信じられない、と考えていた昨夜の晩、私は眠れなかった。用意したというもう一組の布団に眠るネジさんの背中をずっとぼんやりと眺めていたと思う。頭が追いつかなくて、いろんな意味で興奮していて、とても気持ちを無にして夢の中にはいることなんてできなかった。
でも、彼の話は確かだ。という結論はこの一晩でしっかりと出た。
この縁談は彼が私を選んで申し込まれた結婚で断じて政略結婚ではない。向こうには何のメリットもなく、そしてこちらが日向に取りいる為の結婚でもない。本当に向こうがそろそろ嫁入り時期になった私を好きで選んだのだ。そういうことは縁談を申し込まれてしばらくした時点で分かっていた。だから私の母も大騒ぎしていたわけだ。
で、此処に至るまでずっとわからなかった。どうして彼が私を選んだのか。今日その理由がやっと明らかになったというわけだ。信じられないことに彼はずっと私を好きでいた、と。
整合性は十分に取れている。理解もしているし話もわかりやすかったし私もそれなりに馬鹿じゃないから納得はできた。
ただ、受け入れられない。
だって、私が見たあの冷たい目は嘘じゃない。たとえ相手が違ったとしても、彼は人にそういう目を向ける人なんだ。そしてあんなひどい言葉を吐くことが出来る人なんだ。思いがどうであれ結局それは変わらないし、それに私はまだ、あまり、彼のことを信じられない。
事実がどうであれ、幼い私はまだ傷ついたままでいる。受け入れられなくて、「どうして」「どうして今更そんな優しいことを言うのか」と泣いている。
でもかといって立ち止まってはいられないんだと思う。ネジさんもきっと私がこうなることを覚悟していて選んだんだ。そして私と前に進みたいと考えてくれたから、昔のことを話してくれた。…それも、ちゃんと分かってる。だから、私は応えないといけない。ネジさんが提案してくれた通り、受け入れられるまで、少しずつ。
私はだって、あの時「大丈夫」って答えて角度を決めたんだから。ネジさんの、この人の妻になることを。
遅くなってしまってもいい。きっとあのとき好きだった彼と今の彼が本当に同じ人ならば、きっと優しい彼はそんな私を許してくれるはずだから。それを信じて私は朝、眠れないまま布団から這い上がる。
ちゃんとしよう、ちゃんと受け入れよう、ちゃんと前に進もう。何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら朝の支度を始める。
朝ごはんが出来た頃、匂いにつられて起きてきた彼に私はうまく笑うことができただろうか。
「おはようございます、ネジさん」
(世界がほんのりと、橙に色づいた)