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不思議だ、彼といると運命は変わらないということを忘れそうだ。

でも現実は甘くない、本当は変わったようで何も変わりはしない。

分かっている、だから悲しいんだ。

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今日の空も澄み切っていた。
その下に広がる森と、開けた場所。
其処に立つ5人は、集合30分前にはしっかりとそこに揃っている。
それが嬉しいのだろう、ガイ先生は満足げに頷いた。

「全員集まったようだな…。今日やる演習を早速話そう。
不合格の場合、アカデミーに戻ることとなる・・・鈴取り合戦だ!」

…聞いたことがある。
卒業したはずの先輩が、なぜかアカデミーに戻ってくるということがあった。
そして、その先輩はあたしにこう言った。
「演習で落とされた」と。
そこで絶望して忍という道を諦めた人も中にはいるらしい。
…まさか、いきなりそれをやるなんて。

「オレが持つ鈴は3つ。それを取った者が合格だ!制限時間は3時間!では、よーいはじめ!」

しかも集まって、動揺している中、いきなり開始するものだろうか?
とにかく、まずは隠れよう。
あたしは森の隅に、身を潜める。
それにしてもこの男・・・どこまでマイペースなんだろうか。

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開始から5分が経った。
こうして隠れていても埒が明かない。
いい加減、誰かを捜そう。
この演習は、「そういう目的」の下にあるはずなのだ。

だから、あたしは動き出す。
茂みを揺らさないように、悟られないように、ゆっくりと動く。
ネジを見つけるのに、時間はかからなかった。

「あ、いたいた…ネージッ」
「…お前も気づいたようだな」

小声でネジを呼ぶと、白眼を発動させたまま、ネジも小声で言葉を返した。
その口ぶりからすると、どうやら彼も気づいたらしい。
一番気づいて欲しいことには気づかないくせに、こういうときは聡くてずるい。
…まぁ、これから気づいてもらえたら…いいんだけど。

「鈴が3つしかないなんて仲間割れに仕向けてるって丸わかり!
…ここで求められることは絶対チームワーク!…というわけで、伝心法」

ちょっと特殊な印を組み、胸に手を当てる。
瞬間、頭の中に流れてくる沢山の人の心。
その中からリーとテンテンの心を捜す。
それまでの時間は比較的短かった。
肉体的に距離が近いからだろう。ガイ先生の後ろに集合するようにとだけ伝えてから、あたしは手を下ろす。
そのまま、苦しくなって思わず咳き込んだ。

――ああ、もう、終わりが近いんだ…。

少しだけ、寂しさを覚えた。
でも、もうすぐで、この苦しみからも解放される。
それを考えると、どちらが幸せなのか、少し分からなくなった。
そんなあたしの胸中を、彼に悟られないように、あたしは笑顔を作る。
「行こう、待ち合わせをしたの」
そう言うと、彼は何も言わずに頷いた。

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二人はあたしが指示した場所で、ちゃんと大人しく待っていた。

「ごめんね〜待たせちゃって」
「大丈夫、今集まったわ!」
「それより、作戦を考えましょう!」
「ううん、そんなことしなくていいよ」
残りの3人が不思議そうに目を見開き、信じられないといったようにあたしを見つめる。
「昔からね、話を考えたり、座って考えることのほうが得意だったの。
無茶振りはいった作戦かもしれないけど…とりあえず、ほかに意見あったら、加えたり改善しよう?」
「わかったわ。それにしても、本当に舞衣って凄いのね!」
「あはは…作戦聞いてから失望されたら怖いな。その言葉」

苦笑して見せてから、あたしは淡々と、考えていた作戦を言う。
それが的確かは知らない。無茶振りをしているかもしれない。
この三人の情報なんて少ないのだ。
テンテンが何を使って闘うかの把握は、まだ出来ていない。
だから、妥当なものを選んでみた。

…話し終えてから、あたしは三人の返答を待つ。
一番最初に笑ったのは、テンテンだった。
「…いいんじゃない?」
「了解です、舞衣!」
「意義はない」
口々に3人がそう言う。
よかった、どうやらこれで大丈夫そうだ。

「よーし決まり!じゃ、今から作戦開始ね?5分後には、ぜーんぶ終わらせようねっ」

茶化すように笑って見せると、ほか3人も、少し楽しげに笑った。

****

あれからずっと、演習場のど真ん中にガイは立っていた。
暇だ。早く誰か来ないものか、そう思いつつ、彼は待つ。
気配を感じたのは、そう願ってからすぐだった。
彼は振り向き、笑う。

