主軸は本編エンド


「お前は宗家を守り、この力を守る。そのために生まれてきた存在だ」

幼いころから私はそう言われ続けて育ってきた。
生まれてきたことの意味はこれ一つ。確固たるその言葉は揺らぐことを許さない。
当たり前、そう、これは当たり前のこと。疑問を抱くことも、私には許されていなかった。

暗部に入ったのは気まぐれだった。
いったい何を思ってそんな選択に至ったのか、それは今でもよく分からない。
ただ、疲れていたんじゃないかと、少しだけ思う。誇り続けなければいけない、守り続けなければいけない。そう何度も自分に言い聞かせて、抑圧していく日々に嫌気が差していたのかもしれない。
暗部に入ること。それは言い換えると「自分を殺すこと」になる。
私が美瑛として生きていた日々も、生まれてきたという証明もなくなる。
「忍」――それが、私の名前。何も残らない、いずれは灰になって消えていく存在。ぴったりな話だと私は笑った。


あるとき私は激しく咳き込んだ。風邪ではない、寿命だ。来るべき時が来てしまったのだ。
美瑛は日向と縁戚関係にあった。遠い昔に私たちの祖先が産んだ双子から分かれたのがこの二つの一族らしい。だから、一応柔拳の扱い方を私は知っていた。本来ならばそう易々と教えてもらえるものではないし、むしろ教わっているほうが問題だ。ならばどうしたかというと、暗部の部隊長が白眼使いの男だった。その男から教わった、それだけのこと。死人に掟は関係のない話だ。
教わったそれで私は自身のチャクラを制御していた。けれど、それでもこなす任務の量と危険度が制御の意味を為してくれなかったのだろう。
まぁ上等といったところまで生きた。忍という名前も捨てられることを考えると、このカウントダウンはむしろ恩恵ともいえるかもしれなかった。

しかしあの部隊長の男はそれを許してくれなかった。
あの男は、心を捨てているはずのあの男は、どうやら私を好いていたそうだ。男は私に致命的ともいえる傷を右足につけ、私を暗部という死の世界から追いやった。
しかし男からすればそれは慈悲、助けたつもりにでもなったのだろうが、私からすればとんだ迷惑である。帰る場所のない私はこれからどこに行けというのか。
今思えば、そのまま小さくてひっそりとした村にでも行けばよかったのかもしれない。暗部だった、という秘密を守ってくれる場所に行けばよかったのかもしれない。
しかしそんな心の余裕は、傷を抱えた私には当然なく、迷いの末私が帰った場所は美瑛家だった。

しかし其処にたどり着いたからといって、何かが変わることはなかった。
私の生きてきた記録は此処にはない。昔の家族に会いに行くなんてこともできない。出来るけど…あの家にはもう戻りたくない。きっとまた疲れてしまうに決まってる。戻っても此処に救いはない。
やっぱり戻ろう。此処に居ても私に未来はない。救いはない。
痛む片足を引きずりながら歩く。早く、早く立ち去らなければと。

「どうしたの?大丈夫?」

後ろから響いた声、振り返った先には、まだ幼い子供がいた。

****

そういえばこの子がまだ赤子のころに見たことがあった。美瑛レン、元当主ライの嫡子。そっか、あれからもう5年近く経ったのか。
その子は傷だらけの私の足に、ぎこちなく包帯を巻いていく。人を癒す手に触れたのは久しぶりのことだった。

「お家はどこにあるの?」
まっすぐとした眼が私を捉える。その眼があまりにもまっすぐで、きらきらとしていて、私はそれに答えることが出来なくて。
会のように口を閉ざす私に、その子は「そっか」とうなだれる。無い、と悟ってくれたのか。それとも声が出ないと思っているのか。それは分からない。
少年は少し考え込んで、「名前は何?」とたずねる。でも名前を当の昔になくした私には、それすらも答えられなくて。

黙り込むことしか出来ない。何も語ることが出来ない。
少年は少し困った顔を浮かべてから、あ、と思い立ったように立ち上がる。
しばらくして私の前に置いたのは…お団子2本が乗った皿。
少年はニコニコと「女の子はねー甘いもの食べると元気が出るんだよ!」と自信ありげに胸を張る。それがいったいどうして、私の心の琴線に触れたのか。
「あ、笑った!」
ほら、やっぱり甘いものってすごい!」なんていいながら私に団子を一本差し出す。もう一本は彼の手の中。

でも本当に、甘いもので人が笑顔になるということはあながち間違っていないのかもしれない。
気づけば私は、さっきまで上手に出せなかった声をしっかりと出して、その少年に素性をきっちりと明かすことが出来ていた。
「住む場所が無いなら、此処に居たらいいよ!」
僕が匿ってあげる、大丈夫!なんとかごまかすからと、少年は笑う。
申し訳の無い話だったし、ここでこの場所にまたとどまるのかと、不安だったけれど、もう私には此処しかないというのは揺るぎの無い事実だった。


