不良生徒×平凡教師A
「一緒に住んでるゥゥゥ!? 山田と!?」

受話器越しに聞こえた叫び声。反射的に携帯を顔から遠ざける。通話相手は俺の幼なじみで悪友だ。

「倉野から他者に関ろうとするなんて、どうゆう風の吹き回しなんだよ」
「ただの気まぐれだ、深い意味はねえ」
「ふ〜ん…気まぐれ、ねえ」
「…」
「ふ〜〜〜〜〜ん…」

うざい。俺は無言で電源を切った。明日質問攻めにあいそうな予感を無理矢理かき消して、ボロいマンションの中に入っていく。勿論俺の家じゃない───俺はここ何日か、山田が借りている小さな部屋に連泊していた。

腕時計を見る。バイト帰りの午後10時。山田はもう帰っているだろうか。



「倉野君あかてーん」

俺が部屋に入るなり告げられたセリフに思わず舌打ちする。
山田はリビングでテストの採点をしているらしく、俺の答案をヒラヒラと動かしていた。

「数学なんてわかんねーよ」
「授業出ないからでしょう?」
「お前が教えてくれんだろ?」

ここで。
ベッドに腰かけながら笑うと、山田は呆れた顔をしてテストに向き直った。

「平均点は61点だからね。次はちゃんと勉強してよ」
「あー………今日の晩飯は?」
「金ないから炒飯。嫌なら外で…」
「いや、食う」

山田は毎晩夕飯を作ってくれる。「二人分作るのもそんなに変わらない」らしい。…手作りのメシを食べるのも久しぶりだった。
どうしてか山田のメシはいつだって美味い。メニューはありきたりな、誰でも作れるような男飯ばかりなのにも拘わらず、だ。今日も残らず完食し(美味かったと言ったことは無いが)、食後の一服をしようとソファーに座った。

カチッ。煙草に火をつける。

「あ、ずるい。一本頂戴」
「それが教育者のセリフか」
「だって美味いんだもんそれ」

くわえた煙草の先から火を貰おうと、同じく煙草をくわえた山田が近づいてくる。
顔を寄せて煙草の先をくっつけて、数秒止まる。



「…………なあ」

顔を寄せて低く囁く。
煙草は灰皿におしやって、奴の後頭部に手を回す。

「我慢できねえ」
「ちょ…っ!」

制止の声は聞かない。無理矢理唇を塞いで舌を滑らした。

「んっ…」

山田の手に持つ煙草の灰が一本分に変わる頃に漸くキスをやめてやる。しっかり肩を掴んだまま顔を覗き込むと、余韻でへろへろになった地味な男と目が合った。

「今からお前を食うから」
「なっ…!?」

真っ赤に頬を染めた山田を見て、ああ初めて見る顔だなと気付く。泣いたら、どうなるのだろうか。
うっすらと涙を浮かべた黒い瞳に欲情。正体を掴ませない飄々とした態度に支配欲。こいつを組み敷いて、よがらせて泣かせてねだらせてみたい。

「えっちょっ待て待って落ち着いて!」
「うるせえ」
「俺男! 平凡教師! わかってんの!?」
「わかんねー」

なんで俺はこいつに惹かれてんのかとか、こんな地味男のどこに欲情してんのかとか、こいつの過去や正体も、全部分からなかった。

ただ目の前のものを手に入れたい衝動、歪めたい欲望、それだけだ。


「いいから黙って言うこと聞けよ」
「それ俺の科白だからあああ! 何この子怖い!」
「ローション何処にあんだよ」
「ないから! そんなもの何処にもないから!」
「は? ゴムもないとか言わないよな」
「ちょっ…童貞なめんなァァ!」
「へェ…センセー童貞かよ」
「うっせ…」

羞恥で顔を赤くさせ伏し目になる山田にどうしようもなくムラムラする。
ローションはボディーソープでいいか、と頭の隅で考えながら、俺は本能に従った。







「…こんなことになるとは思わなかった…」

最近の子はコワイ、と毛布にくるまりながら涙ぐむ平凡教師と、出すモン出してスッキリした俺。

カーテンを開けると朝陽が空に溢れていた。
とても気分がいい。今日は遅刻せず登校できるかもしれない。朝のHRに間に合うなんていつぶりだろうか。

「あのー倉野くん。腰痛いんですけど…ちょっとは気遣えよな」
「あー無理。俺そーゆーの向いてねえから」
「ひどっ…!」

顔を引きつらせる山田を横目に久しぶりに味わう満足感に身を浸す。朝の一服しようと、いつもの煙草を取り出した。そしてお決まりのセリフ。

「あ、一本頂戴」

こうして同じにおいを纏わせることで支配欲が満たされていく。山田の全部が俺に侵食されて、やがて俺なしじゃ生きていけないようになればいい。泣いて縋って俺だけを見ればいい。

「俺ここ住むから。家賃半分入れればいいだろ」
「はいい!? なに勝手に…」
「反論は却下」
「こいつ…!」

あー、このヤニこんな美味かったっけか。

空が眩しい。

そこには相変わらず何もなかったけど、山田の見てるものを見てみたいと少し思った。


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