*


今日の朝は少し違う。
そう、舞衣は心の中で、ふと思った。

昨日、アカデミーをくの一トップで卒業し、今日はいよいよ未熟だが忍として、生きるための班編成が為される。
今年は卒業生の人数が三の倍数ではないから、どこかがフォーマンセルになるらしいがどうなるのだろう?
そう思いながら舞衣は、机の上にあるキーホルダーを手に取る。
ピンクの羽根のついたキーホルダーだ。

──あの人は、いるだろうか?
…そう思いながら、首に新品の額あてを巻きつけ、舞衣は靴を履いた。
「では、父上、母上。行ってきます」
最後に、玄関で舞衣は小さく呟いて、誰もいない美瑛家から駆け出す。

たった1つの希望を抱いて。

****

昨日まで同じ教室で話をしていた仲間たちはもちろん、よそのクラスの者もいた。
周りが緊張やこれからの期待で、ザワザワとしている中、舞衣はじっと席に座り、ぼんやりと空を眺めていた。

(綺麗な空・・・)

雲ひとつない蒼空、何度この空を飛びたいと願っただろう?
小さい頃はずっと願っていた。このどこまでも綺麗で自由な空へ羽ばたきたいと…。
いや、確かにあのときは【飛んでいた】のだ。
(『鳥が空から羽ばたいて』…か)
ハァ、と誰にも気づかれないくらいの溜め息をついたとき、はじめて舞衣はそれを見た。

「あ…」

思わず、声が漏れた。
さらさらと風に靡く、黒い絹のような髪。
白く真珠のように綺麗な瞳は、舞衣もよく知っている一族特有のもの。
その瞳にも、青空が映っていて、舞衣はしばらくその瞳の中の蒼に見とれた。

そのとき、高らかな声が耳に届き、舞衣は我に帰った。
前を見ると、アカデミーの教員であるイルカが、ここにいる人の名前を呼んでいる。
どうやら、もう班編成の発表がされていたらしい。
彼女は注意深く、それに耳を傾けた。

「第3班!日向 ネジ、テンテン、ロック・リー、美瑛 舞衣!この班は特別4人だな」

日向 ネジ…。
ドクンと、心臓の鼓動が早くなった。
日向 ネジは、舞衣と同じくアカデミーをトップで卒業した男だ。
美瑛一族の親戚にあたる名門、日向一族の分家で、彼は日向始まって以来の天才と言われ、周りは彼を語るとき「分家であることが惜しい」と口々に言っていた
…舞衣もそれは同じなのだが。

いや、それだけじゃない。
彼は舞衣にとっては特別な存在…舞衣はもう一度、忍服のポーチからキーホルダーを取り出して、眺めた。
(これも運命なのかな…ずっと見てきたけどまさか間近でまた話すことができるなんて…)
誰にも気づかれない程度の微笑を舞衣は浮かべてから、指示通りの教室のすぐ近くに向かった。
****

『…月…日の晴れ。今日はいよいよ下忍になるための班分けがされた。
同じ班にテンテンがいて助かる。気心知れた友人で安心した。
知らない人だがリーという人も一緒にいる。名前は聞いたことはあるけど、どんな人かは知らない。話があえばいいとは思う。
都合がいいんだか悪いんだか、同じ班にはネジもいた。色々なことがあったから、正直不安だ。気づかれないほうがいいのは分かってる。どうなるんだろう、行って来ます』

持ち歩いている小さなノートを閉じる。
アカデミーで出された宿題から始まったものがこれだ。なんとなく習慣づいてしまったそれは、今もずっと続けてしまっている。

ふと見あげた空はどこまでも澄んだ青空。
眺めていると落ち着くのだ。心が穏やかになる。
舞衣はしばらくそれを眺めでいた。

****

少し遅れてしまった。
慌てて教室に行くと、そこには既に同じ班員となる3人の姿。
どうやら、自分を待っているらしい。
舞衣は慌てて、その教室の中へ駆け込む。
その瞬間、油断と焦りのせいだろう。
躓き、バランスを崩した彼女は、見事に顔面を強打した。
鼻がじんじんする。
頭も打ったから馬鹿になっていないだろうか、不安だ。
こういうときに限ってドジを踏むのが、自分の悪い癖だ。
それより、痛い。

