三角
「お前ってなんか三角みたい」
「なにそれ」

 夏が弾ける。ソーダ味のアイスはそういう味がした。俺と鈴木は自転車を引き連れて、なんとなくの帰路を歩いていたところだった。いつも通りの毎日の延長。だけどきっと一瞬きりの鮮度なんだろう。

「俺らさ、今日も生きてんじゃん」
「うん」
「たぶん明日も」
「いつかは死ぬけどな」

 nに対してn+1が存在可能だとすると、nは連続して無限に存在することになってしまう。俺らの命はそこまで有能じゃない。n+1の明日は、いつ途切れるか分からない。考えたって仕方のない問題だ、といつかの俺は放棄してしまった。

「そう。そこなんだよ」

 珍しく俺に賛同した鈴木は、右手で額に貼りつく髪の毛を払う。塩素抜けした明るい色のお陰で、やつは最近少し垢抜けてきた。後輩の女の子が高い声で噂をしているのを聞く。

「死ぬじゃん。俺もお前も」
「うん」
「死ぬよな」
「うん」

 いつもの調子で続ける鈴木に、うん、とだけ相槌を打つ。このまま行くと、きっと鈴木はとっても格好良くなる。彼女を作ってこの街を出て行く日も、そう遠くない気がした。その時俺は何をしているのだろう。

「お前が死んだら、」

 鈴木が足を止めた。つられて俺も。自転車のサドルはジリジリと熱い。

「内臓も、タマシイも、脳みそも、全部俺にくれる?」

 焼骨はご家族にやるから、と生真面目な顔をして言う鈴木に、なんだかひどく棒アイスを投げたくなった。ひやりとした感覚はやつに生命感をもたらすのだろうか、なんてぼんやりしながら鈴木の田舎っぽい、けれど綺麗な瞳を見て口を開く。

「それって、具象の話じゃないだろ」
「うん」
「象徴概念としての内臓?」
「固有のね」
「ふうん」

 それって、つまりは一緒に死のうって言ってるようなものじゃないか。なかなか熱い告白に、気付けば口角が上がっていく。
 ひとつ聞いてみたくなった。

「なあ、お前はさ」
「なに」
「タマシイってどんな形してると思う?」
「え、まる」

 だから俺が三角なのか。きっと鈴木にとって俺が三角であり続ける限り、コイツに彼女はできない。それで、それだけで十分な気がした。

「いいよ」

 再び歩き始めると、溶け出したアイスが指を伝う。けれどひどく機嫌が良かった。鈴木が待てよ、なんて言いながら俺の後を駆けてくる。振り向き様に死刑宣告をしてやるのだ。

「その代わり、お前の三角俺にちょーだい」






 溺れた三角形の骨格を誰も知らないのだと、いつかの記憶が言ってたみたいだ。おれは誰にも失われず、宇宙もまた完成しえない。自己投影は月のかたちをしている。金のチョコレイトは感情線になって溶けた。おれの内臓の終わり。


「ま、明日も生きるけどな」

 俺が笑えば、鈴木もまた可笑しそうに口を歪めた。
 ソーダ味の夏はまだ続く。
 今日も明日も明後日も、きっと。


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bkm
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