*


──どうして、人間は失ってしまってから気づくのだろう?

舞衣のチャクラが、里から消えたのだ。
それは、木ノ葉崩しと現在は呼ばれている、1ヶ月前の出来事。

死んだなら遺体が見つかるはずなのに、それらしきものは出てこない。
拉致されたなら、里にその旨が届くはずだ。
音隠れの仕業かと最初は疑ったが、奴らの狙いはサスケだ、舞衣が狙われる理由はない。
狙うのなら分家の舞衣よりも当主…となると、舞衣がこの里から消える理由もない。

「誰が…」

舞衣が自ら消えるという選択肢は浮かばなかった。

…もう一度、白眼を発動する。
使うたびに頭が疲労による痛みを発する。
ああ、今ごろ気づいてしまうなんて。

オレは、舞衣が好きだった。

****

舞衣の名前で、オレの家に手紙が届いたのは、その日の夜だった。
『明日 正午 はじめて会った場所』とだけ書かれた白い紙、彼女の字にしては随分雑なもの。

そして今、約束の時間。
オレは其処に立っている。
その手紙の主が、舞衣であるという確証はない。
それでも、縋れるものには縋りたかった。

「……よう、来たか」
「!」

その聞き慣れない男の声は、オレの後ろから響いた。
振り向くとそこには銀髪の男、死の森で舞衣を抱いていた男だ。

「…またお前か。オレに何の用だ」
「舞衣の居場所を知りたくないか?
オレはお前を、舞衣に会わせに来た」
「!」

やはり、あの手紙の主は舞衣で間違いないようだ。

「……舞衣は何処だ」
「そう殺気立つな。案内する」

男はそう言い、振り返って歩き出した。

****

それは夢だと思いたくなるほどの光景だった。

やってきた彼女の家、荒れ果てた彼女の部屋。
さらにその奥にある仏壇に向かい合うように座っているのは。

「…舞衣・・・?」

目があるはずの場所は包帯で巻かれ、鎖で繋がれてもなお、笑い続ける舞衣だった。


うそ、だ。


「……ネジの声がする」

ポツリと、彼女はそう呟く、そして。

「………ネジ…?」
「……舞衣…なぜこんな……」
「もう何も言わないで」
「っ」

笑顔がすうっと消えていく。
彼女が、本気であるという証拠だ。

「……ネジ」
「…待ってく」

「もう、手遅れよ」

流れた彼女の涙は、赤かった。

****

土産にやるよ、と渡された小瓶。
何かの液体に使ったそれは、彼女の二つの瞳。
それを両手で抱えながらふらふらと歩く。
行くあてもなく、ただ、ただ。

――どうしたらいいだろうか、オレはどこで間違えたのか。

わからない、何も、何も。ただ、ここが終わりで、望んでいなかったことだということははっきりとしていて。
「…嫌だ」
受け入れがたい事実、自然と言葉が口から出た。
此処が終わり、これで、何もかも?
ならばこのあとどうなる?小説のように其処で区切られて終わる話なら良い。それならば確かに「終わり」だ。此処は本当に「終わり」なのか?

(違う、そうだ、違う。終わりじゃない)

二つの瞳、にごった二つの瞳は、オレをもう映してはくれない。
それでも、彼女は、舞衣は、まだ生きている。
此処に居る。

間に合う、そうだ、間に合う。
見つけ出した最後の希望を話さぬよう、オレは小瓶をつかみなおした。

****

見えない。何も、何も見えない。
大嫌いな暗闇が、ずっと視界に広がり続けている。
周りの音と、昔のような優しい声で、あたしに一日のことや昔の話をしてくれるレン兄さんだけが、あたしの世界のすべてだった。それしかないのだと、思わざるを得なかった。
(これでいいのね、きっと。これで幸せなのね)
どうしようもないもやもや感が、ふつふつと自分の心の中で渦巻いている。自分が間違っていることくらい、もう気づいていた。

でも、もう戻れない。
鉢から飛び出してしまった金魚が、もう自力では水の中に帰ることができないのと同じように。
もう、あのはじまりに戻ることはできない。やり直すことはできない。

響く兄さんの声はどこまでも優しかった。

****

眠っていたはずの意識を呼び覚ましたのは、大きな轟音がきっかけだった。
今は朝なのだろうか、夜なのだろうか。時間を教えてくれるものは、兄さんの「おやすみ」という言葉だけと「おはよう」の言葉だけだ。
でもいまここには兄さんの気配を感じない。だから今は時間がまったく分からない。
遠くで梟が鳴いてくれているなら夜か昼かの判断くらいはできるのだけれど、大きな音のせいで何も聞こえない。

…いったい、何が起こっているのか。
わからない。ああ、視覚ってこんなに大事だったのね。ひとつの感覚器官を失っただけで、こんなに寂しくて不安な気持ちになるなんて。

「…兄さん、」

優しい言葉をくれる人の名前を呼ぶ。
どこにいるの、何が起きているの、教えてほしい、あたしが唯一頼れるのは、もう貴方だけなのだから。
でもいつもなら「何?」と返してくれるはずの言葉も、耳には届かない。居ない。

不安で胸が押しつぶされそうになる。
でも逃げられないようにと封じられたこの手では、あたしは自分の体に腕を回して縮こまることもできない。
怖い。怖い。
どうにもできない恐怖に肌があわ立つ。
慰めるようにあたしの体を掻き抱く何かが現れたのは、そのときだった。

「……」
「…舞衣、」

かすれて、震えた聞き覚えのある声。
兄さんじゃない、気づいてくれなかったあの人の、声。

どうして、何が起きているの?兄さんは?
見えない、分からない、見えなくて何も分からない。掻き抱く声はあたしの質問に答えてはくれない。
でもかすかに香る血の香りがひとつ、教えてくれる。あたしが飛び込んだ先にいたあの人は、もう此処に来ることがないのだと。
きっと分かり合えないままで、あたしはこの先もずっとこの暗闇に置き去りにされ続けるんだということも。

置き去りの少女
見えない世界で仲間はずれ

(10/11)
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