漆黒と紺碧が脳裏をちらつく。
宇宙と深海を思わせるその色は彼女の瞳を連想させる。しかし、宇宙と深海の黒と碧なんか私の中ではもうどうでもいい。彼女の瞳の黒と碧しか浮かばない。もう、彼女の瞳しか見えないんだ。

惺・夏端月、会いたい。

違う輝きを放つ瞳。その奥に隠された善と悪。
それに気付いた瞬間、彼女に触れたくて堪らなくなった。今でもそう。
特別なひと。
唯一無二の愛する女性。
敵同士だと言うのに、運命と疑う程に惹かれ合った。
その無表情が、仮面だと気付いた瞬間、私は彼女をソレスタルビーイングから引き離す決意を固めた。
彼女の涙を見た刹那からその思いは高まるばかりで収まる事を知らない。
まるで病のように。身体のみならず心までも脅かすそれ。私はもう末期なのだ。
惺、なんで君はガンダムマイスターなんだ。
ガンダムマイスターなんかではなく、私と同じフラッグファイターだったならば。
きっと、彼女は苦しまなかったはずなんだ。否、私がそんな事を許さない。
「惺、」
彼女の名を呼ぶ。
内に潜んでいた狂気が開花する。
どうして、どうして、と、疑問ばかりが頭を支配する。
彼女とのゲームはまだ途中だ。
(君が、欲しいよ、惺)
無理矢理奪ってしまったら、君は何と言うだろうか。
きっと、あの悲しそうな瞳で私を責めるだろうな。
しかし、膨れ上がった想いの前ではそんな不安よりも、彼女への想いが勝ってしまう。
彼女の涙を見たあの日から、私の心と時は止まったまま。
私は、月明かりに彼女を思い起こす。
月はまるで彼女のようだ。
公転周期と自転周期の関係で地球からは裏側が見えないように、傷を隠して輝く。
遥か遠く離れたところで月震を起こすように、その遠い仮面の下で人知れず悲しみに戦慄いているのだ。
全て、知っているのに。
彼女は私に手を伸ばしてはくれない。

「惺、君を一番愛してるのに」

どうして君はすり抜けて行く。
じっと月を見上げる。
悲しいくらい届かない。
柄にもなく、泣きそうになった。
そんな時だった。

「ミスター・グラハム」

一人の青年が私に話し掛けて来たのは。

「誰だ」
暗闇から現れた青年は、不敵な笑みで近付いた。警戒の瞳を向けるが、それを気にも留めないで言葉を続ける彼。私の質問は完全に無視か。
怒りを露に追い返そうとした刹那、
「俺の言うことを聞いたら、ガンダムが、いや、惺・夏端月が手に入る」
「なん、だと…?」
青年の言葉は、私の心臓を痛い程に貫いた。軽やかに近付いて告げた彼は、何処か怪しげで狂気に似た何かを孕んでいた。
どうして、彼が知っているのだ。
ガンダムを。惺を。私の気持ちを。
私は彼の瞳を覗き込んだ。一体何を考えているんだ、と、探るように。
「君は、誰だ」
もう一度問うた。
彼はただ微笑みを浮かべるだけだったが、私がなかなか簡単に引かないと分かったのか、「強情な人だ」と苦笑を洩らした。
「メリッサ」
「メリッサ…?」
「遥か昔に、そう呼ばれていました」
私は彼を見据えた。
その答えでは、私を納得させるのにまだ足りない。
彼は何者なのか。惺とどんな関係なのか。知りたいのはそこなのだ。
「俺は…彼女の知り合いです」
「……」
「本当ですよ。俺はある組織に所属していて、彼女が持っているあるモノが欲しくて堪らないんですよ」
「あるモノ…?」
瞳が怪しく煌めく。
メリッサと名乗った青年は何かを思い出すかのように天を仰いだ。
「…地図にも載っていないある島に、政治の荒れていた小国がありました」
「………。」
「そこで、俺も彼女も生きていた」
彼女は、そんなところの出身なのか。
知らなかった事実に、少なからず動揺した。
きっと、そこで数え切れない苦しみを味わってきたのかと思うと、息が苦しくなる。
彼女は何時も戦っていた。
「あるドクターが、内戦に勝つ為に最強兵器を開発した。しかし、その最強兵器があまりにも危なかった為に何処かに隠してしまった」
「隠した…?」
「はい」
彼は、にっこりと「ミスター・グラハム」と言った。
「貴方なら、チップを何処に隠します?」
「…何処に、と言われてもな……」
私には直ぐに思い付かない。金庫か何かに仕舞えば安全なのではないか。私は彼を見据える。
彼はにっこりと微笑み、私の心臓を平気で貫いて見せた。
「ドクターは、惺・夏端月の体内にチップを隠したんだ」
「…っ!!!」
その後の科白が聞き取れない。ただ、目の前が真っ白になる。
チップが、惺の体内に、ある、だと?
嘘は止せ。
それが本当ならば彼女は危ないのではないか。
今まで、何回も狙われたのではないか?
(まさか、)
刹那、先日のクローンの件が脳裏を過る。
あれは、チップを狙っていたと言うのか。
『君は…愛した女性を…、殺せるのか…』
『一度殺めている。もう、何も感じない』

あの時、彼女は仮面を被って、心から溢れ出る血液を両手で必死に押さえ付けて、平生を貫いていた。
『…何時ぞやにも言ったが…、おれは彼女を殺せた。つまり、所詮その程度の想いしか無かったと言うこと。おれは本気で彼女を愛してはいない』
『…嘘つき……。』

ずっと、苦しんでいたのだ。
ずっと、狙われていたのだ。
「貴方に、惺を誘い出す餌になって欲しい」
「餌、だと……そんな事…」
出来るはずがない。彼女を、これ以上苦しめるなんて。
「勘違いしないで下さい。俺はチップを手に入れればそれでいい。彼女自身は必要無い」
良い条件ではないかい?と、青年は笑った。
「チップが無くなれば、彼女は幸せになれる」
ミスター・グラハム、どうしますか?と、私の心を揺さぶる。
そんな事を言われてしまったら、私はもう一つしか選べない。選べなくなる。
(惺…)

「…――ミスター・グラハム…」

青年が微笑んだ。

「貴方の手で彼女を救いましょう。」




ゲームは、まだ終わらない。




2011.05.27
2013.01.12修正



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