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過去に色々あったからか、あたしにはトラウマがいくつかある。

だいたいは克服したが、いまだに克服できないものが1つ…。

こればかりは無理なのだ。

口に出すのも恐ろしい。

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初任務当日、あたしは集合場所である第二演習場にいた。
少し来るのが早かったらしく、まだ誰も来ていない。

…暇だし、修業でもしよう。
やることがないときは、いつもその結論に陥る。何もしないでいるくらいなら、何か有益になることをしたほうがいい。
今日もそのパターン。いつものように、あたしは印を結んだ。
「伝心法!」
木々を越え、自分の意思を無にして、意識を木々をこえた先に集中する。
そうしたら、沢山の人の心の声が一度に聞こえてくる。
そこからさらに一点に絞り、それだけを捉えることを、最近あたしは練習しているのだ。
もっともっと、遠くの誰かの声を…波の片隅に、その声が響いたのはそう思っていたときだった。

【あの天才が憎い・・・分家の癖に・・・!!】

そくりと、背筋が震え上がる。
足が震えて立っていられない。
誰か、誰かこの身体を封じ込めて。

怖い。
コワイ。
あの声、間違えるわけがない。
あの声、は。

「舞衣?」

後ろから、突然その声は響いた。
その瞬間、痙攣しそうなほど、身体が震える。
耳鳴りが、頭の中からし始める。

…でも、あたしはその声が、【彼ではない】ということに気づいていた。
だから、ゆっくりと、振り返る。…案の定、其処には心配そうにあたしを見るネジがいた。

「どうした?顔色悪いぞ…大丈夫か?」
「あー…うん、大丈夫だよ。ちょっと修業してたら、嫌な心を見ちゃったんだ。もう、大丈夫」

へらっと笑って見せたら、この人はきっと納得してくれるだろう。
お願い、立ち去って、どうせ気づいてくれないんでしょう?
「・・・大丈夫、だから。こっちを見ないで」
呟いたときにはもう、その人はあたしから背を向けていた。

“…そばにいてよ。気づいてよ。”

そんな心の叫びを、あたしも飲み込んでうずくまった。

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それから全員が揃ったときにも、あたしの心はざわめいていた。
それでも、こうしてへらへら笑っていたら、誰も気がつくことはない。こうして人は、いつしか自分の「本当」を見失っていくんだろうなと、ぼんやりとあたしは呟いた。

そんなあたしの考えも、誰かに聞こえることは、大体無い。
覗いてくるのは一人だけ。
当然、その一人からは除外されているガイ先生が、高らかに言った。

「我ら第3班の記念すべき初任務は宝探しだ!」
「「「・・・は?」」」

あたしたちがぽかんとしながら声を揃える中、リー1人だけが「うおぉー!凄いですね!」とはしゃいでいた。
この3日で何があったのだろう。
髪がおかっぱで服装が全身緑と化したリーを見て、呆れた声を出さずにはいられなかった。

任務は初任務だがCランク。
あたしたちの演習の成績が良好だったからだろう。
内容は、波の国の近くにある島国、星の国にあるらしい宝を探すというものだ。

星の国…そこが、ただの星型にかたちどられた島ならまだいい。
ものすごく、嫌な予感がするのだ。
普通の人なら気にも留めないであろう、些細な疑問と不安。
いきなりそれが訪れる前に、あたしは問うた。

「先生…そこ夜は真っ暗とかじゃないですよね?」
「ん?あぁ森に囲まれていて闇だが…どうした?」
「!!…い、いえ…」

嗚呼、終わった。
心の片隅でそう思いつつ、あたしは先生に「なんでもないです」という笑みを見せた。

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また帰り道がネジと同じだった。
ネジは任務について凄く心配していたけど、あたしは平気なフリをした。
きっとすぐばれるってことはわかっているんだけど、今言えば、任務に来るなと言われそうだったから。

そしてネジと別れて、しばらく歩いていたら…あの人が、あたしを待っていた。

「明日、任務だそうだな」
「・・・はい」

こういうときの兄さんが、どんな気分かなんてもう、手に取るようにわかる。

「あたしは忍をやめません」

だから、敢えて先手を打つと、兄さんの眉間に皺がよった。
そして…目の前に手が差し出されたとき、反射的に身体が震えたが、彼はその手を下に降ろした。

「来い。舞衣」
「・・・はい」

嗚呼、涙すら出ない、笑うってなんだっけ?