「あ、あう〜…いたい…」
思わず、素で変な声が出た。
こんなときまで「演技」なんか出来るわけがない。
本当に、それくらい痛くて、痛くて、涙が出そうだった。

「ちょっと舞衣、大丈夫?」
聞きなれた声が頭上から響く。アカデミー時代から話をする友人の手も見えた。
「テンテン…ああ、うん。大丈夫…鼻打った…」
「ああもう、すぐ冷やしなさい!はれたら可愛い顔が台無しよ?」
「いや、腫れても腫れなくても変わらない残念な顔だから大丈夫だよ」
「またそうやって自分を卑下する」
「…本当のことよ」

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ素でにらむと、彼女は「あら」と呟く。
それからあたしの耳元に顔を近づけた。

『…あんた、もしかして演技やめる気になったの?』
『まさか。続けるわよ。相手はネジよ?気づかせるつもりなんて無いわ』
『…へんな片意地張るのは止めなさいよ。きっとネジだってあんたのこと、』
『もういいのよ』
つきりと胸が痛む。
その時、煙と共に叫び声が部屋に響き、全員がそれに振り返った。

「青春してるか──!!お前ら──!!!」

空気が、一瞬で凍てついた。

****

あれから移動し、ようやくさっきの騒ぎの元凶が「と、とりあえず」と、口を開き言葉を発した。

「ま、まぁとにかく…全員集まっていることだから、自己紹介をしよう!
まずそこの…黒髪長髪のキミから!」
「日向 ネジ…他に答える義務はない」
「あれぇ?じゃあ女の子にも見える外見だから、性別は確定されないままだよ?いいの?」
舞衣の茶化したような言葉に、ピクリとネジの身体が跳ねた。
そう、彼の性別はこのままでは未確定となってしまうのだ。
このまま女扱いをしてあげようか…そう思うとわくわくしてきたが、観念したのだろう。
ネジは「性別は男」と呟き、舞衣を睨みつけた。

「はっはっはっなかなか面白いメンバーだなぁ。…じゃあ次、そこの着物のキミ!」
「はーいっ!美瑛 舞衣です!
好きなものはまぁいろいろですけど…嫌いなものは南瓜や異常に甘いもの…クリームとかです。
趣味は読書、使う術はややこしいですが自然を操ったり…かな?」

「僕はロック・リーです!好きなものは激辛カレー、嫌いなものはありません!!趣味は努力です!!体術を使います!!
そうだ、ネジ君。さっきの自己紹介に血液型を足さないと、輸血のときが大変ですよ」
「輸血などしない」

「…あたしはテンテン、好きなものはゴマ団子で嫌いなものは梅干ね…趣味は占いで飛び道具を使うわ!
あ、ネジだっけ?嫌いな食べ物は言うべきよ。任務とか困るでしょ?」
「余計なお世話だ!」

男が立ち上がり言った。
「私は木ノ葉の碧い猛獣!マイト・ガイだ…!!!」
キラーンと歯を光らせるガイ。
暑い、なんだろう、この人の持っている空気全てが暑苦しい。
第一、格好がおかしい。
今まで色んな人を見てきたが、全身真緑タイツにレッグウォーマーの忍を見たことはなかった。

ますます凍てつく空気。
しかし空気が読めないのか読めているのか、無視してガイは話をさらに進めていく。

「今日からお前たちも下忍になった!お前たちの目指すものを聞いてみたいぞ!うむ」
「答えたくない…」
真っ先にネジがそう言い、クスリと横で舞衣は笑った。
本当にこの人は、相変わらずとしか言いようがない。
「あたしはみんなを支えられたらいい…かな?まだわかりません」
「あたしは伝説の三忍綱手様のような強い忍者になりたいなぁ…」

