展望室から見える星達は、おれを享受するでも拒絶するでもなく、ただ傍観していた。

おれは、一人で何かを探すかのように星を見てはまた別の星を見るという行為を繰り返していた。
(今日は、疲れたな…)
数個目の星を捉えると、精神も瞳も疲れてしまったのか、床へと視線を落とした。自分でも今気付いたが、相当疲れているらしい。
(でも、休んでいる暇は無い)
トリニティ兄妹を思い出し、おれは眉間に深い皺を刻んだ。
ゲーム感覚でガンダムに乗っているような雰囲気。命のやり取りをしていると言うのにそんなに軽く受け止められるのか。
少なくとも、おれには出来なかった。
おれはゆっくりと左瞼に触れた。
確かに最初は…、それこそヴェーダに選ばれたばかりの時は、「馬鹿じゃないか」と思っていた。
世界から嫌われ、そして世界を憎んでいるおれに、世界を救い、平和にするだなんて、無理だ、と。
だから、この際、ガンダムを利用して世界を破滅に導いてしまおう、と。
だが、今では、ちゃんと分かっている。
終わらせるだけが答えではない。
皆が教えてくれた。
終わらせるのは簡単なんだ。
つまり、終わらせることを選んでしまった時点で、おれは臆病者の弱虫なんだ。
結局は、自分が傷付きたくなくて、逃げていたんだ、と。
そうではない。
本当の使命は、
おれのように苦しむ人を救う事だ。愛した“彼女”が、愛する彼らが、笑顔でいられるように。
――ヴェーダは、こうなることを、見越していたのだろうか。
「ふ、」と微笑する。
「こわいねぇ…」
静かに呟いた。
その時だった。
展望室に、おれ以外の誰かが入ってきた。
「ロックオン?」
咄嗟に予想される人物の名前を呼んだ。が、その正体は、おれの予想の斜め上を行く人物だった。
「ミハエル・トリニティ…」
「ほぉ、名前、もう覚えてくれたんだな」
飢えた獣のようにジリジリと近寄るミハエル。どうしてここに来たんだ、と、おれの頭は半ばパニックに陥る。
「おれに何の用だ」
「つれないなぁ。用がなければ来ちゃいけねぇのかよ」
間合いを詰められ、端に追い詰められる。久々に焦りが身体中を支配する。
「お前に興味が沸いたんだ」
「おれは玩具じゃない」
ピシャリ、と跳ね返す。
しかし、先程のように余裕そうな笑みを浮かべるだけのミハエル。全然効いていないようだ。
「あー、勿体無えな。ここのガンダムマイスターじゃなかったら即お持ち帰りだったんだがな」
「ここのガンダムマイスターじゃなくても、おれはお断りだ」
反論すればする程、ミハエルの笑みが深くなる。
(…くそっ)
まるで、遊ばれているようだ。
不快感を覚える。
「今すぐ失せろ。おれに八つ裂きにされたいのか」
「あー、それはそれで面白いかもな。ま、俺の方が強いから無駄だぜ」
(…いちいち癇に障る…)
「そういや、さっきの刃物、どうやって出したんだよ。もしかしてお前、ロボットか?」
ガシッと腕を捕まれで観察される。金属だから、感覚など感じないはずなのに、触れられた部分からゾワゾワ、と何か嫌なものが広がっていく気がした。
「触るな」
あくまで冷静に対応した。
感情が表に出たら負けだと思った。
ミハエルの指が、厭らしく這う。
肩、鎖骨、首、そして顎を通って唇に触れる。

「その生意気な科白が出ないように、塞いでやろうか」

反吐が出る。

「惺!」
「っ、ティエリア!」
展望室に、ティエリアが入って来た。その表情には焦りが浮かんでいる。
おれは、そんなティエリアを捉えた瞬間、ミハエルの腕を振り払い、柄にもなく必死でティエリアに飛び付いた。
ティエリアは、おれの突然の行動に驚く事なく、おれをしっかりと抱き留めてくれた。
「貴様…惺に何をした…!」
「何もしてねーよ。…ったく、騎士[ナイト]の登場か」
ミハエルはガッカリした表情を見せるも、まだ余裕綽々といったようだった。
睨み付けるティエリアに「そう怒るな」と宥めるが、尚も警戒を解かない彼に、ミハエルは諦めたのか「わーったよ」と言ってその場を去る。

「諦めた訳じゃねえからな」

去り際に吐き出されたミハエルの科白が、おれの心臓に妙な恐怖を植え付けた。


「…ティエリア…っ」
らしくない、細い声で彼を呼ぶ。
本当に、彼が来てくれて良かった。
「惺……っ」
ティエリアも、おれの名を呼ぶ。彼の声色の中に含まれていた焦りはまだ消えていない。
ぎゅっと強く抱き締められた。
おれも、ティエリアも、今日は様子がおかしい。
(どうしたんだろうな)
おれの疑問に答えるかのように、ティエリアがおれの瞳を見つめる。
「おかしくなってしまいそうだ…」
「おれも、」
答えると、ティエリアは困った顔をした。
「惺は…分かっていない」
「なに…」
「君が穢された気がするんだ。あの男に触れられると」
ティエリアは眉間に皺を寄せた。だが、瞳は哀しみに支配される。
「…おれは…もとから…穢れてるよ…」
こんな身体なんだから。
その科白を聞き取ったティエリアの顔が、悲哀に満ちた。

「君は…なにもわかっていない…」

おれは暫くティエリアに抱き締められていた。




2011.04.25
2013.01.09修正



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