「苦、しい…」

囁いた声は静かに散る。
おれはロックオンがおれに何か隠している事を知ってる。
最初はそれが“記憶の欠如”について隠しているのかと思っていた。しかし、記憶を取り戻して普段の生活を取り戻した今も、時折悲しげに揺らめく彼の瞳は、その隠し事が別のものであると暗に語っていた。
おれは、それに気付いていながらも問い質しはしない。彼が自分から話してくれるのを待っている。
つらいのは彼なんだ。
何を隠しているのかは分からないが、おれはただ待っている。
ずっと、待っている。
(ああ、)
頭がガンガンする。時が過ぎるにつれてじわりじわりと戻って来た記憶に責められて。
ぐるぐると現実と過去を彷徨い歩くちっぽけなおれ。
ノイズの晴れていく感覚。
クリアに聞こえるその声。
(大丈夫だよ、ロックオン)
苦しみながらも、確かにおれは存在しているのだから。
お前が何を隠していても、何を突き刺しても、絶対に大丈夫だから。


「なあ、惺」

ぼーっと天井を見据えていたおれに不満だったのか、ロックオンが名前を呼んだ。おれは、視線を天井から彼に移動すると、声は出さずに「どうした?」と首を傾げた。今更かも知れないが、おれはなかなか意地悪な人間らしい。
ロックオンの不機嫌の理由を知っているのに知らない振り。
いけないとは分かっているが、彼が必死におれに構ってくる様子が何処か癖になる。
彼に必要とされている。それだけで嬉しい。
ロックオンは、おれの気持ちに気付いているらしく、眉間に皺を寄せながら「意地悪だな」と言葉を洩らした。
「今日のティエリアとの添い寝だって、俺が何れ程妬いたか…」
「でも、ティエリアはおれ達が恋仲だって知ってる。それに、ティエリアと一緒に居ると安心して眠れるんだ」
「俺とは安心して眠れないのか?」
安心して眠れないと言うか、お前は何時も眠らせてくれないだろう。
そう思ったが、口に出すのを躊躇った。
じっ、とロックオンの瞳を見据え、どうか察してくれ、と願うが、今回はおれの気持ちに気付いてはくれなかったらしい。不機嫌な表情のまま、「答えろよ惺」と急かす。
「お前と添い寝すると、添い寝じゃなくなるだろ」
精一杯譲歩してやった。これで分からなかったならばもう知らない。おれはゆっくり彼から瞳を逸らした。
近くから「はは、」と笑い声が聞こえる。
「確かに。お前が近くに居ると我慢がきかなくなるからなぁ」
と言って、おれの鎖骨に指先を這わせる。現在進行形で我慢がきいていないな。これは。
そうは思いつつも、おれは無理にその手を振り払う事が出来ない。
結局は、彼に甘いんだ、おれも。
腰に腕が絡む。
優しいけど何処か厭らしさを孕んだ指先が“何処に触れて欲しい?”と問う。おれは諦めた。今日も彼に抱かれる羽目になるな、と。
「…今日は、優しくしてよ」
びくん、と彼の身体が跳ねた。
「うぉお…」と唸るような声が聞こえる。

「今ので、優しく…出来なくなった、…かも、っ」

その科白を最後に、おれ達は熱に飲まれた。
不安を掻き消す程に。

なあ、ロックオン。
お前を愛しているだけで幸せなんだ。お前が傍に居るだけで幸せなんだ。お前が抱いてくれるだけで幸せなんだ。
だから、一人で苦しまないで。
早く、おれに本当の事を伝えて。

素直に言葉で表せたなら、こんなに苦労はしないのにな。


おれは、彼の唇に応えた。




2011.11.10
2012.10.07修正
2013.01.21修正



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