そしてリーが、いきなり手を挙げ、「せんせ―――!!」と、声を上げた。
そのすさまじさに、テンテンがビクッと驚く。
しかし、リーはお構いなしというように、平然と、言葉を続けた。

「たとえ忍術や幻術が使えなくても───立派な忍者になれることを証明したいです!それがボクの全てです!!」

真っ直ぐな目だった。
純粋で、曲がることの無い眼。
しかし、その言葉はネジの嘲笑に否定された。

「キミィ!!何がおかしいっ!!」

バッと、自分を笑ったネジを、彼は指差す。
しかしネジは冷たく、そして笑いながら言った。

「お前…忍術も幻術も使えないって時点で忍者じゃないだろ。何だ?ボケか?」

その言葉にリーは目を見開いた。
みるみるうちに悲しそうな顔に変わっていく。
しかし、その表情を変えたのはガイだった。
「熱血さえあればそうとも限らないぞ!!」
「!」
「フフ…良きライバルと青春し競いあい高めあえばきっと立派な忍者になれるさ!!努力は必要だけどな!」

テンテンもその言葉に少しだけ笑っていた。
ネジはくだらないという顔をし、ふっと景色に目を映す。
舞衣も、景色に眼を映した。…そこに、表情は無かった。

****

それから明日ちょっとした演習を、9時に第二演習場ではじめることを告げられ、6人は解散した。
帰り道を1人で歩いていく。…はずだったのだが、美瑛と日向を挟む森まではネジと道が一緒で、結局、自然と二人は並んで歩くこととなった。

しかし、お互い何も話はしない。
無言で、とぼとぼと、森の中を歩いていく。
しかし…それでいいのだろうか?舞衣はふと疑問に思った。
仮にも親戚であり舞衣にとっては特別な存在。…此処は何か話しかけるべきかもしれない。

舞衣は、ゆっくりと口を開く。
まるで、話しかける言い訳を探していたようだと、自嘲しながら。
しかし、ネジから先に話しかけられてしまった。
「舞衣」、と。
努力を返せと本来なら言うべきところだが、残念ながら今の舞衣に、そんな余裕はない。

「…何だその反応」
「ごめんなさい。びっくりしただけ」
「そうか、それは済まないな。それより…元気そうで良かった」

ネジのその言葉に、舞衣は、ぴたりと立ち止まった。
…泣きたくなった。
首に手を当てると感じるそれ。引き合わされた、これによって。
そして目の前にいるこの人は、やっぱり何も…。

「・・・舞衣?」
突然笑みを無くした舞衣を不審に思いネジは声をかけたが、舞衣は、思い出したように笑った。
「ごめん、なんでもないよ」

…このままだと、空気がまた重くなりそうだと、舞衣は思った。
だから、彼女は巧みに話を摩り替えていく。

「そういえば、こんなふうにネジと話すの久しぶりだね。覚えてた?あたしのこと」
「あ、ああ。アカデミーの入学式の次の日に、道端で泣いている奴を忘れるわけがない。あのときは早くも授業に着いていけないとかで、泣いているのかと思った」
「ああー確かにね」

──本当ハ何デ泣イテタト思ウ?
その言葉を、舞衣は気づかれないように飲み込んで、笑った。

「じゃあね!明日頑張ろっか!空羽にはキツく言っとくから」
「…あぁ」

日向と美瑛の集落への分かれ道で、今日のあたし達はお別れをする。
ネジに背を向けて、しばらく歩いたところで、あたしはまた振り向いた。

「…気づく、かな」

小さく、その言葉が漏れた。

****

闇を持つ者同士なら、必ずその闇を感じとることができる。

あたしはあなたの闇を知り、あなたはあたしの闇を知る日が必ず来るだろう。

とりあえず今は道化師のように笑い泣いておく、それだけだ。

ごめんなさい、あたしは悪い子です。

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始まりの朝
今めくり出す物語の1ページ。
これはまだはじまりの序章に過ぎない。


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