*


****

あいされたかった。

ただそれだけ。

でももうそれは叶わない。

だからせめて信じたかった。

あなたもすぐ其処にいてくれてる。

そして…それは永遠なんだって。

そう、信じていたいだけだった。

****

懐かしい夢を見た。

アカデミーに入りたての時…次の日は試験だって言うのに、あたしはノートを忘れた。
しかもその後すぐに熱で具合が悪くなって…テンテンに伝書鳩で頼もうと思ったけど、呼び出す余裕なんてなかったし、あまり仲良くもないし、呼べそうに無かった。

使用人はあまり好きではなかった。
まだ稼ぎのない幼いあたしの面倒なんてするくらいなら、当主直系の息子に仕えたいに決まってる。
だからどうしてもというときにしか呼ばない。
そして今はそのどうしてもという時ではない。
「ゲホッ…うぅ……38度もある…」
そう、まだどうしてもでは。

…そうやって意地を張っていたあたしのところに、レン兄さんは夕方、駆けつけてくれた。
「馬鹿舞衣!」
って…あたしのこっを怒鳴りつけながら、慣れない看病をしてくれたっけ。

嬉しかったなぁ……あたしが憎いはずなのにね。

(戻りたいなぁ…)

全てが、まだ綺麗だった、両親が生きていたあの頃に。


****

舞衣…舞衣…と、誰かがあたしを呼んでいる声が聞こえて、うっすらとあたしは目を開けた。
「……?」
朧気な世界、ぼんやりと映る黒髪。
眩しい、でもこんな薄目じゃ目の前にいるその人の姿がよく見えない。
だから、ゆっくり、ゆっくりと目を開ける。

「・・・ネジ?」
「…ああ」
「兄さんは…?」

気怠い身体を無理やり起こし、あたりを見渡してみる。
けど視界に入ったのは、ぼろぼろのリーとテンテンだけだった。
…ああ、いつの間にか闘いは終わったんだと、その様子だけで察した。
「…あたし、どのくらい寝てた?」
「半日だ。オレとテンテンが見つけた時にはもう…」
「……そっか。ごめん」
本当に、申し訳ないことをした。
ネジ曰わく、今まさに巻物を開くという時で、あたしが起きなければ合格したことにならないから起こしたらしく。

あと、薬草が不十分だったから傷の治りがちょっと遅いかもしれないとも言っていた。
…こいつらなら怪我をしないだろうという、あたしの勝手な思い込みのせいだ。

「…ごめんなさい」
「もういいから大丈夫よ。
それより、舞衣が無事で良かった」
抱きしめてくれるテンテンの温もりも、感覚も、今は何も感じられなかった。

****

───あの時、あの後。
銀髪の男に抱かれた眠る舞衣は、オレの手に渡された。

男は無言で、ただ、その目は鋭かった。
…あの男は、舞衣にとってどんな存在だったのか、それは未だに解らない。

そして、何故オレはこうして舞衣のことを気にもとめるのだろう?

その理由も、解らないまま。


****

「試験は受けずに帰って来なさい」

予選がはじまる前の直前、兄さんは再びあたしの前に現れてそう言った。

─賭けよう、舞衣。
──オレは日向ヒナタの心を読んだ。
───日向ネジは必ずこの試験で変化を見せるだろう。
──もしもお前が信じる通り、彼が闇の中に留まるというのなら。
─その呪縛から、解放してやろう。
──ただし、少しでも変化があるならば。
───お前は、一生、逃れられない。

それが兄さんの言葉、あたしは言われた通り、試験を辞退し、美瑛家に帰った。

…大丈夫。
…大丈夫。

…もしあたしがこの賭けに勝ったなら、今度はあたしがネジを支えよう。

大丈夫、大丈夫。
今まで、ずっとネジを見てきたあたしにはわかる。
ネジの凍りついた心は、そう簡単に溶かすことは出来ないことを。

「ずっと一緒よ、ネジ」

****

中忍試験が予選と本戦に分かれていることを、あたしたちは知らなかった。
たまに外に出て、でも1日の大半は部屋にいて、あれほど熱中して励んだ修業もしなくなった。

それでも里の誰かとは必ず会った。
ナルト君は、「ネジはオレが倒すってばよ!」と言っていた。
どうやらネジと闘うことになっているらしい。
花屋に行けばいのさんがいて、「ああここの娘さんだったのか」と意気投合してみたり。
ネジの従妹であるヒナタと、同じ班員のキバ君とは、「赤丸が可愛い」と言った瞬間に意気投合した。

今日だって、甘味を食べていたらテンテンに会った。
「舞衣も本戦見に行くでしょ?一緒に行きましょうよ」
そう彼女は、変わらない笑顔であたしを誘ったから、あたしも素直に頷けた。

****

すごい人混みだったけれど、なんとか座ることが出来た。

「いよいよね…」
「そうね…。舞衣」
「ん?」
「あんた、本当は試験…続けたかったんじゃないの?」
「……はじまるよ」

テンテンの視線が、すごく痛い。
けれど、彼女と向き合う勇気は、あたしにはなかった。


待ち焦がれていた試合は、一回戦目だった。
日向ネジ対、うずまきナルト。
去年のナンバーワンルーキーと、どうしようもないくらいの落ちこぼれで有名な二人の闘い。
レン兄さんとは、この二人の勝敗で、大体が決まるだろうという話を、彼女はしていた。

