「ああ、ナユタさん…」

愛しい愛しい貴女は今でも暗い暗い宇宙の中で彷徨っているのですね。
身を裂くような辛い過去を持ちながらも涙を流すことすら許されない立場で。
苦しみに耐えながらも果敢に立ち上がる姿は、あの頃と何も変わらない。なんて愛おしいのだろうか。
あの強気な瞳が、何時まで経っても瞼の裏から離れない。
黒真珠のような、あの双黒が。
銃口を向けたあの眸が。
本当はこの手から逃がしたくなかった。
一生雁字絡めにして、この腕の中に閉じ込めたかった。
そして、二人だけの世界へ。
貴女を一番思っているのはこの自分なのに。
自分はこんなにも貴女だけを思って待っていたのに。
だけど、“彼女”が裏切ったから、全て壊れた。
傷を負ったナユタさんは僕に何も言わず消息を絶ってしまった。そして、気が付いたらソレスタルビーイングのガンダムマイスター。全く、無茶をする方だ。そんなところも昔と一切変わっていない。
でも、やっと見付けたと言うのに、これでは手が出せない。
これも全て夏端月のせいだ。彼女は元々嫌いだった。僕の恋敵でもあったしね。
初めて会った時の殺気は今でも覚えている。表面では何も気にしていない振りを装って、内心では僕を全力で威嚇していた。「この子は私のものよ」って。
でも残念。死んじゃったら意味が無いね。
今度は僕の番。

「ねぇ、ナユタさん」

ゆっくりと、愛しい名前を呟く。
広い空間に、それはよく響き渡った。

「貴女を、愛しています。」

半ば狂気を含んだ愛の言葉は、本人に届く事も無く沈んだ。









「と、言う訳なんだ」

何時もの無表情で報告を終えた惺を、じっと見据えた。普通は照れるとか恥ずかしがるとか、そのような表情を浮かべながら話すものではないのか、と思う。僕は、そんな感情まで無理に抑え込んでポーカーフェイスを貫く必要は無いのではないかと考えているのだが、どうやらその考えは彼女には理解しかねるものらしい。
ゆっくりと口を開き、「そうか」と、先程の彼女の言葉に返す。
話の内容は、実に驚くべきものだった。

先刻、廊下に居た時の事。「ティエリア」と呼ぶ声が聞こえたかと思ったら、惺とそのまま部屋で話す事になってしまった。
彼女にしては珍しく、妙に緊張した雰囲気を感じたから、何か重要な話なのだろうと構えて言葉を待っていたのだが。
「おれ、ロックオンと恋仲になった」
と、予想を遥かに飛び越えた科白を投下された。
まあ、ロックオン・ストラトスは以前話した時に本人にも告げたが、とても分かりやすい人間だった。惺がソレスタルビーイングに来てから直ぐに分かった。彼は彼女に惹かれていて、特別な存在として見ているのだと。僕は随分と前から気付いていた。
惺に毎日のように構うロックオンと、それをあしらう彼女。それに見慣れていたせいだとは思うが、僕の勝手な予想では二人がくっつくのはまだ先だと思っていた。
…のだが、
「まさかこんな早くにくっつくとは思わなかったな。何時から彼に射落とされたんだ」
「よく分からない。だけどちゃんと愛しているのは確かなんだ」
惺は僕の言葉に淡々と返した。“愛している”か。僕は一生貰えない言葉だ。そんな言葉を独り占め出来るロックオンを少なからず妬んだ。僕だって、彼女は自分の一部のように想っている。それが愛なのか否かは置いといて。彼女だって僕を自分の一部のように接してくれた。
つらい日は身を寄せ合って眠りに落ちた。悲しい日は抱き合って温もりを噛み締めた。
僕の唯一の特別。
そんな、大切な彼女を、盗られた気分がして止まない。
あの日、ロックオンに「惺を救えるのは貴方だけだ」と告げたが、実際にその時を迎えると少々切ないものが込み上げる。
「君は…変わったな…」
凄い速さで走って行ってしまうんだ。
僕を置いて行きそうなくらい、速いスピードで。
惺は一瞬だけ目を丸くすると、ポーカーフェイスを崩して柔らかく笑った。
「ティエリア、お前も変わったよ」
そう優しく告げる声は、静かに僕の心に染み渡る。
僕は、ちゃんと君に追い付けているだろうか。
不安を掻き消すかのように惺に抱き着いてベッドに押し倒した。彼女は「なんだ、珍しいな」と声を洩らしはしたが、拒絶する事なく僕を受け止めてくれた。
この温もりだけは、昔から変わらない。
(落ち着く…)

「…―――惺、」
と、その時不意に開いた扉。
その先には先程まで勝手に脅威として捉えていたロックオン・ストラトスの姿。惺に用事でもあったのか、はたまた恋人同士の時間を過ごしにきたのか、まあ、僕にとってはどちらでも構わないが。
彼は、扉のところで固まったまま僕達を見据えている。そろそろ惺から離れなくてはならないとは分かっているが、彼の反応が予想外に面白かったから続ける事にした。幸い、惺も嫌がっていない事だしな。
「お前、ら…っ、何を、して…」
「ん、添い寝」
至って平然と答えたのは僕ではなくて惺。
彼女と僕の間には疚しい感情など微塵も無いのだから、当然の反応だと言えよう。
ロックオンはそんな彼女の態度に面食らったようだった。
「いや、添い寝って言ったって…」
どうすれば良いのか分からない彼。惺はそんな様子を見て苦い笑みを浮かべた。
そして、わざとらしく「ティエリア、どうしよう?」と問うた。
僕は、ロックオンを見据えると、
「貴方は惺の恋人なんだから、これから幾らでも独り占め出来るだろう。少しくらい僕に貸してくれたって良いじゃないか」
そう、言った。
それに、貴方は添い寝だけではなくその先だって出来る。
これくらいは許してくれないと、僕が苦しくてどうにかなってしまう。
彼女は僕の安定剤なんだ。

ロックオンは諦めたのか「わーったよ」と乱暴に告げた。がしがし、と前髪を掻き上げると、
「添い寝も程々にな」
と、お許しが出る。
「…夜にまた来るな」
それだけ告げて、来た道を戻る彼。その姿に、用事ではなくて恋人同士の時間を過ごしに来たのか、と先程の疑問が解決した。

しん、となった部屋の中、僕達は見詰め合った。


「ふ、っ」


笑い出したのはどちらからだっただろうか。

止まない笑い声の中、

人は、これを幸せと呼ぶのか、と漠然と思った。




2011.11.10
2013.01.20修正



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