それから私は名前を与えられた。
空の羽、と書いて空羽。名前は思い浮かばなかったから、と、彼は従妹とその母親に考えてもらったらしい。
僕の従妹はすごいんだよ、と彼…レン様(そう呼ぶことにした。それがけじめだと思った)は自慢げに笑っていた。
空羽にも会わせてあげたいとは何度も言われたけど、私はそのたびに何度も丁重にお断りした。そう易々とほかの一族の方に顔は見せられない。私はここでは死人なのだから、と。

そんな私が彼の従妹――舞衣様、と出会った時、もうレン様の心は地に堕ちていた。

「舞衣を縛り付けたい、ずっとそばに居てほしい。手放したくないんだ、空羽」

一番最良な方法は呪印だろう、そう答えを出した私の一言から始まったレン様の修業。現象法もそのときに始まった。教えてほしいといわれたから。
間違っていると、疑うことはやっぱりしなかった。レン様は恩人で、私を救ってくれた人。
同じことの繰り返しかもしれない、自ら鎖に縛られようとすることの繰り返し。それでもよかった、それが私の生き方なのだと。

はじめてお会いした舞衣様は、夜、一人で寂しそうに風を上手く使ってぬいぐるみを浮かせて遊んでいた。
「そんなふうに意味も無く現象法を使ってはいけませんよ」
なんだか見ていられなくなって、私はその人の元へ歩み寄る。彼女は眼を見開いてびくりと身構える。古いウサギのぬいぐるみがぽとりと地面に落ちた。
「…今、さみしいんだもん。あたし、難しいことわかんない」
「貴女がいなくなって困るのはレン様ですよ」
「?…兄さんのお友達なの?」
「……眠れないのなら、あなたに良いことを教えて差し上げましょうか」
無理やり話をそらす。今のこの状況で、不用意にレン様のことを彼女にお話をすることは出来なかった。誰が言えるだろう、あなたが今疎遠になっている連様は、あなたの命を縛ることを考えているなど。
目の前の少女は「いいこと?」と興味津々の眼で私を見つめていた。

余計なことを教えてしまったと思う。
柔拳で医学辞典を暗記した特定の点穴を突けば、チャクラが制御できる。威力も確かに弱くなるけれど、比較的有利な戦闘が出来るのだから、多少の威力の差など問題はないと。上手くいけば延命も出来ると。
レン様がいろんな術を覚えようとしているうちに、舞衣様も点穴の位置をたくさん覚えはじめた。
私が知る舞衣様の情報はそれきりだった。


次に見た舞衣様の顔は絶望に染まっていた。
どう対処したらいいのかも分からないと、必死に首元を隠しながら、初めてお見かけしたときのように一人ぼっちで座っていた。

「どうした、なぜ泣いている」

そのとき、イレギュラーな存在があの方の前に現れた。
ひゅうがねじ、日向ネジ。あの暗部の部隊長と同じ瞳を持ったその男は、私の存在には気づかない。
「また会えるかな」と、少し笑顔になった舞衣様に、日向ネジはそっけなく「多分な」とだけ返して背を向ける。
こっそりと見てみたその頬はほんのりと赤に染まっていた。

「記憶を消せ」と、レン様に命じられたのはその日の夜。
その男が美瑛宗家へと続く道を走っていくのを見かけたのは次の日の夕暮れ。何をしようとしているのかはすぐに分かった。分かったから、私は記憶を消した。
彼の額に指を置き、意識を昏倒させた後、分かりにくい位置にある記憶を操作する点穴を突いた。

でもあの人は舞衣様の存在を忘れなかった。
おぼろげに、確かに舞衣様の存在を残していた。

そしてあの二人は出会い、何度も互いを突き放しながら、何度も互いと向き合っていった。
私はその様をいつも陰で気づかれないように見守っていた。
苦しんでいるレン様の姿ももちろんのこと…。

レン様は、もう舞衣は自分のところには帰ってきてくれないだろうと、日向ネジと仲睦まじく歩く舞衣様を見て呟いた。
でも貴方は、今更諦めることなんてできないのでしょう?とたずねると、レン様は当然、とうなずく。狂気的で、至上の願いと一緒に。

一緒に消えてしまえば、きっと舞衣はさみしがりやだからオレのところに戻ってきてくれるだろう。それができないのなら、いっそあの手で殺してほしい。

その役目は付き従い続けてきた私では果たせませんか、そう言いかけた私はいったいどうしたものか。あの二人に当てられてしまったのだろうか、私が、死人が心を持つなんて。
そう、私は十分に心を律していると、思っていたのに。

運命の夜、誰も通すなと言われていた道を私はあっけなく譲った。
加勢しなければいけない場面、私は一歩も動かず、ただあの三人を見守り続けていた。
ああ、本当にいつからだったのだろう。どこで間違ってしまったのだろう。この鎖は、私が自分で自分に巻きつけたこの鎖はいつから、

「馬鹿なご主人様、」

貴方を想う、慕う心に変わってしまったのだろう。
私は虫の息で、それでも笑みを浮かべるその人の体に泣き崩れた。


見守り続けた少女の話
貴方の心が本当に癒えるその時、貴方は私を好きになってくださらないかと、想う私を卑しいとどうぞ罵ってくださりませ。

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