ホスト×小説家
「こら」

やわらかく手を捕まれた。そうして手のひらに口づけられる。こいつはいつもこうやって、俺を深い黒の中から引きあげていた。

「噛まないの」

唇を触れさせたまま、上目遣いで俺を見る。目があった。しかし俺の思考は、まだ宇宙の彼方から帰ってこない。ただ解るのは、目の前の男が俺を捕食しようとしているということ、それだけだ。こいつの目を見るたび、俺はどこかおかしくなってしまう。こいつと寝る度、俺はなにかひとつずつ盗まれていくような気がするのだ。俺のなかの大切なパーツが、夜に盗まれて同化する。

「ああ、おれ、また…」

赤くなった指をさする。軽い痙攣をおこしている指は、くっきりと歯形が残っていた。

「そうだよ。全く、四郎さんは小説に行き詰まるとすぐ噛んじゃうんだから」

それは弱さになりえるのだろうか。傷んだ指先で、そっとやつの前髪をとかす。後ろ髪はワックスでガチガチだ。

「その癖、治した方が良いよ」

バイ菌とか怖いし。的外れなことを泡沫のように宣う男は、気持ち良さげに金色の髪を揺らした。
ああそれを言うなら、お前との性行為の方がよっぽどリスキーだと思うんだがな。
口には出さずに、紫煙として吐き出す。夜明けの部屋に一瞬だけ白が灯った。

「…お前がAIDS検査に行ったら考える」

どうせまた客と寝ているんだろう。好みじゃない客と会う前に、精力増強剤を飲んでいた姿を思い出した。容易で無い仕事である。

やつは苦笑した。よく笑う男だ。しかし太陽のようだと云うには、彼は陰を背負い過ぎていると思った。
同調するなにかがあるのか、やつはするりと俺の内側に入り込む。俺はいつだって黒い世界の深淵に沈んでいるというのに、やつの金色は夜明けと共に訪れて俺のなにかを盗んでいく。

「じゃあ、俺、四郎さんが指噛まないように、いつでも見張っててあげるね」

煙草が切れた。ゆるりと距離が縮まる。

「だからさ、俺がビョーキ移されないように、いつでも見張っていてよ」

そうして、泣きたくなるようなキスをされる。きっとなにか辛いことがあったのだろう。こいつのキスは感情をもろに表す。
カーテンの隙間からひかりが漏れだし、朝の始まりを告げていた。

「寝ろ、黒井」

こいつが俺から骨を盗んでいくように、俺もなにかを盗みたい。俺は俺の欲望のために、泥棒になろうと試みる。

「傍にいてやるから」

結局、脆いのは俺ら二人ともなのだ。


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bkm
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