毎日のように夢に現れるその人影は、時間を重ねるにつれ徐々に姿を露にしてきた。
今では顔もはっきりと捉えられる。
だけど、こんなにもはっきりと彼を見ていると言うのに、未だに過去も彼も思い出せない。
『どうしてなんだ?』
おれより二、三歳年上の男。流れるようなブロンドの髪の毛を靡かせて。彼に問い掛けるが、答えなんか何処にも無い。
『“ ”さん』
と、
遥か昔に捨てたその名前を呼びながら、ただ、にっこりと微笑んで手を伸ばすんだ。
ノイズが入って鼓膜に侵入するのを拒む。聞こえているのだが聞こえていない。
何時も、そうだ。
あの国、あの街で生きていた、
その黒髪の少女の名は、
土に還って消えたはずなのに。
『“ ”さん――…』
なのにどうして。
『だ ど僕は、確 に貴女 愛 て ました』
こんなにも、泣きたくなるんだ。
●●●
「なにをやってやがる、あいつら!遊んでんのか!!?」
ロックオンはそう叫んでコンテナ内にある待機室の壁を叩いた。
トリニティが一般人を襲ったという情報は直ぐ様此方にも伝えられた。
おれは荒れ狂うロックオンを流し目で捉える。が、その表情はロックオンと同様によろしくないだろうな。何時もはポーカーフェイスを保っているおれも、流石に今回は眉間に深い皺を刻んでしまう程だ。
「これじゃ、俺達は本当のテロ組織になっちまうじゃねえか…!」
彼の科白に一瞬だけ絶望を垣間見た気がした。
テロで大切なものを失い、テロを憎み、自分のような存在を生み出さないようにマイスターになった彼にとって、トリニティの行いは屈辱的なものでしかない。
おれはそんな絶望の淵で漠然と思った。
おれも、ロックオンや皆に、出逢っていなかったら、こう成っていたのだろうな、と。
だから、と言うのだろうか、ほんの少しだけトリニティの気持ちが理解出来た気がした。
一度は世界の破滅を望んでいたから。全てを壊したくなるその気持ちが、何と無く分かる。
(だけど、)
思いは似通っていたとしても、
破壊行為に走った人間と、本当に大切な事を見出だした人間。
「そこが、おれとお前らの違いだ」
空気中に冷たく吐き出した。
膨大な悲哀を胸に残したまま言葉だけが空回りした。
「ロックオン…」
「…なんだ?」
「…いや、やっぱり何でもない」
怪訝な表情を浮かべるが、追究はしてこないロックオンに、僅かながら安心した。
そしてゆっくりと彼に背を向けた瞬間だった。
ぐらり、と、視界が揺れた。
(…――え?)
何が起こったのか理解する前に、身体が重力に従ってガクリと倒れた。
受け身すら取れなくて、顔面から倒れこむ。
ズシャア、と嫌な音が響いた。
力が入らない。
(…――あ、頭が…ガンガンする…っ!)
ぼーっと捉えたままの視界が、徐々にモノクロへと変わり、ボヤけてくる。
「惺!?」と言うロックオンと刹那の焦った声が遠くに聞こえた。
「あ、頭が―――…っ」
呟いたその刹那だった。
『“ ”』
惺の耳許で、一際はっきりとその声が谺した。
『…――“ ”、起きろ。』
暗闇で遥か昔の記憶が溢れてくる。欠けたピースが見付からない。完成出来ない記憶。その欠片[かけ]がおれを呼び起こそうと躍起になっている。
『父さん…?』
これは、現実なのだろうか。過去なのだろうか。
見分けすらつかない。
おれよりも遥かに背の高い父さんを見上げた。父さん、と言っても、彼は義理の父親だ。
本当の両親は産まれたばかりのおれを雪の降り積もる畦道に捨てて行った。
おれは大人が嫌いだ。利益だとか、自分の都合だとか、権力ばかりを追い求めている。
義理の父親は嫌いではない。幼いおれを拾ってくれ、ここまで育ててくれた。だけど、利益とか権力を追い求めている保守派の総長である父親は嫌いだ。
『“ ”、今日はお前に紹介したい子がいるんだ』
『だれ?急にどうしたの』
おれの声に、父さんは後ろを向いて手招きをした。
すると、物陰からひょっこり出てきた男の子。
嫌な予感が止まらないよ。父さん、何をする気なんだよ。
にっこり、と、世界の歪みを広げるように。
『…この子は くん。今日からお前の だ。』
なあ、お前は誰だ?
そろそろ教えてくれよ。
「…―――ア、ラン…っ」
空気が固まった。
全てがおれを責め立てる。
ロックオンと刹那が驚いた瞳で。
しかし、一番驚いていたのはその名を呼んだおれ自身だ。
(……――今、おれは…誰の名を――…?)
「誰、なんだよ…っ!!!」
その場に居る誰にでもなく、ただ、毎日のように自分の名を呼び続ける男に問うた。
「お前は…っ!誰なんだよ…っ!!!」
地面に臥したまま、ぼろぼろと泣き叫んだ。
知っているけど知らない。身体や唇が彼を知っているのに、記憶は彼を知らない。
矛盾を孕む自身に妙に腹が立った。
「お前は一体誰なんだよぉ……っ!!アラン・ヴァン・アレン…っ!!!」
ロックオンと刹那が見ているにも関わらず、ただ情けなく、ずっと、哭いていた。
思い出せない。思い出したい。
ただ、唇から出てくる名前を、叫び続けた。
『だ ど僕は、確 に貴女 愛 て ました』
その、声が、消えない。
2011.08.31
2013.01.16修正
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