誰か・・・。

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「舞衣?顔色悪いわよ?」
「ん?ああ、大丈夫だよ。船酔い船酔い」

テンテンの言葉に、舞衣は苦笑の混じった笑いを返した。
…それにしても、身体のあちこちが痛くてたまらない。
何か冷やすものが欲しいと思ったとき、ちょうど遠くから「着いた」という声が聞こえた。
2日くらいかかったが、無事にたどり着いたらしい。

全員、海岸に降り立つ。…舞衣の顔は船酔いなんて次元を超えるほど、青かった。
それは森に覆われ、ドーム状になっている島の外観を見てしまったせいだ。
今更、帰るなんて言うこともできない…。
その事実に、彼女はさらに顔色を悪くした。

ツリーハウスに暮らしているらしいが、島民はあまり外に出ないらしい。
そんな国に少し足を踏み入れた瞬間、光がうっすらとしか差さなくなった。
薄暗い空間、ぼんやりとお互いの顔が見える空間。
異質な世界に眩暈がした。

「今から3組に別れる。オレは1人だがお前らは2人ずつに別れろ!」
そうしてじゃんけんをした結果、舞衣とネジ、テンテンとリーに分かれる。
「舞衣、取り敢えずオレたちはテンテンたちとは反対方向に行くぞ」
テンテンたちが歩き出すのを見てから、ネジが指した方向は、今立っている場所よりさらに暗い場所だった。

(それにしても…)

ちらりと、舞衣はあたりを見渡す。
青空なのに、森やツリーハウスなどの障害物のせいで暗い。
これのどこが【星の国】なのだろうか。
代われるものなら誰かに代わってもらいたい。

落ち着いて、落ち着いて…何事もないような感じを振る舞わなければ恐怖感が増してしまう…!
そう自分に言い聞かせてから、舞衣は引きつった笑みを作る。
そして棒読みで、頭にある台本のセリフを読み上げた。

「行こうかーネジー」
「…お前、様子が何時もと違うぞ?」
「そんなことないよーレッツゴー」

震えながら歩きだす舞衣。
不審げに舞衣を見つめるネジ。
二人は、次第にその闇に飲まれていった。

****

森の奥はかなり暗く、光を探しても見つからなかった。
深海のような島に、光があるのは海岸だけだ。

「気を付けろよ。この下は崖だ」

ふらついている舞衣の足取りが、危険な方向に行っているため、ネジはしばしば周りに気を使っては注意を促す。
舞衣もそれを素直に聞いていた。
しかし、舞衣の足取りは震えていて今にも倒れそうな状態だった。

此処までくれば、隣にいる人間なら、誰でも気づくことが出来るだろう。
そう、舞衣は…極度の暗所恐怖症。
少しでも光がないと数分で失神してしまうのだ。
実際、彼女はもうフワッと意識が飛ぶ寸前までに、限界を迎えていた。
それでもなんとか意識を保とうとしていたのだ。
しかし…やはり限界には変わりは無かったのだろう。
意識を落としかけたそのとき、ついに彼女は、足を踏み外した。

