目隠しをされ、連れて来られた場所は、広い空間。中世のお城のようにも見えなくないデザインに、不謹慎にも「センス良いなぁ」と感心する。
おれは固い椅子に手足を固定され、グラハムは数メートル離れた場所で拘束された。
おれに作戦をばらした罰として、彼も縛り上げられたらしい。
「っ、」
思いの外強く拘束された。
半分サイボーグの身だからと、抜かりなく縛ったようだ。サイボーグだけど一応女だぞ。もう少し弱めに縛れよ。
おれはぶつけようの無い怒りをただ胸の内で爆発させる。
グラハムが「約束が違うぞ!彼女を丁重に扱うと言っただろう!」と、声を荒げた。
「大丈夫、グラハム」とその声を制す。おれを心配してくれるのは嬉しいが、その事で彼が更に罰を受ける事になるのはつらい。
痛みや苦しみは、彼より何倍もおれの方が慣れているのだ。だから、彼を傷付ける訳にはいかない。
おれが我慢すれば済む。
心配するな、と、グラハムに向けて目を細めて見せたら、彼は「惺…」と、申し訳無さそうにおれの名を呼んだ。
その気持ちだけでも嬉しい。

薄暗い広間。
カッ、と、おれの居る場所だけスポットライトが当てられて監視されているような気分に陥る。
眩し過ぎて、さっきのグラハムに向けたものとは別の意味で目を細めた。
(胸糞悪いな)
ただそう思った。
「頭領、気分はどうですか」
低くも高くもない声が響く。その声の主であるメリッサは、カツカツと靴音を響かせて此方に近寄った。
「最高。ここまで不快な気分を味わったのは久しぶりだ」
「どういたしまして」
彼はにっこり笑って見せた。
刹那、
バシンッ、と急に左頬を殴られた。
不意討ちは卑怯だそ。
「惺…っ」
グラハムが慌てたように名を呼んだ。そんな彼に「大丈夫」とだけ告げて、前に向き直る。口の中にじわりと鉄の味が広がる。どうやら何処か切ったらしい。
メリッサは、勝ち誇ったかのようにおれを見下ろした。
しかし不思議だ。状況も何もかもが不利なのに、おれの心は彼に勝った気でいた。
その気持ちはきっと“惺”に対する想いから来ている。
今見下ろしている人間は、愛する者よりも自分の利益を取った。おれは、自分の命よりも愛する者を取った。勝った気分になるのには十分過ぎるその事実。
メリッサ――彼も随分と堕ちたものだ。
うっすらと思い出せる記憶を辿る。
ソレスタルビーイングが武力介入を始める前――確かおれがソレスタルビーイングに来て間もない頃に、一度、彼に会った。
“夏端月惺”を本当に愛しているのは自分だ、と、おれに銃口を向けた。そんな彼が、今はここまで堕ちてしまった。
なんて残酷なのだろうか。
「…おれは、お前を許さない」
「………。」
「おれを捕まえる為にあいつのクローンを作った…!あいつの命を踏みにじった…!あいつの命を利用した…!」
メリッサは「テロリストが正義を語るんですか?」と反論した。おれの科白が可笑しかったのか、口元を歪めている。
「テロリストにだって正義は在る」
貫きたい信念のもとに行動している。罪を背負う事を覚悟で。
おれだけではない。おれ以外のソレスタルビーイングの奴らも、自らの掲げる信念を貫き通して其処にいるのだ。
おれ単体を侮辱されるならば未だしも、彼らまで見下すような科白は許せない。
何も知らない彼に、言われたくない。
メリッサは、そんなおれの心境には一切気付かずに、まだ先程のおれの科白に笑っていた。
「たかがクローンにどうしてムキになれるんですか」と笑い続ける。
「…っふざけんな!!!!!」
喉が、張り裂けるかと思う程に叫んだ。
たかがクローンなんて、よくも言えたものだ。
あいつらにだって、意思があった。自我があった。それを弄び、道具のように扱って捨てた。
目の前の男は、愛しい女を利用しているというのに罪悪感すら無いのだろうか。“夏端月惺”の命をいとも簡単に踏みにじった。だのに、どうして、こうして笑えるのか。
(憎い。)
目の前の男を、殺してやりたいと思った。
「頭領、結局は貴女だって俺達と同じですよ」
「一緒にするな!!!!」
おれは、命の大切さを知っている。おれは、他人を傷付けても平生など保っていられない。だけど、おれには、そうまでしてやらなければいけない事がある。
全て、違うんだ。
自分だけの為に、トリガーを引く事を止めたんだ。
誰かを守る為に、トリガーを引く事を誓ったんだ。
メリッサを睨み付けた。
眼力で人を殺せたら良かったのに。
「はぁ…。頭領、貴女は少し痛い目にあった方がいいですよ」
カチャリ、と音が響く。銃口がおれに向けられ、
―――パァアアンッ!!!!
「……ッ、は、!!!!」
脇腹に一発。
まるで、水風船を割ったかのように弾け飛ぶ鮮血。半分金属を埋め込まれたせいで、中途半端に意識が繋がる。逸そ失神したかったかも知れないと情けなくも思う。
「かはっ、」と口の端からも血が溢れ出る。突然過ぎて頭がついていかない。
追い討ちをかけるかのように再び胴体に一発。
「っ、!!!!」
悲鳴すら、出なかった。横からグラハムの叫びが聞こえる。
「殺しませんってば」
「話が違うだろう!!!」
グラハムが叫ぶ。するとメリッサは何か良いものを見付けたのか「ああ、あれがいい」と呟く。
カラン、と銃を床に投げ捨てて、それに向かって行き、持ち上げる。斧のようなそれは、どのように使うのかなんて、考えなくても直ぐに予想出来た。
「特注品なんです。きっと頭領の右半身も簡単に――…」
―――ゴギャッ…!!!!
「…――ッ、っ!!!」
右腕に激痛が走った。
右腕から、肩、首、頬、耳、と、痛々しく生々しい音が嫌な程に響き渡った。じんじん、と後を引く痛みと破壊音。つられて頭まで痛くなってきた。
涙を耐えて、右側を見れば、弾丸すら跳ね返せる程の強度の右腕が、不自然な部分で切断されていた。
(くる、しい…っ、)
「ああ、神経も繋がってるから痛いのか……よく出来てますねぇ…」
気付いている癖に、わざとやっているのだ。
視界が生理的な涙で霞む。
「やめろ!」というグラハムの叫びも、だんだんと遠くに聞こえてくる。
もう、だめかも知れない。
そう思った刹那だった。