「お前1人で来たか…いくらお前でも一人では無理だぞ、ネジ」
「フッ・・・それはどうだかな」
柔拳の構えを取り、白眼を発動しながら、ネジもまた不敵な笑みを浮かべ、ガイを見るフリをして舞衣たちを見た。
(定位置に着いたようだな…はじめるか)
ネジはチャクラを手に集中させ、ガイの懐に向かって走り出した。

****

「3分経過。ネジ、上忍相手によく頑張ってるね。
ガイせんせーはまだ余裕みたいだけど…この位でいいや!じゃあリー!テンテン!」
「OK!行くわよ、リー!」
「了解です!」

ネジとガイは攻防を続ける中、リーは瞬時に草むらから飛び出した。
そして、ガイ先生に向かって背後から蹴りを入れにかかる。
しかし、ガイ先生は当たり前のようにガードし、そのままリーを吹き飛ばした。

…かかった。
あの教師の性格上、攻撃も豪胆だろうと思っていた。
豪快な攻撃は、パワーがある。
しかし…その分、隙が生じやすいという弱点もあるのだ。
予想通り、隙が生じたガイ先生の腹部にネジは、柔拳を食らわせる。これで変わり身を使うことが不可能になった。
そして、次にテンテンが煙玉を投げる。白くなった風景、狭くなる視界。
あたしもいよいよ地面を蹴って走る。そして、印を組んだ。

「完璧よ…まさかここまで上手くいくとは思わなかった…!
あたしたちの勝ちね!現象法・木縛!!」
「なっ…!」

地面から生えてきた木が、先生を縛りあげる。そして、身動きが出来ぬように、封じ込む。
先生は、慌てて木から抜け出そうともがきだす。でも残念、逃がすつもりなんてないの。
手を前に伸ばす。これで、生えてきた木と、木に触れているものは石化するのだ。
とりあえず、足に絡みついていた木を、縛る。

…でも、やっぱりまだ諦めきれないらしい。
「ふんぬーっ」と、叫びながら抜け出そうとする往生際の悪い教師に、あたしは笑った。
嘲笑と、けん制の意味をこめて。

「動いたらガイ先生の身体も木と一緒に石にします。大人しくしてください」

…よしよし、やっと動かなくなってくれた。
すっかり牙を抜かれたトラみたいに動かなくなった先生の服から、鈴を3つ奪い取る。
そしてそれを、テンテン、リー、ネジに手渡した。

「4人とも鈴を一度手に入れたから、これで先生の負けだね」

さて、もういいかな。
印を組んで、木から先生を開放する。
それと同時に彼は点穴を突いたりしたせいか、地面にそのまま倒れ伏した。
慌ててリーとテンテンが駆け寄ると、ガイはぐったりとしながらも、2人に支えられてなんとか立ち上がる。
…正直、大袈裟過ぎないだろうか?少しだけ、あたしは目の前にいる上忍であるはずの男にあきれを感じる。
当の本人はというと、ふらふらした酔っ払いのような千鳥足で、あたしの後ろにある木陰に座り込んだ。

「少しやりすぎたわね。…でも、舞衣って意外と怖いわね…」
「あははっそんなことないよ〜…脅しには最適だから、ね」

木縛はもともと拷問のために開発された術だそうだ。
だから、使い方としては間違っていない。
でも、やっぱりテンテンは怖いのだろう。
すこし、冷や汗を流しながら笑っていた。

それから、ガイ先生のほうに、視線を移す。
…どんな表情を向けて笑えばいいのか分からないのだろう。
崩れたような顔で、あたしを見ていた。

「流石、オレが受け持つ愛弟子たちだ…誰が考えた?」
「舞衣です!凄いんですよ〜話し合うまでもなく僕らの能力1つ1つを分析して最適な作戦をたてたんです!」

リーが笑顔で答えるとガイはああやっぱりな…と呟く。
…さすがに謝ったほうがいいのだろうか。ここは謝ったほうが、好感をもたれそうだ。
だからあたしは頭を下げて、それから無邪気に笑って見せた。

「ごめんなさ〜い、やりすぎちゃいました。
でも背後からリーが攻撃してもあなたならガードするでしょう?
だからガードしたその隙に点穴をネジに突いてもらって、変わり身を使えないように仕向けたの!
そしてテンテンが煙玉を使えばもう…あたしの思うがままです。
わざわざ手加減をしてくださり、ありがとうございます。
おかげで先生の身体を風で切り裂く必要が無くて助かりましたよー」

・・・しまった。黙り込んだまま震えてる。
つい呆れを別の言葉と変え、口にしてしまった。
…でもまぁ、そのまんまの言葉を出してしまったら、空気が悪くなるのは必至だろう。
ガイ先生も、少しだけ笑ってるし…まぁ、いいとしよう。

