「…――ロックオン、トリニティ兄妹の情報を……」

あれから暫くして、ロックオンに詳細を聞きに行ったおれ。
入った瞬間、失礼にもノック無しだった事に気付いた。失念していた。
一瞬だけ「しまった」と思ったが、彼はこれくらいで怒るような小さな人間ではないな、と考え直し、次の一歩を踏み出そうと宙を彷徨っていた足をそのまま進めた。
きっと、「おー、なんだ?」と、あの温もりのある笑顔を浮かべてくれるんだろうな。予想していたおれは、その先に捉えた意外な光景に、柄にもなく目を見開いてしまった。
「ロックオン…寝てるのか?」
思わず問うた。本当に寝ているかも知れないから小さな声で。おれの精一杯の配慮だ。
すっ、と傍に近寄る。
やっぱりロックオンはすやすやと寝息を立てている。
(そうか、もう遅いのか)
ミハエル、ティエリア、ハレルヤ、と、ずっと話していたおれは時が経つのを忘れていたらしい。
ロックオンと時計を交互に見て妙に納得してしまった。すると、時計の効果なのか不思議と自分まで眠気を催した。
(…おれも寝るか)
トリニティ兄妹の話は何時でも聞けるしな、と考え直して欠伸をひとつ。来た道を戻ろうと回れ右をした刹那、
――くいっ、と左の袖を引っ張られた。

「…ごめん、起こしたか?」
なるべくロックオンが覚醒しないように静かに囁いた。そんなおれの声に流し目で此方を見た彼。
(色っぽいな、なんか)
不謹慎にも思った。
もしかして、まだ寝惚けているのか?この手を振り払って良いのだろうか?――そんな疑問が過ったが、答えは見付からず、ただ彼を見詰めていた。

「いくな、惺」

「……は?」

思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
(もしかして、此処に居ろってことか?)
そのまま、立ち尽くす。
言葉も出なければ動く事も出来なかった。
「、あいしてる、惺。いくな」
「…――っ、!」
聞こえた科白に、ビリリと戦慄に似た痺れが走った。同時に、おれはグインと引っ張られてロックオンの胸にダイブした。
どんっ、と音を立てて倒れる。
左手を掴まれ、腰をがっしりとホールドされている。
いきなりの事に、何処から驚けば良いのかすら分からなくなってきた。
「ロック、オ、ン…?」
辛うじて出た言葉も、掠れて頼り無い声だった。
何でおれは彼に抱き締められているのだろうか。
答えを知りたいが、唯一答えを知っている本人は心地好い微睡みと戦っている最中だ。
「起きてる、のか?ロックオン」
気を取り直すように再び紡ぐ。すると、ロックオンは再び閉じかけていた瞳をうっすらと開いて此方を見た。
「ん…惺の声で…起きた」
まだ眠たそうに瞬きを繰り返す彼。呂律が若干回っていないことが、まだ眠気と戦っているということを証明していた。
「あ、悪い…じゃあおれ…」
「…だめだ。いかせない」
「ちょ、ロックオ…!」
更に強く抱き締められた。
触れた彼の逞しい胸からは、どくどく、と僅かに早い鼓動が聞こえる。
「…あったかい…やわらかい」
「そうか…」
その科白は若干アウトな気がする。
ぎゅうぎゅうと抱き締められたまま。
彼はおれを逃がさまいと、腕だけではなく脚までも絡ませてくる。
(色々と、当たってるんだが…)
「大人しく寝ろ」
「…もう覚めた」
ぎゅっとおれの両手首を掴んで拘束する。わざわざ構ってくれるロックオンに、ちょっとだけ嬉しくなった自分には気付かないふりをした。
「惺、」
「ん?」
「愛してる」
「………。」
真っ直ぐ過ぎる愛の言葉に、おれは言葉を失ってしまった。
先程のは、寝言ではなかったのか。
おれは彼に抱かれたまま、胸の苦しさに耐えた。
ロックオンは、そんなおれを全てお見通しだったらしい。
その男らしくごつごつとした指先で、おれの髪の毛を優しく梳いた。
「ごめんな、惺。…俺は、お前が苦しんでいるにも関わらず、俺の気持ちを押し付けるようにお前に全てをぶちまけた」
「………。」
「気付いてしまったら、もう、抑えきれなかった…。お前を愛してる」
お前は悪くない。おれが悪いんだ。
“惺”の事も、ちゃんと解決出来なくて、ただ、悩んでばかりで。今だって、答えの出せないおれのせいでお前を苦しめている。
(ごめん、ロックオン)
混乱した頭では、お前を愛しているのかそうでないのかも判断出来ない。
人間を憎んでいたおれに再び人を信じる事を教えてくれ、光を与えてくれた彼は好きだ。だけど、それが愛なのか、単なる吊り橋効果なのか分からないんだ。
ごちゃごちゃし過ぎて何が本物なのか見抜けない。
おれの気持ちなのに、おれの気持ちが分からない。
「…ロックオンは…おれに同情しているだけなんじゃないのか…?」
「違う。」
彼ははっきりと答えて見せた。
「お前は知らないかも知れないが…、俺は随分と前からお前が好きだった。一人の女性として」
「どうして…」
「どうしてって…愛する事に理由なんて必要か?お前は“夏端月惺”を愛するのに理由があったのか?」
「…ううん」
理由なんて無かった。いや、違う。在り過ぎて、全てが理由だったんだ。気が付いたら、愛していた。必然だったかのように、掛け替えのない存在になっていた。
「…それと同じさ。俺は昔からずっとお前が好きだ」
ロックオンの声が優しく心臓へと染み込む。
そんな優しい彼を、悲しませなくない、と、漠然と思った。
だけど、今の、こんな状態のおれでは無理なんだ。
「ロックオン…、もう少し、待ってくれないか…」
その答えが見付かるまで。
必ず、見付けてみせるから。
ロックオンはにっこりと微笑むと、おれを再び思いっきり抱き締めた。
「仕方無いな」と言う柔らかな声が降り注ぐ。

―――刹那、額に温もり。

ちゅっ、と可愛い音を立て、ロックオンは満足げにおれを見詰めた。
「今は、これで我慢してやる」
その腕に抱かれたまま、ロックオンを見上げる。
「お前が納得出来る答えを出すまで、ずっと待ってる」
そう告げた彼は、何処か“夏端月惺”と同じ雰囲気を醸し出していた。
「…惺……」
「ん…?」
「涙、出てる」
「涙…?」
そっと触れられた先が濡れている。おれはびっくりしてロックオンの瞳を見詰めた。うそ、全然気付かなかった。
おれは誤魔化すかのように彼に擦り寄る。胸板にぎゅうぎゅうと頬を押し付けて。


「愛してるよ」


再び、そんな声がじわりとおれの鼓膜に届いた。
おかしいな。涙が止まらない。

「…お前を素直に愛せたら…、幸せなんだろうな…」

囁いた声は、秘め事となる。

ロックオンが問いかけてくるが、おれは再び紡ぐことなく瞳を閉じた。

「…何でもない。…なあ、このまま一緒に寝てもいい?」

「ああ、勿論」




2011.05.02
2013.01.11修正



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