『…ゲームオーバーだ、グラハム。』

惺のその言葉が頭から離れない。彼女は勝手にゲームを初めて勝手にゲームを終わらせてしまった。
私の心に、大きな爆弾を残して。
私は身動きも取れずに虚空を彷徨う。心にぽっかりと空いた穴は、塞がらない。
愛しているのに、彼女を傷付けてしまった。私のミスで。私のせいで。
元々、朱の教団は怪しい組織だと認識はしていた。が、結果的にこのような事態になってしまった。私の甘さと弱さ故だ。
最悪だ。
一人の男としても、ユニオンの軍人としても、最悪だ。
彼女をソレスタルビーイングから奪おうと、此処まで姑息な手段に手を染めてしまったなんて。
情けない。そんな言葉では済まされない。
瞼の裏から、傷だらけの惺が消えない。鼻腔から、惺の血の匂いが消えない。心から、私を責めない彼女の声が消えない。
ただ、「大丈夫、グラハム」と、私の名を呼んで。

寧ろ恨んでくれた方が良かった。憎んでくれたならば、まだマシだった。
惺は、私をただ庇った。
それは、どんな拷問よりも耐え難い。
全てを見透かすようなその瞳で、私の歪んだ愛情すら見付け出して、私を責めずに自分だけが傷付いた。
私は、無理矢理手に入れようとした彼女から守られたのだ。

「…なあ、カタギリ」
フラッグの前で佇んだまま、私は訊ねた。呼ばれたカタギリは、何時もの私らしからぬ雰囲気に少々戸惑いを浮かべながらも「なんだい?」と答えた。
ゆっくりとフラッグから視線を移す。彼に問うても、どうにかなる訳ではないと理解している。しかし、こうでもしなければやっていられない。死にたくなる。
私はカタギリに向き直ると、頭に浮かんでいたその問いを彼にぶつけた。
「君は…大切な人を傷付けてしまったら、どうする?」
傷付けても尚、傍に居たいと思ってしまう程、私は末期なんだ。
感覚が上手く働かない。正常ではいられない。
ただ、惺の瞳だけが私の全てだった。
カタギリは、どろどろに渦巻く私の心境に気付かずに「謝ればいいじゃないか」と、至って普遍的な回答を述べた。思わず苦笑を浮かべる。それが出来ていたら苦労などしない。
「謝って許されるならいくらでもそうするさ」
だけど、それすらも叶わない状況なんだ。絶望だけが私の上に重くのし掛かる。
「…何かあったのかい?」
「………」
カタギリの目は私に問う。
私は、正直に答えた。
「大切な人を傷付けたんだ」
「大切な人を?」
カタギリは私の言葉を繰り返す。そして「君にそんな人が居たなんてね」と一瞬だけ笑みを洩らしたが、真面目な表情を浮かべる私を見て、複雑そうに眉間に皺を寄せた。
「私のせいで、心身共に酷く傷付けたんだ。一緒にいるだけで良かった。少し触れ合う程度で良かった。だが…何時からか、彼女が…欲しくて堪らなくなってしまった。」
ソレスタルビーイングから奪い、私の傍に置きたいと。傷付く彼女を守りたいと。
始まりはそんな想いだったのに、結局は私自身が惺を深く傷付けただけだった。
再び思い出して罪悪感に襲われる。
あの時、メリッサを止めた教団のリーダー。彼の存在が無かったら、本当に惺は死んでいたかも知れない。
助けられないで見ているだけの弱い自分が憎い。
しん、とした空間の中で、場違いにフラッグが輝いた。
「…そう言えば、」
カタギリが口を開いた。
「君が探していた“朱の教団”の在処…もしかしたらユニオンの上層部の人間なら知っているかも知れない」
カタギリの言葉に身体が跳ねる。思わぬ朗報だった。
あの日、教団のリーダーが現れ、惺を眠らせた後、私も直ぐに眠らされ、気が付いたらユニオンの医務室のベッドに居たのだ。
「誰が私を此処に届けたのか」と誰に聞いても、皆は口を揃えて「分からない」と言う。
カタギリは続けた。
「その彼女の為に教団を見付けるんだろう?」
当然だろ、と言いたげに。私は彼の瞳を真っ直ぐ見据えた。
あの時まで気付かなかったが、朱の教団はクローン技術を悪用し、惺を襲った組織でもあった。そんな組織を野放しには出来ない。
それに、
教団のリーダーには、少し引っ掛かる部分がある。何故、私達を解放したのか。そして、惺に告げたあの科白の意味は何なのか。
カタギリの問いの答えなんて、勿論決まっている。
私を責めなかった惺の為に、彼女を苦しめた教団を暴く事で、少しは許されたいと思うんだ。
それくらいは、望んでも良いだろう?
「…勿論だとも。」
私は強い声で頷いた。
カタギリには敵わない。彼は強い眼差しで私を貫く。私は決意を示すかのように宣言した。
「…私は二度と彼女を傷付けない。」
そして、
もう一度だけで良い。
彼女に、

―――会いたい。

そして、言わせて欲しい。

―――ごめん、愛している。

その言葉を。

この愛を未だ捨てたくはない。
きっと、最初で最後の愛だから。
カタギリは笑った。「あまりにも暗かったから心配したが」と言って、
「もう、答えは出てるじゃないか」
と、肩を叩いた。

「ありがとう、カタギリ」
「どういたしまして」




2011.10.17
2013.01.19修正



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