがいいかなと思って私は立ち上がろうとテーブルに手をかけた。けどネジさんがそれを制するように煮物の入った皿にまた箸を伸ばした。その行動に私はまた慌てる。

 「ね、ネジさん、その、別に無理して食べなくても…」
 「いい。カナデが作ってくれたものだ。例え南瓜でもオレは食べられる」
 「…でも」

 好き嫌いってそういう問題では、と私がうろたえているうちにネジさんはあっという間にお皿の中身を空にしていく。完食してしまったネジさんに私は空になってしまっていたネジさんのコップにお茶を入れて差し出した。なんでこんなにやさしい人なんだろう、と少し泣きそうになりながら。
 「ありがとうございます」と言うとネジさんは苦笑いして「大袈裟だ」と呟く。それから、「オレの好物はにしんそばだ」とネジさんが教えてくれた。こくこくと頷いて「じゃあ明日の夕飯はそれにします」と決意する。泣きそうになっていたのに、ネジさんに微笑まれたおかげかちゃんと私も笑うことが出来た。
 私はちゃんとネジさんを知らないといけないようだ。あのときの事実といい、好きなものと言い、何も知らないことだらけ。そこからはじめていかないと、と思う。目標が出来た。


 (きっとがんばるから信じてほしい)
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