ネジは運命、実力に固執している。
自分が負けることはない、それが運命…彼はそう考えているのだ。
負けたらきっと、彼はその考えを改めるだろう。
勝てばどんな過程があろうと、彼は運命論をさらに確たるものにするだろうと。

そんな話をしてから始まった試合。
その流れは、誰もが予想した通りのもの。
ナルトは何度も、ネジに「運命は変えられる」と訴えかけ、ネジは幾度もそれを否定した。
そして、合間には日向一族…ネジの過去も語られた。
それを聞き、見守る彼女は確信した。


──アア、確カニ、コノ人ハ、アタシト同ジ場所ニイル…──


大丈夫、大丈夫…何度も彼女は、そう自分に囁きかけた。

「オレが火影になってから、日向を変えてやるよぉ!!」

…不安を感じたのは、その言葉ののちの爆風。
ナルト君を包む赤い光と、ネジを包む青い光がぶつかって、吹き荒れた嵐。
それが開けたとき、倒れている二人を見て、息を呑む。
むくりと、誰か…ネジが起き上がる。それを見て、胸をなで下ろした。
勝った……あたしは勝ったのだ。

「落ちこぼれ君…悪いが、これが現実だ」

その言葉が、ちくりと胸を刺したけど、大丈夫、これからはあたしがあなたを救うから。
次の瞬間までは、あたしはそう思うことが出来た。
その次の瞬間…上から砂と石が舞い上がってくるまでは。

ガッという、かたいものを殴る鈍い音。
地面から飛び出したナルト君の土に塗れた拳が、ネジの顎とぶつかり合う音。
次に、どさぁっという落下音。
ネジが、地面に倒れ込んだ音。
次に、倒れていたはずのナルト君の影分身が、消える音。
そして最後に、響いた大きな音。


「勝者、うずまきナルト!!」


信じていた何かが崩れ落ちていく音が、同時に響き渡っていった。

****

すぐに帰宅して、閉じこもって、日記帳と鉛筆を出す。

いつもやっている動作。
なのに今日はそれに違和感を感じる。

『今日はネジと再会して嬉しかった』
『ネジ大好き』
『ネジだけはあたしのそばにいてく』

パラパラとそこまで見て、日記を引きちぎる。

ぐしゃり、びりっ、びりいっ

破ききって、それでも足りなくて、
今度はばきいっと部屋の扉を叩き折る。
クナイを引っ張り出してめちゃくちゃに投げる。

足りない

足りない

もっと

もっと!!

「…っ」

解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない!!

この気持ちは何?
何なのわけが解らないよ、もう、もう、解らない。

「うわぁああああああああああああああああ!!!」

──オイテカナイデ…

****

あれからどのくらいの時間が経っただろう。

少女は部屋中のものを破壊しつくした。

手足、身体は傷だらけ、髪はボサボサ、少女の眼は虚ろだった。

ふらふらと、具合が悪いわけではないのに、覚束ない足取りで、少女は歩く。

じゃりっ…体重をかけて踏んだ砂と石が、素足に擦れる。

痛い。

痛い。

でも心はもっと痛い。

この痛みを止めるには、きっとものすごく大きな痛みが必要…。


遠くで、何故か爆発音が聞こえる。

…でも、今はそんなことはどうでもいい。

早く

早く

…ぴたりと、少女は急に立ち止まった。

木々の間に開けた道、彼と初めて出会った場所。


───最初から、こうしていればよかったんだ。

──なんでこんなに簡単なことに、あたしは気づけなかったんだろう。

─羽ばたいていく唯一の方法、それは。


タンッ…と、少女は地面を蹴った。

ありったけのチャクラを使って、空へ、空へ、風を操って行こうというのだ。


…しかし、飛び上がってすぐに、少女の手は掴まれ、ガクリと少女は崩れ落ちた。

「……」
「……舞衣」
「…レン、お兄ちゃ…」

ふわりと、傷ついた自分を抱きしめてくれる温もり。

──嗚呼、あたしは一人じゃない。
ここにはまだ、あなたがいた──

「帰ろう、舞衣」
「…うん」
「──ずっと、一緒だから」

幼い時と同じ笑顔で、彼は少女を抱きしめた。

****

手にはいるのならどんな形でも良かった。
誰よりも、日向ネジよりも、自分は舞衣に思われているという、自信が欲しかった。

舞衣は分かりやすい…というより、単純だ。
一度信用させれば、もう絶対に裏切らない。
依存体質なのだ。

…舞衣が日向ネジに壊されるとは思っていたが、まさか死なれそうになるとは思わなかった。
それは、最後の最後まで、舞衣は日向ネジを求め続けたということ。
しかし、その日向ネジは舞衣の心の闇に気づくことが出来なかった。

それなのに里中を日々捜し回るあいつのチャクラを感じるのは何故か。

舞衣を捜しているのだ。
あの日から姿を現さない舞衣の姿を。

あの日から、二週間の時が流れている。

「そろそろ、ネジに会ってみるか?舞衣」

こくりと、座っている舞衣は頷いた。

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さよならまであと数秒
愛してる


(9/11)
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