スメラギさんからお使いを頼まれて地上に舞い戻った。今日は珍しく一人だ。
誰も居ない隣。少し寂しい気持ちに蓋をして、お使いと言う名のミッションを続行する。
ミッションと言えばやる気も出るかと思ったが、やっぱりやる気は出ない。果てしなく無意味で遣り甲斐の無いミッションだ。
「あとは……酒か」
渡された紙を見ながら呟いた。
もう荷物はいっぱいだ。酒を買ったら一人で持って行けるだろうか。いや、何が何でも持って行かなければならない。
果てしなく無意味で遣り甲斐の無いミッションだが、そこそこ難しいミッションらしい。
「早く買って、トレミーに帰ろう」
クローンの件以来、おれは暫く外出を禁止されていた。今日やっと久々に出られたおれだったが、スメラギさんの言った通り、外が少し怖く感じる。
しかし、誰か同行させろ、と煩かった彼女を振り切った理由は、以前のように誰かを巻き込みたくなかったからだ。
あの時の、クリスティナの脅えた瞳がまだ離れない。
あんな思いを、もう二度と誰にもさせたくない。そんな事をするくらいならば、おれ一人で苦しんだ方がマシだ。
「はあ、」と溜め息。
その時、おれは見覚えのある金髪を見付けた。
(あいつは…)
グラハム・エーカーだ。
地上に戻ると何故か高い確率で遭遇する。
話し掛けるべきか、否か。
おれは迷った。
この間、彼も巻き込んでしまった。今回も彼を巻き込まないとは言えない。
おれに関わった人間は、皆傷付く。
が、刹那、
「惺!」
見付かってしまった。
迷っていないで素早く逃げるべきだっただろうか、と今更ながら思った。
グラハムは何時ものように笑っておれの近くに歩み寄ってきた。相変わらず爽やか過ぎる笑みだ。
「今日も会ったな。惺」
「そうだな」
素っ気なく告げると、グラハムはおれの手から荷物を然り気無く取って隣に並んだ。
にっこりと微笑んで、「私が持とう」と一言。
この男は、本当に鋭い人間だ。そして優しい。
彼がフラッグファイターでなく、ガンダムマイスターだったならば、もっと違う関係を築けたはずなのに。
少なくとも、こんなに切ない思いなどしなかっただろう。
「惺…」
グラハムはおれを見下ろした。何だろう今日の彼は何時もよりぎこちない。
「今まで…口にした事は無いが…私達はきっと同じ事を考えている。そうだろう?」
「……。」
彼の科白におれは何も答えられなかった。
同じ事――それはきっと、「おれ達が敵同士ではなかったら」と言う幻想を指しているのだろう。
「一緒に行かないか、惺」
「…………。」
グラハムの様子がおかしい。今日はどうしたんだ。
おれはただその揺らぐ瞳を見据えている。
「グラハム」
彼の名を呼ぶと、瞳が更に揺らめく。真っ直ぐな彼らしくない、動揺した瞳。
「何か、隠してるんだろ?」
グラハムは、立ち止まった。敵だと言うのに正直な男だ。
(だから、おれは彼を嫌いになれない)
彼は、おれから奪った荷物を地面に放り投げた。「何すんだ」と怒る前に、おれは抱き締められた。
きつく。圧死してしまいそうな程に。
その強い抱擁に、おれは用意していた言葉すら出せなくなる。
「君を…っ、傷付けたく無い…。ソレスタルビーイングに居れば、君はもっと傷付く…」
「……。」
「私と一緒に、行こう。惺」
「グラハム…」
苦しいよ。
まさか、ゲームを始めたあの頃はこんなに苦しむなんてお互い考えもしなかったな。
きっと、スタート地点が同じだったなら、二人で堕ちるとこまで堕ちただろうに。
おれは、グラハムの背中に手を回した。彼を巻き込んでしまった罪を、償うべきなんだ。
「おれは…やらなきゃいけない事があるんだ…。だから、お前とは一緒に行けない…」
「それは…ガンダムマイスターでなければいけない事なのか…?」
「ああ。」
グラハムの言葉は嬉しい。だけど、駄目なんだ。
敵同士でなかったならば。
そう、思わずにはいられない。
「“いいえ”を紡ぐならば…私は…君を…捕まえなければいけない」
「お前は…正直過ぎる…」
「惺…っ、すまない…っ!!」
グラハムの瞳からは一筋の涙が。
おれの頬にポタリと滴る。
なあ、グラハム。あの時始めたゲームを覚えているか。
敵同士の上に、絆は成立するか。世界が歪んでも、お前は真っ直ぐな心を貫けるか。
「お前は…きちんとおれに示してくれた…」
だから、

