日の光で意識が覚醒した。
ここは何処だろう。病院なのか。
真っ白な壁と天井。横たわっているベッドも白い。しかし、その真っ白な空間の中に、ぽつり、と置かれていた一輪の赤い花が、まるで世界から省かれているように見えて妙に寂しかった。
おれは、教団に連れ去られて死んだのか。此処が天国なのか。と、馬鹿げた考えが浮かび上がる。
(まさかな…)
有り得ない。きっと教団の施設の何処かだろう。
取り敢えず「ん…っ、」と声を漏らしながら身体を起こす。身体全身に僅かな痛みが走る。しかし半サイボーグのおれは回復が早い。傷はほぼ塞がっているようだ。
(あれ…?義手も付けられてる…)
僅かな疑問が過る。
(一体誰が…)
と、脇腹の傷口を確認しようとした時、
(ん…?)
同時に身体にのしかかっている重さに気付いた。
「ロック…オン…?」
おれの太股辺りを枕にするかのように眠りこけている彼。
一体どうして。此処は教団の施設内ではないのか。
目覚めたばかりのおれの頭は、いきなりの事態について行けない。
ロックオンに問い詰めたいが、そんな彼は絶賛睡眠中だ。
(怪我人を枕にするなんて良い度胸だな)
ビリッ、と感じた痛みに、眉間に皺を寄せると、途端に何故か笑えてきた。
「は……、はは…は…っ」
頭の中がぐちゃぐちゃになって涙が溢れてきた。笑いながら涙を零す。そんな自分が何だか滑稽に思えてくる。
それでも良い。遣る瀬無い思いを涙と一緒に流してしまおう。
「ははは…っ、」
いよいよ本格的に涙が止まらなくなってきて、やばいな、と思い始めた時だった。
がっ、と、抱き締められた。

「い、痛いっ!ロックオン!痛いっ!!」
いきなりの抱擁に、完全に治っていない身体がミシミシミシと音を立てる。
そんな事よりお前起きていたのか。
「わ、悪い…」
だが、科白に反して力は全然弱まらない。どんどん強くなる腕の力。おれの身体をガッシリとホールドする。
「放せよロックオン…」
そう呟いた瞬間、彼の身体が震えている事に気が付いた。
だから、拒否の言葉を紡ぐ事を止めて、代わりの言葉を静かに囁いた。
「ごめんな」と。
そんなに震えてしまうまで、おれの事を心配してくれたんだよな、ロックオン。
静かに彼の背中に手を回す。その後ろから、ゆっくり優しく、少し癖っ毛の髪を梳いた。
どく、どく、とお互いの心臓の鼓動が伝わる。
大丈夫、おれは此処に居る。
お前の傍に、ちゃんと生きている。
それが、おれの鼓動を通して伝われば良いのに。
「…心配した…っ。心臓が、潰れるかと思う程…っ」
「ごめん、ロックオン…。でも、おれはちゃんと此処に居るよ」
「……っ、!」
ロックオンが顔を上げた。
悲しそうな、だけど安心した顔。
心臓が、ギュウ、と苦しくなった。
「俺から…っ、離れるな…っ、二度と…、こんな事…っ!!」
ゆっくりとロックオンの指がのびてきて頬をなぞる。涙が彼の指も濡らした。
ああ、よく見れば彼も泣いている。
彼を泣かせるのは二回目だ。
美人さんの泣き顔は嫌いではないが、彼の泣き顔は胸が苦しくなる。息が出来なくなって、彼の瞳に吸い込まれそうになるんだ。
「…ごめん、ロックオン」
おれも、彼の頬を両手で包み込んで静かに紡いだ。雑音も何も聞こえない真っ白な部屋で、小さく囁き合っている、涙に溺れた大の大人二人。
何処か笑える光景。だけど、おれにはそれが全てだった。
「…惺、」
その吐息だけで、身体中には電流が駆け巡る。ビリビリとおれの脳を甘く痺れさせる。
「ロックオン……っ」
苦し紛れに名を呼んだ。
その吐息に答えるかのように。
これ以上、許してしまったら何もかも戻れなくなる気がするのに、おれの気持ちはおれの意に反してどんどん大きくなる。
「惺、」
彼の声が、耳を犯す。
その先を、紡いで欲しい、と。
そう思った時点で、おれは負けだ。

