ガマズミ


ゆらゆらと揺れる。揺れる。
薄闇の世界、ぎゅうぎゅうと密着しながら揺れる。揺れる。
響くのはぐちゅり、ぐちゃぐちゃという水音とお互いの荒い吐息、誰かの嬌声。

『ねぇネジ、これからもずっと一緒に居られるよね』
『此処にいろ』
『離れないで』
『逃がさない』

絡みつくように、しがみつくように心にも身体にも纏わりつく。
離れないでとつなぎ止めるために、言葉だけでは足りないと。
究極の逃げ、逃避。
でももう、それしか道は残されていないような気がした。

怖いのだ。
迫り来る恐怖が、訪れる終焉が。
回避出来ないことは知っている。せめて一つだけ手放さないようにと。
今此処にいる、消えることのないこの人だけは。

****

どこかで見た、いや、感じた光景。
嗚呼、あたしは間違えてしまったんだろうか。
じゃらりじゃらりと巻きつく鎖。動くことを許さないとでも言うように、手枷足枷とセットでそれは線を描く。

あたしが、少し前まで暮らしていたがら空きの屋敷。
両親が死んでから、(台所等を除いて)ずっとこの部屋…仏壇があるこの部屋にしか、入ることはほとんど無かった。
そんな部屋の隅に、繋がれる日が来るなんて誰が予想しただろう?

『一緒に死んでほしい、もう結ばれないことに絶望することは疲れたんだ』

ネジがいない間、たまたま外に出たあたしの前に現れた彼に、そう泣きそうな声で縋られ、そのまま窒息の苦しさで意識を失った。
…こんなふうになる夢は、いつか分からない昔に見ていた。
でも、信じたくなかった。これが、こんなことが、現実に起こるだなんて。

なんで、あたしはこんな夢のような結末を歩もうとしているの?本当の答えは何だったの?
運命ハ、変エラレナイノ?

(―――違う!)
自由な首を横に振る。そんなことない。
だって、あたしはこの目で見たの。自分の運命を変えようと、最後までもがき続けた人のことを。
変えられる、きっと。あたし自身の力で、きっと。・・・でも、どうやって?

ふと視線を感じて、顔をあげる。
優しげな表情をしたその人が、あたしのことを見下ろしていた。

****

舞衣がいない。個人任務に誘われたことを、家に着いた瞬間後悔した。

だが、見当はついていた。
どうしてここにいないのか、誰が彼女をさらったのか、彼女はどこにいるのか、そう、すべて。

美瑛一族の集落の隅に、その家はあった。
どこかで感じた異様な気配が、その家を取り囲むように漂っている。
白眼を発動しなくとも感じる気配。
舞衣と、もう一人。
…先に、誰かに連絡を入れておくべきだろうか?
何かあっては遅い。オレは伝書鳩を口寄せする。木ノ葉の忍たるもの、このくらいの生き物は口寄せ出来ていないといけない。里の火影邸に、伝言を伝えるその鳥の足に、オレは言伝を書いた紙を括り付ける。
「頼んだぞ」
一瞬鳥は頷くようなそぶりを見せ、そしてばさばさと飛び去っていく。

…再び訪れる静寂。
不気味な空気が重苦しい。

そろそろ行こう。
オレは手入れが出来ていないその扉に手をかけた。

****

兄さんが、あたしの右目に手を当てた。
何をされるかは、もうわかっている。だからだろう、こんなに落ち着いていられるのは。
「もう、オレ以外の人間を見たら、駄目だから」
悲しげに微笑んで、兄さんはあたしの目に力を込める。
上側の目蓋に、その長い指の先が少しだけ嵌った。

・・・怖、イ。

静かだった心の湖が、激しく揺らめきだす。…前のあたしも、こんな思いをしたのだろうか?
怖い、怖い、恐い。
今のあたしは、前がどうであれ凄く怖い。

嫌だ。嫌だ。
綺麗な色んな場所の景色が見えなくなるなんて嫌だ。
せっかくめぐり合えた仲間や友達の顔が見えなくなるなんて嫌だ。
あの人の姿を視界に捉えられなくなるなんて嫌だ。

嫌だ、嫌だ。
ずっとあの人の後姿を見ていたいの。
鳥籠の中からでも微かに見えたその背中を。
声だって遠くからでもいいから聞いていたい。
あの人の微かな香だって感じたい。
もっと、もっとずっと、そばに―――…。

「…ネジ・・・」

――――まだ、一緒にいたい。
その思いが、一気に溢れ出した。

…そうだよ。諦めきれるわけがない。
人間って欲深いの。あたしってわがままなの。

もっと触れたい。
狂ってるといわれそうなほど、その名前を呼びたい。
声が潰れるほど「大好きだよ」って言いたい。
ものすごく強い力で手を繋ぎたい。
赤い痣が残るほど抱きしめたい。
「しつこい」と苦笑されるくらい、沢山キスでもしてやりたい。

・・・もっと、もっとしたいことがあった。
ろくにお互いの誕生日とか、行事を祝えなかったから、盛大に楽しんでみたかった。
ネジのわがままをもっと聞いてみたかった。
ネジだけじゃない。テンテンのタロットカード占いも、もっと楽しいことに使いたかった。
鈍感なリーがいつ、色んなことに気づくのかも見ていたかった。
酷い話、ガイ先生は死ぬまで青春を叫ぶのかも気になっていた。
こんなあたしでも、運命を変えることが出来るのか知りたかった。

「ネジ…」

助けて。助けて。右目が、ひりひりと痛み出す。
いまさら助けてなんて、勝手なことかもしれない。けど。
助けて。お願い。
最後の足掻きに、手にチャクラを集めようとしてみる。

「――――!」

感じる。確かに、あたしのチャクラを。
…ああ、彼はあたしが逃げないと信じてくれていたんだ。
(ごめんなさい)
チャクラを刃物のように尖らせる。
気のせいだろうか?遠くから、足音が聞こえる。
小さなものが、だんだんはっきりとしてくる。

「舞衣!」

待ち望んでいた、願っていた、
その声が響いたと同時に、あたしはその刃を、思いっきり枷に向けて叩きつけた。


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