「…まぁいい、合格だ!第3班は3日くらいしてから任務を行うが・・・その前に病院に・・・ガハッ」

ガイ先生は血を吐いて気を失い、そのままどさりと倒れこむ。
「…やっぱりやりすぎたかな」
呆れが倍増した。ちょっと点穴を突かれただけですぐこんなになってしまうなんて。
…ああ、でもたまに木を形成する際にチャクラを吸い取ることも稀にあるって話を聞いたこともあるし、さっきネジは心臓のほうを狙っていた。

…とりあえず、ここに放置するのも流石にどうかと思うし、あたしは印を結ぶ。
その瞬間、ぶわりと周りに風が吹き荒れる。
美瑛一族特有の術のひとつ、風を物体化させ、刃としてクナイ代わりに敵に投げつける術の応用。
その風でガイ先生を掬い上げ、そして…。

「よろしくお願いします」
「えっちょ…なんで俺がいるってわかったの!?」
「視力には自信があるのでっ。そんな卑猥な本を読める暇があるならこの人どうにかしてください!」

投げ出した先には銀髪の顔半分以外露出の無い男。
何かの本を片手に持っていたその男は、先生を条件反射で受け止めてあわてだす。
ところであの人は誰だろう、あんなこれ見よがしにR18と書かれた本を読んでいるから、多分相当たる変人なんだろう。
****

アレからすぐにやることを失ったあたしたちは解散した。
でも帰り道は、ネジとあたしはやっぱり同じなわけで…。

「お腹空いたぁー」
うんと、ネジの前で背伸びをする。
彼は、苦笑しながら、あたしを見ていた。

「お前…今何時だと思ってるんだ?」
「…昼間の1時。先生運び込んでからこうやってだらだら歩いてたから」
「まぁ確かにそうだが…昼くらい抜いても問題ないだろう」
「そんなんだから女の子みたいに腕細いんだよ、ネジ。
自己紹介のとき、あたしのフォローが無かったら絶対女だって思われてた」

きゅっと、あたしはネジの腕を掴んでみる。
あたしに比べたらまだ太いほうだけど…やっぱり細い。
だって、あたしの手のひらに、あとちょっとで手首がすっぽりはまっちゃいそうだもの。

すると、ネジが突然、あたしの手を振り払おうとした。
「っ…お前は恥ずかしいと思わないのか!?」
顔を少しだけ赤くしながら、ネジはあたしを睨む。
…そう言われると、もっとからかいたくなる。
羞恥心を煽って、辱めるのも良い。
…少しだけ、復讐をしたという気分になれるから。

だから、あたしは「照れてるのー?」と、ニヤニヤと笑ってみせる。
それから、手首からその手のひらに指を滑らせて…そのまま、指と指を絡ませた。
恋人つなぎという奴だ。

「っ!?…は、離せ舞衣…」
期待通りの反応を返してくれる。
本当に恥ずかしそう、もしもここにリーとテンテンがいたらどうなっていただろう?「やだー。別に大丈夫だよ。ネジなら外見女の子だから、誰も何も違和感感じないって!」

女子にするように、繋いだ腕を振る。
すると、ネジは呆れながらため息を吐いた。
「全く…お前はアカデミーの頃からそうだったな」
「あれ?もしかしてあたしのこと見てたの?」

…少し、意外だと思った。
見ていたなら、普通気づくだろうに。

「当然だ、あんな事があったんだからな。お前も見てただろう?」
「あ、気づいてた?」
「当たり前だ…」

…呆れてものも言えなくなった。
当たり前だというくらいなら、もっと細かいところまで、あたしを見て欲しかったよ。そう、あのことを思い出してくれるほどに。
だから、あたしは、敢えて会話をそらした。
もう、話しても無駄だと思ったのだ。

「それより、お腹空いたから、何か食べに行きたいな。ネジの奢りで」
「お前な・・・次奢れよ」
「はーい!」

繋いだ手はそのままで、2人は歩き出す。
笑いながら、話を振ると、ネジも普通に返事を返し、たまに笑う。
それは、周りから見れば、本当に幸せそうな光景なんだろうなぁなんて、少し泣きたくなりながら。

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アカデミーの頃から、あたしたちはいつもお互いを視界に入れていた。

しかしあなたは忘れてしまった。

大切なことを忘れてしまった。

どうして助けてくれなかったの?

もう手遅れだよ。

あなたが好きだ。

それでいて憎い。

…咳がついに出始める。

意外に早かった。

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二つの表情
「どこ行くー?」「…蕎麦屋」「もしかして好物って蕎麦?」「…にしん蕎麦だ」「…変わってるね」


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