「愛してるよ、惺…。俺から離れるな」

「ロックオン」
彼の瞳を見詰めた。両手は彼の頬に添えたままで。
こんなに一途な彼。
何時だっておれを思ってくれていた彼。
今、告げるべきなんだ。
今しか無いんだ、きっと。
おれの想いを。おれの気持ちを。

「…っ、お前を愛してる、ロックオン…っ」

死を覚悟したあの時、思い浮かんだ。おれの名前を呼ぶロックオン。
朦朧とした意識の中でただ確かに感じたんだ。

…――最期に、お前に、会いたかった、と。

ロックオンが一瞬驚いて力を緩めた。だが、それすらも許せなくて、愛してる、と紡いだからには一瞬たりとも放して欲しくなくて。
おれはギシギシと軋む身体で一生懸命彼に抱き着いた。
「今の…、幻聴なんかじゃないよな…?」
「ああ。幻聴なんかじゃない」
「本当、に…?」
「ああ。本当にお前を愛してる。」
「し、信じらんねぇ…っ」
信じられないのならば、幾らでも紡いでやろう。
「愛してる。随分と前から、ロックオンを愛していたんだ」
その気持ちに気付いたのは、つい最近だが。
先程とは別の意味で涙を流すおれ達。これもこれで何処か笑える。
「…なあ、キスして良い…?」
おれは笑った。そんな事、訊かなくても良いのに。
返事の代わりにゆっくりと瞼を閉じれば、柔らかな温もりが唇に重なった。
長い間、ずっとそうしていた。
ただ、心の奥底に居座っていてずっと押し込めていた気持ちに、忠実に従うように。
啄むような接吻から、激しさが増していく。
お互いの気持ちを噛み締めるかのように、舌と舌を絡ませて。呼吸すら奪う程に。
「…っん、…、ふ…」
唇の間から吐息が洩れる。
全部、全部、ロックオンのせいなんだ。
昂った気持ちが接吻に拍車をかける。激しく、激しく、激しく。
おれも、ロックオンも、止まらない。止める方法を知らない。
ぎゅ、と背中にしがみつく。
苦しすぎて、死にそうだ。
一瞬だけ、力が抜ける。
「…だめ…っ」
まるで、まとわりつく鎖のように。
「放したら…っ、許さない。」
その必死過ぎる声に心臓が破裂しそうなくらい動く。
もう、戻れない。
「ロック、オン…っ!」
もう、抑えきれないこの気持ちを全部受け止めてくれよ。
嗾けたのはお前じゃないか。



「…――愛、してるっ」



耳許で、痺れる程に囁き合った。
強張る身体に。「大丈夫」と呟いて。
一枚、一枚、と、衣類を脱がされていく。
優しい指先。悪く言えば焦れったいその指先。
早くおれと一緒になって欲しい、と無垢な欲望が心の中を支配する。
「…、愛して、る、」
ぺろ、と、おれの肌をを舐め上げる。妙に艶かしくて心臓が跳ねた。そこから熱を帯びる。熱はジワリ、と身体を侵食して、涙を誘う。
つぅ、と一筋の涙が零れた。
折角止まりかけたのに、ロックオンはつくづくおれを泣かせるのが得意らしい。
「っ、ロックオン……」
夢中で呼んだ。
狭くて真っ白な世界の真ん中で、一糸纏わぬまま身体を重ねる。
噛み付くように接吻を施して、貪るように犯される。
「んっ、はぁ…、」
舌を追い回して絡めとる。
「っん、…惺、っ!」
必死におれの名を呼ぶ彼が愛しくて堪らない。


「…なあ、惺……、いれていい…?」


おれは、微笑んだ。
幸せ過ぎて、怖い。


「…優しく、してよ…?」




2011.06.20
2013.01.13修正



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