はっきりとは分からない。ただ、今自分の目の前に居るのはあの“三人目”だと言うことは漠然ならがらに、でも確かに、感じていた。

『お前を思い出せたら、全て思い出せるのか?』

ゆらゆら、と蠢く人影に、おれは問うた。
ゆっくりと近付くが、おれが近付く度に離れて行く。
どうして、おれに全てを教えてはくれないのか。
おれが完璧におれになる事を手伝ってはくれないのか。
『なあ、思い出せないんだ』
だけど、徐々に輪郭は捉えつつあるんだ。どうしてだと思う?
まるで親しい友人に愚痴でも零すかのように。少し抜けた声だったかも知れない。
『“   ”さん』
その鋭い声が、もう聞こえないおれの名前を静かに空気へと放り投げた。
おれの言葉には答えてくれないその声。答えてくれない苛立ちよりも、やっぱり何処かで聞いたことがある声だ、と何と無く浮かんだその感想。
『“   ”さん』
再び呼ぶ声。その声を思い出したいのに。思い出せたら良いのに。
そうしたら、きっとおれの欠けた過去も戻ってくるという確信があるのに。
淡い希望を打ち砕くかのように、その声はおれを助けてはくれようとはしない。


『…――早く…思い出して。』


助けてはくれないのに、
早く早く、と、
急かして苦しめはするんだな。








「………。」
一気に覚醒した。
また不思議な夢を見たな。
おれは視界に映り込んだ真っ白な天井に、一瞬だけ残念な思いが沸いた。
もう少し、“彼”と話していたかったかも知れない。
そすうれば、全てのピースが揃って綺麗に完成するかも知れないと言うのに。
「はぁ」と溜め息。
こんな不思議な夢を見るようになったのは何時からだったか。
療養という名目で滞在している地上。王留美が用意してくれた真っ白過ぎる部屋は、おれを責めるように瞳に入る。

白は嫌いだ。

理由なんて無い。ただ、漠然と嫌いだ。
カーテンの隙間から、朝日が差し込む。
その朝日を浴びながら、ぼーっと天井を見上げていたら、「……っ、ぇ、!」と、噎せかえる。気持ち悪い。
(そう言えば、教団はどうなったのだろうか)
あの後、おれは傷だらけのままで丘に投げ捨てられていたらしい。
それをロックオンが見付け、迎えに来た。
どうして場所が分かったのかと訊いても、彼は「よく分からない」としか返してはくれない。
謎は深まるばかりだ。
(グラハムも、大丈夫だろうか)
狙われていたおれが丘に捨てられていた程だから、彼も無事に解放されているとは思う。
(後で、こっそり様子を見てこよう)
きっと、今、彼の前におれが現れても、彼を傷付けるだけだと理解しているから。
ゲームは終了したんだ。
これを機に彼からは距離を取ろう。
そうして、「ソレスタルビーイングのあの女は私を巻き込んで最低な奴だったな」と憎んでくれればいい。
愛を囁かれるよりは、恨んでくれた方がまだ良い。
おれは寝返りをうった。もう、ごちゃごちゃ考えるのは止めよう。今は傷を癒し、早くガンダムに乗る事だけを考えろ。

シーツを握り締めた。

「…――惺ー…、起きてる…」
か?、と、何故か科白は最後まで続かなかった。そんな間抜けな声と共に部屋に入ってきた人物は、言うまでもない。ロックオン・ストラトスだ。彼も毎日飽きないのだろうか。
「おはよ」
素っ気無く挨拶をすると、ロックオンは少し困った顔で近寄ってきた。
「何かあったか?」
「何でもない…」
妙に情けない声が出た。突き放すはずだったのに、これでは感付かれても仕方無い。
どうしてこんな時だけ上手くポーカーフェイスが出来なくなってしまったんだろう。
ロックオンは優しく微笑んで「悪い夢でも見たか?」とベッドに腰掛けた。綺麗な指先がおれの髪を梳く。
仕方無いからその指先を払って身体を起こす。
彼には敵わない。
「あのさ、ロックオン」
「ん?」
「おれさ…他の人と比べておかしいのかな…」
ぴき、と彼が固まった。
彼が動揺したのが目に見えて分かった。
何か、知っているのだろうか。
だけど、そんなに切ない表情をされてしまったら、問い質す術をおれは持っていない。
その刹那、
不意に、温もり。

ロックオンがおれを抱き締めてベッドに倒れ込んだ。

「…ロックオン…」

「…惺…」

彼の胸の中は、凄く安心した。
何も問い詰めない彼の胸の中はとても居心地が良い。
小さく「ロックオン?」と囁けば、可愛く音を立てて口付けが降ってくる。
「今は、何も考えるな」
「……。」
「少しだけで良い。このままで…」
「…うん。」
「後で、ちゃんと、言うから…。今は…」
「…うん。分かったから…」

おれは、互いの胸に、秘め事を宿していると気付かぬまま、

ただ、それだけで、
満たされた気がした。




2011.08.11
2013.01.15修正



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