三国家群による「ガンダム鹵獲作戦」は、およそ十六時間を経て、ソレスタルビーイングにも三国家群にも何の益ももたらさぬままに終了した。


「…――着艦許可をいただき、感謝します。スローネアインのガンダムマイスター、ヨハン・トリニティです」
「スローネツヴァイのガンダムマイスター、ミハエル・トリニティだ」
「スローネドライのガンダムマイスター、ネーナ・トリニティよ」
それぞれ聞き慣れない声が響き渡る。一同は、そのガンダムマイスターらしさからかけ離れていた態度に、戸惑いを覚える。
そのせいか、スメラギの第一声は精彩を欠いたやや平凡なものになってしまった。
「あ…みんな、若いのね…それに名前が…」
「血が繋がっています。私達は実の兄妹です」
ヨハンの生真面目な返答に「そうなの」とスメラギが答える。が、そのあと続くはずだったお礼の言葉はネーナの「ねえ」という言葉に遮られた。
「エクシアのパイロットって、誰?」
「えっ?」
目を丸くするスメラギ。
惺は、横で刹那がピクリと反応したのを捉えた。
「あなた?」
「いいや、違う」
ティエリアが拒絶するような声で答えた。そして何故か惺の隣に移動する。彼の瞳はひたすらに嫌悪感だけを映していた。
「…――俺がエクシアのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ……」
刹那が告げると、ネーナはぱっと破顔して刹那に近付いて来た。その勢いに若干押される一同。
「…すごく好みね」
そして、
ネーナの唇が刹那のそれに触れた。
―――ポカン。
その場の雰囲気に擬音を付けるならそれが相応しい。
妙な沈黙が流れる。
「俺に触れるな!」
「あん」
口許を拭って怒鳴る刹那。そして盾にするかのように惺の後ろに隠れる。
「良かったな、刹那」
「うるさい!」
惺の皮肉はピシャリと跳ね返される。
一方、突き飛ばされて流されたネーナはヨハンに抱きとめられていた。ミハエルが刹那に向かって「貴様、妹に何を!」と怒鳴る。
怒鳴っただけでは気が済まなかったのか、ソニックナイフを抜くと、刹那に向けた。
惺は、その様子に一瞬だけ目を細めた。
(………………。)
「妹さんのせいだろ」
ロックオンがたしなめるが、ミハエルにその理屈は通用しなかったらしい。
「うるせえぞ、このニヒル野郎。切り刻まれたいか、あ?」
「なに……?」
ミハエルが刹那からロックオンにナイフの刃先を向ける。
それを捉えた瞬間、惺は二人の間に割り込んだ。
「お、おい惺っ」
「あ?…なんだこいつ…」
ミハエルは惺を見下ろす。ソニックナイフは必然的に惺に向けられた。
「……………。」
惺は無言で睨み付けた。
「へぇ…お前、女じゃねーか。ナイフの前に出てくるなんて余程の命知らずだな」
睨み付けられても、ニヤニヤと余裕に笑うミハエル。惺の首元にナイフが近付く。
「へぇ、かなり綺麗な顔してんじゃねーか」
ナイフを持ってない反対の手が、鎖骨から顎をなぞる。
「…食べちゃいたいぜ」
「お断りだ」
ミハエルが言葉を紡ごうと息を吸う、が、言葉がその唇から生まれる事はなかった。
動きすら止まる。
動いたら、殺される。そんな事が頭に過る。
カチャ…、と金属音が聞こえた。
ミハエルは自らの首元を見て固まる。

―――腕が、刃に変形している。

「殺すぞ」と、言いたげな瞳。
言葉にしなくても、彼女の言いたいことは犇々と伝わった。
「へぇ…威勢がいいな…。益々気に入った」
「惺!」
舐め回すかのように惺を見据えるミハエルから、彼女を守るように前に出るロックオン。
ミハエルは「チッ」と舌打ちした。
『ヤッチマエ、ヤッチマエ、ヤッチマエ、ヤッチマエ』
その刹那、電子音声が煽るように響く。見様によっては惺を取り合っているようにも見えるその光景。それを壊すかのように。
『兄サン、兄サン』
「兄さんだあ?」とロックオンの怪訝な声。
ハロが紫色をした独立AI式球形小型汎用マシン・HAROの前に出て、嬉しそうに機体を動かす。
『会イタカッタ、会イタカッタ、兄サン、兄サン』
『誰ダテメエ、誰ダテメエ』
『ハロ、ハロ』
『知ンネーヨ、知ンネーヨ』
ガン、と機体をぶつけるHARO。ハロは体当たりを受け、呆然と慣性に従って漂っていく。

『兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ……兄サン、記憶ガ……』

気まずい雰囲気が助長されただけだった。
「ハロ…」と憐れみを含んだ声で惺が呟く。

「…え、えっと…、とにかく、ここじゃなんだから部屋で話しましょ」
スメラギが言う。それにヨハンが「わかりました」と頷く。
そしてミハエルにナイフを戻すように合図する。
彼は渋々ナイフを戻した。が、視線は獲物を狙う蛇の如く惺を捉える。
マークされた惺は嫌悪感を露にする。
「良かったな、惺」
「煩い」
先程の科白を、そっくりそのまま刹那に返されて、惺は苦笑を浮かべた。成る程、こんなにも腹が立つ科白だったのか、と密かに思う。

部屋へ向かっていく三人の背中を流し目で捉えながら、ガンダムマイスターには相応しくない奴らだ、と。
惺は、同じくその場に残っていた刹那とティエリアを見た。
きっと奴らは好きになれない――惺は思った。

「惺?」
刹那が訊ねる。だが、惺は部屋に向かうのではなく反対を向いて床を蹴る。
「後でロックオンから聞くからおれはいいや」


惺は、黒髪を靡かせてその場を後にした。




2011.04.25
2013.01.08修正



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