EDその後


――どこへでも生ける自由とは、どこにも居場所がないということと同じだと、何かの本に書いてあったような気がする。

はためかせる。その先に答えはない。
いや、その答えはまだ探している真っ只中であった。そのはず、だった。
見つけるために羽ばたいていた、求め続けているはずだった。いつからだろうか、この身からその探究心も、希望も削り取られてしまっていたのは。
否、違う。希望はある。探究心もある。かすかに、この胸に残っている。だからこうして自分は翼を広げてはためいているのだ。――ただ、その想いは、もう消炭と変わろうとしているというだけで。


べちゃり。投げつけたそれは地面と同化する。潰れたトマトのようなそれに、かさりと現れた蟻が絡まった。鮮やかな色が、茶色の地面と、黒色の蟻と混ざり合って同じ色になろうとする。
その様を見つめながら、もうひとつ。地面にとけていこうとするそれにぐさり。綺麗な水色の瞳がぼろりとこぼれる。無理やり薙刀の刀を突き刺すと、青空と夕焼けが混ざり合った。
黒いお腹をぬぐリぬぐりとかき回す。肉のかたまりを挽肉にするような単純作業。僅かな反発感と、弾力が死後硬直の進行を伝えてくれる。

いったいどれほど、この長い時を歩んでいることだろうか。
一日、七日、一年、十年?…分からない。考える必要はない、考えても無駄なこと。時は解決を与えない。
自分が羽ばたく理由、そのすべてが答えなのだ。
自分がたどり着くべき場所を見つけるまで、それは解決しない。自分が本当に行くべき場所に迎えに行かない限り、すべての答えは見つからない。


「舞衣、ちゃん」
ふと、誰かの声がした。片方しかない瞳が、これでもかと大きく膨らむ。綺麗な闇色、すべてを飲み込む黒い色。
黒い色が、あたしの手の中のものを奪い取る。これは駄目、使っちゃ駄目と何度も何度も言い聞かせる。仕方ないから別のものを取り出して、別のもので別のものをぐちゃぐちゃすると、黒い色はそれも奪い取った。

「じゃあどうしたらいいの?」
ならどうすれば良い?
場所とはどこだ、行かねばならぬ場所とはどこだ?そもそもここはどこだ?――は誰だ?――とは何だ?なにをすればいい?何をしたなら許される?どうしたら取り戻せる?

「取り戻しに行けばいいんだよ」
無我夢中で翼を動かす。行き場はない。もうこの行動にも飽きてしまった。確か遠い昔までは、この自由にも憧れていたような気がするのだが、この自由を望む相手は――ではなかったような気がするのだ。では、いったい誰だと、
「もう、楽になっていいんだよ。疲れただろ?」
白い月が、白い鳥の背を押す。――嗚呼、

「ネジ、」
「舞衣、」

さらさら、風になって融けていく。
待ち望んでいたその「時」、時が解決してくれるとはこのことか。
ああそうだったわ、どうして今このときまで忘れていたのかしら。
翼が融ける、剥がれ落ちる。
たどり着きたかった場所、待ち望む彼女の隣。
そうだったな、オレは此処を望んでいたはずだった。

――お前は、生きろ。
――嫌だ。
そうだな、お前はそう強く願っていたな。
結局オレは最後の瞬間すらもお前を理解することが出来なかった。お前の幸せは、居場所はオレではないと最後まで疑問を持ち続けていた。信じていたらよかったのだ、何があってもお前が帰ってくることを。そして最期に願った自由も、結局はお前を理解していないという証に成り果ててしまったということか。

そうだね、そう言ってくれていたわね。
結局あたしは最後の瞬間すらもあなたを信じてあげられなかった。心のどこかで疑い続けていた。でもあなたは最期まで、あたしの幸せを願っていたのね。
ごめんね、最期の約束まで破っちゃって、ごめんね。でももういいわよね、あたしきっと、あたしなりに、

「そうだな、お前はもう十分・・・生きたよ、舞衣」
「おかえり」

永遠の約束
もう二度と疑わない。望んだ居場所は此処にある。
たとえここが深い海の底だとしても。



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