「…―――楽しそうですね。」




澄んだ声が、その場に響き渡った。
メリッサは、その声を聞くと瞬く間に恐怖を浮かべた。カラン、と斧が手の中から滑り落ちた。
「リ…、リー…ダー…」
切れ切れにその唇から紡がれた「リーダー」と言う単語。
おれは遂に諦めに似た何かを覚えた。リーダーと言うのはきっと教団のトップだろう。そんな人物まで現れたら、おれの命はもう無いに等しいだろうな。
カツカツ、と高らかに靴音を鳴らして近付く。
その容姿は、真っ黒な仮面と真っ黒なコートと言う怪しさ満々なスタイル。
おれは痛みに魘されながらもじっとその人物を見ていた。
「誰が、こんな事を許可しましたか」
籠った声が変に響く。メリッサは突然現れたリーダーに恐れをなして動けないままだ。
「これは…っ、その…!!」
「もういい。声すら聞きたくないです。失せてください」
敬語だと言うのに凄みのある科白。メリッサは「はい!!」と返事をするなり直ぐに扉の方へ走ってしまった。
何だか情けないな、と、一瞬だけ痛みを忘れて思ってしまった。
すると、リーダーと呼ばれた怪しい人物は、静かにおれに向き直った。
おれの目を見ようと、身体を屈めて顔を近付ける。
仮面でよく分からないが、その表情はきっと悲しんでいる。根拠は無いけど直感がそう言っていた。
「…すみません…」
仮面の向こうから、そんな言葉が投げられた。意外過ぎるその言葉におれは目を見開く。
だって敵のリーダーが謝るだなんて。お前、仮にもおれのチップを狙っているのではないのか。
意味が分からなくなる。グラハムも、突然の事に声を失ってしまったらしい。
仮面の人物は、ゆっくりとおれの頬に触れた。
「今、止血します」
ただ、それだけを告げて。
指先は静かに離れた。
何故だろうか、その指先を知っている気がするんだ。
「お前は…、一体…」
問い掛けた科白は最後まで出なかった。
徐々に暗くなっていく視界。
おれは痛みから逃げるかのように、意識を飛ばした。




2011.05.30
2013.01.13修正



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