「…ゲームオーバーだ。グラハム」

おれは微笑み、彼の胸に顔を埋めた。
それと同時に、黒いスーツを纏った人々に取り囲まれるおれ達。
(やはり、罠だったんだな)
静かに、おれは意を決した。
グラハムは敵だと分かっていて付き合っていた。いずれ自分を裏切る日が来る、と。そう覚悟しながら過ごしていたのに、彼は裏切るどころか正直に謝って見せた。
グラハム・エーカーは、何処までも真っ直ぐな人間だった。
「っ、すまない…っ、惺…!!」
グラハムはただ謝った。
しかし不思議だ。半ば裏切られたと言うのに、おれは何も怒ってはいない。寧ろ、何処か清々しい気分だ。
「謝らなくていい、グラハム…」
その理由は、きっと、彼がおれを想った末の行動だったから。
“夏端月惺”と、同じだったから。
だから、憎めないんだ。

(……っ!!!)
不意に、身体が、動かなくなった。

まるで地面と足の裏がくっついてしまったかのように。
「…惺…?」
グラハムが動かないおれに問う。
逃げなければいけないのに、身体が動けないで立ち竦む。
(どうして、動かないんだ…っ)
「く…っ」
情けない声が洩れた。
全身を包む痺れ。おれは瞬く間に力が抜けて地面に膝を着いてしまった。身体が全然言う事を聞かない。
おれの中で何処か諦めに似た感情が生まれた。その刹那、クツクツと笑い声が聞こえる。重い空気の中、その笑い声は一際響いた。
「誰だお前…っ」
その声の主である青年に訊ねる。
彼は未だに笑いながら此方を見ていた。
「貴女に愛する人を殺された人間です。“   ”さん」
どくん、と、心臓が跳ねた。
まさか、あいつが生きていたなんて。
「メリッサ…」
その名を呼ぶ。
“夏端月惺”を愛していた男。てっきり死んだと思っていた彼が、生きていたのだ。
「復讐か…っ」
彼は笑った。
「おれの問いに答えろ!!!」
その笑顔に、無性に腹が立って怒鳴り付けた。彼は一瞬笑顔を崩すが、再び笑顔を貼り付けて話し出す。
「俺、今、朱の教団と呼ばれている組織にいるんです。…貴女を捕えた目的は、復讐ではない。チップです。クローンも我々のもの。チップを手に入れる為なら何だってしますよ」
「ふざけんなよ…」
彼の所属する組織、朱の教団がクローンを次々送り込んで来たなんて。
「お前…っ、“惺”を愛していたのに、彼女のクローンを造るのに協力していたのか…!!」
「………。」
「答えろよッ!!!!」
彼は答えない。
どうして、こんな酷い事を。
“惺”の命を、利用して。
彼は、おれを睨み付ける。しかし、おれの問いには答えてはくれなかった。
(世界は、まだ醜さを孕んでいる)
「悔しいですか?俺を殴りたいですか?でも、動けないですもんね。無様ですよ、頭領」
カチッ、と音が鳴る。おれの動きを封じていたその正体が露になった。
「頭領の右半身の特別な金属……それに反応する強力な電磁石です」
成る程。下準備は万全だったと言うことか。
おれ専用の電磁石で捕えるなんて、大層な作戦だ。そこまでしてチップが欲しいか。
「…頭領」
懐かしい呼び名で呼ばれる。
その唇からは出なかったが、まるで「苦しんで下さい」と言わんばかりの眼光。
(おれも、終わりなのか…)
グラハムを見上げた。
彼は、動けないおれを再び強く抱き締める。

「ごめん、惺…」

切ない声が、鼓膜まで響いた。




2011.05.27
2013.01.12修正



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