「あっ────!!」
「!…舞衣!」

手を掴もうとしたが、時既に遅し。
数瞬遅れて伸ばしたその手は、舞衣に届くことは無く。
舞衣は、暗い谷底へと落ちていった。

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暗くて見えない。
怖くて寂しい。

ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。

アカデミーに入って、レン兄さんに呼び出されたその日。かなり暗い場所で、光一つない場所で…。

『むかしむかしあるところに』

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次の瞬間、舞衣はハッと眼を覚ました。
見覚えのある部屋の天井、任務に行っていたはずなのにどうして…?
舞衣は疑問を感じながら、起き上がろうと、身体に力を加える。
しかしずきりと、身体中に鈍い痛みが走り、身体はまた布団に沈みこんだ。

「痛…」
「動くな」
少し呻いた瞬間、聞こえた冷たい声に、舞衣は身体を強張らせた。
「…あ、う…」
「…喋るな。傷に響く。…大人しく寝ていなさい」

銀の髪、自分と同じ茶色の眼をしたその人が、乱れた布団を掛けなおした。
そして、あたしの隣に、その人はすとんと腰を下ろす。
それから、苦々しそうな表情で、その人はこの状況について語り始めた。
「…お前は任務中、お前がずっと追い求めていた人間に助けられることも無く、崖に転落して倒れていた。
オレが伝心法を使って、お前の心を見ていなければ、お前はそのまま放置されていただろう。
あの崖の下は、日向 ネジ曰く、白眼が使えない特別な空間らしいからね。
…この部屋で待機していた空羽をすぐに迎えに寄越して、治療をしなければどうなっていたことか」

その人は、ぐっと拳を強く握り締めた。
後ろで、真っ黒い髪の少女がぺこりと頭を下げる。空羽、というその女性は、何があったかは知らないけれど、レン兄さんに恩があるらしい。この首のしるしも、ネジの記憶が変わってしまったのも、この人が仕掛けたことだそうだ。

でも、本当に。いつもはあたしにひどいことばかりするけれど、この人が優しい人だということは、あたしが一番良く知っている。
あたしが憎いはずなのに、この人はあたしに優しいのだ。
だってこの人はこうして、あたしのことを助けてくれた。

ネジではなく、この人が。

「レン…にいさん…」

ああ、なんて、優しい人。
痛む包帯だらけの腕を、ゆっくり彼に伸ばすと、彼はいつもよりも優しく手を握り返した。

・・・ネジの顔が、脳裏から薄れていく気がした。

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数日して、舞衣は再び演習場に訪れた。
別に任務があると言うわけでもない。
ただ、鈍くなった身体を少しでも動かしたかったのだ。

治療されたとはいえ、松葉杖が必要なその身体を、ゆっくりゆっくりと前へ前へ進めていく。
しばらくして、木陰で座禅を組むネジを見かけた。

「…久しぶり」
近寄って、声をかけてみる。
よっぽど集中しているらしい、返事はなかった。
それでも、舞衣は話を続けた。

「あたし、もう、ネジに頼るのはやめようかなって、この数日で思ったよ」
この数日、彼は舞衣にすごく優しかった。
まるで昔の二人に戻ったかのように、優しかったのだ。
「…でも、正常な形ではないんだろうね。
こんな複雑な気持ちになるんだったら、チームわけでグーなんて出すんじゃなかったよ。
ネジに、助けて欲しかったな」

「…もう、いまさらの話か。また悩み事が増えちゃったよ」

ネジの馬鹿。
そう呟いてから、舞衣はネジの頭を指で小突いた。
それでも反応が無いと言うことは、どうやら寝ていたらしい。
舞衣は今の独り言を聞かれなかったことに、少し悲しさを覚えた。

静かに、空を見て、呟く。

「もう、諦めちゃおうかな」

その言葉さえもネジの耳には届かなかった。

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兄さんが何をしたいのかは分からない。

でも、あたしが救われることを諦めたら、

兄さんは優しくなってくれるのではないだろうか?

微かな希望が揺らぐ、あたしはどうしたらいいのだろう?

…大丈夫、まだ一人じゃない。

ネジも闇の中の住人なのだから…。

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闇の中の葛藤
小さな希望を取るか、すべてを諦めて彼に屈服か。
あたしはどうしたらいいのだろう。


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